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23 覚醒

―ユリウス暦一一一〇年、一月。蝦夷地ト・マクオマ・ナイ。


 唐突に立ったまま機能を停止したタケル。子供達は動かない彼女を取り敢えず部屋に設置してある作業台に寝かせた。

 タケル達の拠点には寝具やソファーの類は置かれていない。


「母さん、どうしたんだろうな?」


「突然、いつもと違う口調で話し始めて機能停止……」


「呼吸動作が止まってるし、鼓動も停止しているよ」


「「お゙があ゙ざぁ゙ん゙!」」


 子供達は困惑していた。シズクとフウカに至っては取り乱してタケルに縋り付いている。


 開いたままのタケルの目に光を当てたり消したりしていたモリトが言う。


「瞳孔は機能しているみたいだから基礎機能は動いてるのかな」


「何かが原因で強制シャットダウンして、再起動準備中みたいな感じ?」


 モリトの言葉を受けてホムラが首を傾げた。


「なんか様子が可怪しくなった時って別人みたいだったよね」


 アマネが思い出しながら言う。


 ああだこうだと言いながらも子供達は不安を隠しきれていない。


「とにかく暫く様子を、あ! 瞼が閉じた!」


「見て! 呼吸動作が再開したよ! 鼓動は?」


「再開してる」


 機能停止から小一時間、瞼を閉じて呼吸動作と鼓動を再開しているタケルは、横たえられているので、まるで眠っている様だった。


「まだ起きない(・・・・)ね……」


「「お゙があ゙ざん゙、や゙だよ゙ぉ。一緒に゙ま゙だ゙旅に゙行ぐっ゙で……」」


 ぐずぐずと泣きながらタケルの両サイドから縋り付いているシズクとフウカ。その頭に不意に、そして優しく手が乗せられた。

 見るとタケルの瞼は薄っすらと開いている。彼女は首を動かして子供達を見回した後、シズクとフウカを見て口を開いた。


「ああ、われ()いつきむすめら(大事な愛娘達)よ。泣かずにおくれ……」


 まだ、『烏珠(ぬばたま)』の意識の残滓のせいなのであろうか、言い方が古めかしい。


「「お゙があ゙ざん゙! お゙があ゙ざぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ん゙!」」


 上半身を起こしたタケルにシズクとフウカが抱き着くと、兄弟姉妹全員がタケルを囲んで押しくら饅頭の様な状態になる。


「母さん!」

「かあちゃん!」

「お母さん!」

「母さん!」


「よ゙がっ゙だぁ゙ぁ゙」

「お゙があ゙ざん゙ん゙〜」


 銘々に母と呼びながら抱き着いて来る、そんな我が子達を優しい目で見やりながらタケルも涙ぐむ。


「みんな、心配をかけたみたいだね。大丈夫だよ。()はもう大丈夫」


 そう言ってタケルは揉みくちゃにされながらも子供達を抱き返した。


 子供達が落ち着いたところで、タケルは意識を失っている間(機能停止中)の事を話して聞かせた。

 調査の為に地上に降ろされて、本郷剛(ほんごうたける)の意識が宿る事で自我と感情を得て、そしてタケルに同化して消えて行ったF型アンドロイドの疑似人格、『烏珠(ぬばたま)』の事を。


「そっか。それで母さん、何かチグハグだったんだ」


 アマネがしみじみと言う。その片端ではホムラがしゃくり上げていた。


「ヒック……烏珠(ぬばたま)さん、不憫過ぎるよ……」


 どうやら彼女は『烏珠(ぬばたま)』に感情移入してしまい、その在り方に理不尽を感じた様である。


「ホムラ、あなた達が生れて来たのは私と烏珠(ぬばたま)が望んだからなの。それに彼女は決して消えた訳じゃない。彼女の個としての意識は消えたけど、想いとして、記憶として、無意識として、()の中にちゃんと居るんだよ」


