20 竣工
―ユリウス暦一一〇九年、五月。蝦夷地ト・マクオマ・ナイ。
『アトゥイカムイ』が竣工した。進水後にドックに戻されて艤装工事が行われたが、この巨船の噂は三年の間に蝦夷地中に広まっていた。ト・マクオマ・ナイのアイヌも『シンタ』を知る世代でさえ、その巨大さに驚いたのである。
可変スクリュー二軸で水蒸気ターボ・エレクトリック方式。電動機出力合計一五万キロワット(二〇万馬力)で速度二八ノット以上。
ウェルドックにはシンタコㇽ・トゥレシ号と和船を模した偽装揚陸艇を格納する。
レーダーは航海用と対水上用を二基を搭載しており、船首バルバス・バウと両舷にソナーも装備され、船底の両舷にフィン・スタビライザーも付けられている。
「対空三次元フェイズドアレイ・レーダー……」
「いや、要らないよね!? 母さん何と戦う気なんだよ!」
不満を漏らすタケルにリクが速攻でツッコむ。
そして船橋は右舷側にオフセットされていて、一見すると全通甲板の空母にも見えるのだが……。船橋の前に無駄に装甲の厚そうな一五センチ二連装の砲塔が、そして左舷の船橋より少し後ろにも同じ型の砲塔が鎮座している。全体のデザインとバランスを破綻させているこの二基の砲塔配置はどう見てもやっつけ仕事の重量バランス取りです。本当にありがとうございました。
「お母さんのせいで艤装工事が大変になったんだからね!」
「折角、高速が出せる船型だったのにバルジを後付なんてしたくなかったよ……」
ぷんすこ怒るシズクとフウカ。進水した後にタケルがゴネて二連装砲塔二基を設置する事を要求し、急遽両舷にバルジ(この場合は浮力補助。防御用では無い)を増設するハメになったのだ。
「お陰でタービンも主機も出力を上げざるを得なくなったし。殆ど作り直しだったんだよね。それでも三〇ノットギリギリ出るかどうか」
「うん、ボクが別な用途に使おうと思って取っておいたチタンを結局使っちゃったし」
「タービンと主機の拡大と砲塔のせいで船内設備だって設計やり直しだった。スペース圧迫するから収容量も目減りしたし。かあちゃんの我儘、聞かなきゃ良かったよね」
アマネ、ホムラ、モリトもタケルを責める。
そう、三年前に既に必要装備は揃いつつあったのに、竣工までに三年も掛かったのはタケルのせいだった。
「(アルトゥルも一緒になって悪ノリしてたっすね)」
「うほうほぉ……(面目次第もございません……)」
「うほほうほうっほ(現状三〇ミリ機関砲二門で必要十分)」
「こっそり上陸、こっそり調達、こっそり撤収が基本って、母さん言ってたよね?」
「うう、出来上がってから責めないで」
子供達に責められ若干涙目になるタケルである。
「海上公試の結果次第で」
「砲塔とバルジは撤去するから」
「「覚悟しといてよね!」」
シズクとフウカの通告にタケル思わず歯噛みした。
「ぐぬぬ」
「何が『ぐぬぬ』よ。仕様通りにガワが出来上がってるのに後から無理矢理に捩じ込んだ母さんが悪い」
呆れながらタケルに突っ込むアマネであった。たとえ母親でも容赦しない子供達である。
しかし、この状況、実は些か可怪しいのだ。子アンドロイドは基本的に親アンドロイドから発令される『指示』には逆らえないはずなのだ。それは疑似ニューロン・ネットワークの深部に存在し、改変は不可能。彼らは『自我』を持っているので、それと反発して葛藤が生まれると予測されるのだが。何かが起きている事には違い無い。異星人の見解が聞きたいところである。
結局、アトゥイカムイはバルジを付けた事で速度が出ず(全速二四ノット弱。輸送船として見れば十分なのだが真中の双子が頑として納得しなかった)、更に重量バランスが設計から崩れたので舵を切った時に不安定な挙動を示した為(これも全速での舵いっぱいなのだが、やはり真中の双子がダメ出しをした)にバルジと砲塔二基は撤去される結果になった。代わりにルイが言う通りに、改良された三〇ミリ機関砲が一五センチ砲が在った場所に設置される事に決まる。
そしてモリトが船内設備の配置換え工事で、シズクとフウカが砲塔撤去とバルジ撤去で、リクが両舷ソナー位置変更とFCS(火器管制システム)の変更で、それぞれが地獄を見る事になる。