 そう言ってタケルは背伸びをしてホムラの頭を撫でた。子供達の成長で、家族の中ではタケルの背が一番低くなってしまっていたのだ。

 その様子を見ていたモリトがタケルに言う。


「かあちゃん、顔つき変わったね」


「そう?」


「うん。なんて言うか、前は男前の『とうちゃん』が混ざってたけど、今は何て言うか『かあちゃん』だけって感じで、でも『とうちゃん』もまだ残ってて、えーと、あー! 上手く言えない!」


 確かにタケルの顔つきは柔和な感じが増した様にも思える。


「そうだ。遭難していた和人の処遇だよ。アイヌ達を奴婢(ぬひ)にするとか巫山戯た事を抜かしてるんだよな?」


 タケルの復活で安心したのか、リクが思い出した様に言い出した。


「うん。見た感じ田舎豪族って感じのオッサンだよ。平泉って言ってたし奥州藤原氏の部下とか家人とかじゃないの? 今って初代の時期だったかな?」


 モリトが応える。彼もタケルの記憶を受け継いでいるのだが、悲しいかな、タケルの日本史の記憶では奥州藤原氏代々の名前までは憶えていなかったのだ。テストが終ると綺麗サッパリ忘れるなんて学生時代にはよくある事。社会人になってから歴史の面白さに気付いて勉強をし直すなんて事も、あるにはある。


「ふうん。まだ動けないんだよね? 母さん、どうする?」


 黙って聞いていたアマネがタケルに問う。


「そうだねぇ。ちょっとだけ『わからせ』てあげようか」


※ ※ ※ ※ ※


 奥州藤原氏、藤原清衡の家来の末席に身を置く合川太郎佐次ごうかわたろうすけつぐは憤慨していた。

 先程、蝦夷(えみし)の装束を着て、髪も結わずに童子(わらし)のような禿(かむろ)頭をした背の高い若者が来て、合川に話を聞くだけ聞いて去ってしまい、そのまま幾刻も放置されているからだ。

 また、その若者に、(つわもの)にならんかとの誉れ有る誘いを無下に断られたのも不機嫌な理由の一つである。

 それにしても、と合川は思う。寝かせられているこの(とこ)であるが柔らかくあり、掛けられている変わった夜着も暖かい。


「これは是非もなく持ち帰り奥御館(おくみたて)様(清衡の事)に献上せねば」


 合川には、凍傷と飢餓で行き倒れていたのを助けられた事に対する感謝の気持ちなど皆無であった。彼は奪う事しか考えていないのだろうか。それにしても図太い神経である。いや、考え無しなだけかも知れない。


「それにしても此処は如何なる所であるか……」


 意識はあるが、凍傷にかかり衰弱していた身体は重く、腕を動かすのもやっとの事である。いかに屈強な武士(当時は『侍ふ者(さぶらうもの)』から変化して『さぶらひ』と呼ばれていたとの事である)と言えど凍傷と飢餓による衰弱で上体を起こすことも出来なかった。その割には意識と口ははっきりしているのだが。

 彼が今居るのは殺風景な何も無い部屋であり、壁には窓があり外の雪景色が見える。光が入って来ているのは窓が開け放たれているからだが、不思議な事に部屋は暖かく風も入って来ない。


「何とも面妖な……」


 窓には透明なアクリルが嵌めてあるのだが、それを合川は理解出来ないでいた。そして頭を捻っているうちに、彼は意識が朦朧とし始め、そのまま寝入ってしまう。


 彼が眠りに就いて暫くの後、部屋に担架を持って入って来る者が居た。サンゴリランのイマヌエルとアルトゥルである。


「(なんか好き勝手な事を言ってたっすね。このおっさん自分が置かれている立場、分かってるんすかね?)」


「うほうっほおほっうほほ(分かっていないから、モリト坊ちゃんに、あんな態度が取れたんでしょう)」


 二体は話しながら、合川を担架へと移すと、前後を持って部屋を出る。


「(んじゃ、笑気ガス(亜酸化窒素)が効いてるうちにさっさと『特別室』へご案内っすね。起きた時にちびって腰を抜かさなきゃ良いんすけど)」


「うほうっほ。うほうほおほ(漏らしてもオムツ穿かせてますから大丈夫です。それに絶対に起き上がれませんよ)」


「(いや、例えにマジで答えないで欲しいっす)」


 そうして合川は何処かへと、ゴリラ二体によって運ばれて行った。


※ ※ ※ ※ ※


 『特別室』に連れて来られた合川は、リクライニングのシートに拘束されたまま、定期的に亜酸化窒素を吸わされて意識混濁の状況を続けさせられた。

 食事は経管栄養で与えられ、その中には三回に一回は睡眠薬の成分も混ぜられていて強制的に睡眠が取らされている。排泄は基本オムツであり、世話はサンゴリランが交代で行っていた。

 亜酸化窒素だとか睡眠薬の成分だとか、異星人にサルベージされたタケルの『黒歴史ノート』の記憶からの再現である。

 以前のタケルなら考えられない様な合川への非人道的な扱いに、疑問に思った兄弟姉妹達が聞くとタケルはいい笑顔で「こっちから奪うとか舐めた事を言ってるのに、殺さないだけ優しいんだよ?」と言い放った。烏珠(ぬばたま)との融合の影響なのだろうか、彼女は合川が再起不能になっても構わないと考えていた。

 尚、合川以外の救助保護された六人だが、彼らは全員が下人であり奴婢の身分であった為か、タケル達の指示に素直に従い、拘束もされずに大人しく過ごしている。


 そうして幾日か過ぎて、仕事をしているタケルのもとにアマネが来て報告する。


「母さん、準備出来たよ。けど、本当にやるの?」


「そりゃ『わからせ』るには、こっちの力を見せつけてあげないとね」


「力を見せつけるのは分かるんだけど、あのオッサンに見せただけじゃ妄言だって無視されるんじゃない?」


「その時は平泉まで行って(カチコミかけて)親玉と平和的にお話(力を以て恫喝)するだけだよ」


 物騒な副音声が聞こえた様な。何をするつもりだこの女は。いや、奪うと公言した合川が悪い。清衡が聞いたら「吾はそこまで言うておらんぞ!」と否定するであろう。


「じゃあ、救助した人たち全員を連れて現場に集合。オッサンも叩き起こしてね?」


※ ※ ※ ※ ※


 顔に感じた刺すような痛みで合川は朦朧とした意識を覚醒させた。ここ暫く夢か現か分からない状況であったのだが、今一つはっきりとは憶えていない。

 頭がはっきりしてくると、蝦夷(えみし)の装束を着た男女が七人、横一列に並んで合川の前に立っているのが認められた。

 自分はと言うと、何かに座らされており手足諸共縛り付けられていて身体は動かせない。猿ぐつわも噛まされているので、何か言おうにも言葉にならない。

 並ぶ男女の中で、真中に居た一段と背の低い女が一歩前に進み出ると、その女が口を開いた。


「はじめまして、命を助けられたその相手から、奪う事しか考えられない野盗の子分さん(・・・・・・・)


 合川は「奥御館様の家来である儂を野盗などと愚弄するか!」と言おうとしたが猿ぐつわが噛まされているのと呂律が回らないので「モガモガ」というくぐもった音しか発せない。

 そんな合川をタケルは冷めた目で見て言葉を続ける。彼女の中では奥州藤原氏も野盗一味と同列の扱いとなっているようだ。


「私は……。そう、烏珠剛琉(ぬばたまのたける)とでも名乗っておくか。貴様らが何に手を出そうとしたのか、今からわからせてやろう(・・・・・・・・)。カムイの怒り、とくと見てその(まなこ)に刻むが良い」


 そう告げてタケルは片手を上げて、合図を出した。

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