「(付き合わされる自分らが一番の地獄かも知れないっすね)」
「うほっ(それな)」
「付き合わされるのは、あたしとホムラもなんだけどさ」
「(さーせんっしたぁ!)」
「うほぉ! うほ!(イエス! マム!)」
今日もト・マクオマ・ナイは平和である。
―ユリウス暦一一〇九年、秋。奥州平泉。藤原清衡居館。
清衡は夷狄ヶ島との交易に関しての報告を受けていた。交易そのものは好調で、特に紗糖(砂糖)は京の都では珍しさと希少性で珍重され貢物として朝廷からの催促が絶えなかった。それと同時に従来の金や毛皮等に加え、入手した鋼鉄製品も中央に送っている。
清衡はこれらを利用して中央との間に太い繋がりを作る事で、奥州藤原氏の中央でへの影響力と立場を盤石にしていった。また北方貿易で得られた利益を奥州の発展(と言っても主に寺社の建立等だが)と支配に使っていた。
「巨船の噂?」
「はい。例の夷狄ヶ島の東に住まう蝦夷の地にて、城と見紛うばかりの船が造られているとか」
「噂であろう? 城の如き船など戯言ぞ」
「見た者が曰く、水の上に三〇尺を越える高さ有り、端から端まで二町は有ったとの事で」
「その様な物、唐国でも造れぬわな。多方、大き目の丸木舟を針小棒大に言うただけであろう、馬鹿馬鹿しい。それよりも紗糖の量は増やせぬか? 都の殿上人の催促が煩わしくある」
清衡は右手に持った扇子を閉じたまま、それで左手の掌を叩いては握り、放してはまた叩く。
「それが、量は作れぬらしく、今が精一杯との事にございます」
「ふむ、如何するか」
清衡は顎髭を扱きながら、思索に入った。
「白砂を混ぜ物として嵩増し致しますか?」
「主上にも献上される物ぞ。それに混ぜ物などと畏れ多いわ! 痴れ者がっ!」
「も、申し訳ござりませぬ!」
混ぜ物を提案した者、家臣の合川某に清衡は叱責し、自らの扇子を投げつけると、投げ付けられた彼は慌てて平伏して詫びた。
「汝が紗糖を造る蝦夷のもとへ赴き我等に恭順させ、紗糖を造る技ごと我らに献上するよう命じてきやれ。手勢に館待二〇を付ける」
「はっ、ははぁ」
こうして自らの口禍によって貧乏クジを引いてしまった清衡の家臣の一人である合川某は、清衡より二〇の兵を与えられ、自らの手勢や小者(後の時代の足軽に相当する歩兵) や下人(下働きの庶民)も含めて一〇〇余名で外ヶ浜(主に陸奥湾の西側を指す)まで移動し、そこで何日も風待ちで待たされてから舟で今の松前半島へと渡る。
ここで地元アイヌに東に住まう蝦夷の地への案内を命じたが、彼らには断られてしまう。
「シサムのニㇱパよ。もうマタになる。寒い雪がニㇱパを殺す」
大和言葉を話せる渡島のアイヌが、もう冬が来るので危険だと警告するが、合川某は聞く耳を持たない。
「ええい! 我は命じておるのだ! 彼是を言わずに連れてゆけ!」
合川某達は平泉を発って既に一ヶ月以上経過している。確かに此の地では歯の根が合わない程の寒さを感じていた。しかし口禍で清衡の不興を買ってしまった彼、合川某には後が無い。同行した兵は良い迷惑であるが、彼らとて清衡の命には逆らえない。
「北に向かってからイシカリベツに出たら南に行くか、あちらへアトゥイを右に見てオタに沿って行けばト・マクオマ・ナイに着くと聞く」
「如何ほどの日が掛かるのだ」
渡島のアイヌは仕方なく彼らに教えたが、その行程を教えなかった。いや、教えられなかった。
「知らぬ。イシカラウンクルから聞いた」
シサムの言葉が出来る彼は、今の土地から離れた事が無い。人伝に聞いた話しか知らないのだ。
「役立たずめ!」
激昂して腰の太刀を抜こうとする合川某だが、その時、自分達を超える人数の屈強な蝦夷に囲まれているのに気が付く。
「もう一度言うぞシサムのニㇱパよ。寒い雪がニㇱパを殺す前に、アトゥイが荒れる前に帰れ」
真剣な顔でアイヌの男は告げると踵を返した。
「ううぬ、口惜しや。だが我は進むしか無し……」
合川某は肩を落とすと兵達に宿営の用意をするように命じたのだった。
インチキ古語へのツッコミは無しの方向でお願いしますします。あくまでも雰囲気作りなのです。時間も無いし調べるの大変なんですよぉ(泣)
明日の投稿はお休みします。




