19 予兆
―ユリウス暦一一〇六年、奥州平泉。藤原清衡居館。
この年は、陸奥・出羽の覇権を握った奥州藤原氏の初代である藤原清衡が中尊寺の造営を開始したとされる年である。
奥州藤原氏と蝦夷地アイヌとの関わりは、交易による穏やかなものだったと言われている。苫小牧近くの厚真では、この時代の物と鑑定される常滑焼が出土しており、道南の松前半島で和人と交易していたアイヌから伝わって来たのではないかとも言われている。
また、この当時の陸奥・奥羽ではアイヌを介して大陸との間に北方貿易が行われていた時期であり、情報の行き来も盛んだったと思われる。
(平泉中尊寺には奥州藤原氏の藤原氏三代(清衡、基衡、秀衡)のミイラが祀られているのだが、面白い説がある。
奥州藤原氏アイヌ説である。偉大な長を近親者がミイラとして祀る習慣は樺太アイヌの慣行であり、それを以て彼らの出自がアイヌだとする説である。
確かに藤原清衡は『東夷之遠酋』や『俘囚之上頭』等と蝦夷の末裔を自称してはいた。しかし過去に行われた清衡のミイラの調査では骨格からは日本人としか判断出来ない物である事が分かっている。但し清衡の母親が陸奥の俘囚(朝廷に帰服した蝦夷)の血筋であるのは確かで、その事から彼は奥州の覇権を握った時に上記を自称したのではないだろうか。また当時の『東夷』や『俘囚』、蝦夷と言う言葉には、強い男や勇敢な男を表現する意味合いも含まれていたらしいので、単に『強く勇猛な者達の上に立つ者』であるとの自己主張とも思える。
作者としては奥州藤原氏アイヌ説にロマンを感じるが、交流の深かった蝦夷地のアイヌから樺太アイヌの習慣を伝え聞いていた息子の藤原基衡が『東夷之遠酋』、『俘囚之上頭』を自称していた父親を『偉大な長』としてミイラにして祀ったのではないのか、そしてそれを代々が受け継いだのではと想像するのだ。)
平泉にある邸の一室、奥州の覇者となった藤原清衡は、交易品として蝦夷地からここ平泉に渡って来て、彼に献上された物を手に取った。
彼はそろそろ齢五〇を迎える。この当時ではそろそろ老境に入る年齢ではあるが、後三年の役を生き残り、武力と中央への政治力で押領使に伸し上がった経歴を持つ彼の眼光は鋭く、力に満ちている。
「ほう、これが夷狄ヶ島から」
夷狄ヶ島とは蝦夷地の古い言い方である。(夷狄とは北や東の蛮族を表す古代中国の言葉。転じて古代から中世の日本では大和朝廷にまつろわぬ民を夷狄と称したと言われている。それが蝦夷になった経緯は諸説あるが今一つはっきりとは判明していない)
「然り。奥州はもとより畿内まで見渡しても、なかなか奇しき品かと」
ふむ、と言いながら清衡は、アイヌの意匠が施された太めの鞘からそれを抜いた。現れた幅広肉厚で片刃の刃物がギラりと光を放つ。長さは一尺五寸ほどで切先は尖っておらず、ずしりとした重さを感じる無骨な刃物だった。
「鉈か。何とも無骨な造りの事よ。然れどもこの鋼の輝きは見事。これが唐国ではなく夷狄ヶ島で造られたと?」
「夷狄ヶ島の東の地に住まう者共が鋼から造りし物と、これを持ち来た蝦夷は、そう申しておりました」
「鋼を造り鍛える技を持つ蝦夷か。面妖ではあるが興有り」
「それと、此方を」
差し出されたのは何の変哲も無い小振りの素焼壺。その封を切り開けると白い粉が現れる。
「塩か? 珍しくもなかろう」
「まずはお毒見を致しますれば、一舐め」
「鬼食いは不要。どれ」
献上した者が言い終わる前に、清衡は指先でそれを一掬いすると口に含み、途端に驚愕で瞠目する。
「甘し! 甘葛よりも甘しものぞ! これは、まさか此れは蔗糖(砂糖の事)か?」
「件の蝦夷はシャㇳウと、そう申しておりました」
「嘗て京の都より手に入れた蔗糖はこれほど白き物でも、此様な粉でも無かったが……。そうか紗糖か。やはり此れも鋼を造りたる蝦夷か?」
「そのようにございます」
「まさに紗の如き也。真に興有り」
そう言って清衡は、献上された砂糖と鈍く光る鉈を見詰める。しかし、眇めた目は何か別なもの、或いは遠くを見ている様だった。
(因みにシャㇳウはタケルが言った『砂糖』が訛って伝わったもの、と言う設定の作者の造語です。それと清衡の話し方は雰囲気作りです。正確な当時の言葉ではありません)
―ユリウス暦一一〇六年、五月。蝦夷地ト・マクオマ・ナイ。
起工から四年もかけて『シンタ』の後継船が進水した。
船名はアイヌ語で海の神を意味する『アトゥイカムイ』、和名は『かいしん』となった。海進にも掛けた命名である。
船体が出来ただけで、装備等はこれからであり竣工までは至っていない。『シンタ』の時とは作り方が違う(タケルのチートを使っていない)ので、船体に不具合が無いかを、まず浮かべて確認するのだ。故に『アトゥイカムイ』は乾ドックに注水しての進水となった。
四年も、と言ったが実質関わったのがタケル一家とクマレンジャーにサンゴリランだけである。
船体は全長一八〇メートル、最大幅二五メートル、深さ一六メートル、喫水六メートル、基準排水量八五〇〇トン、満載排水量一三〇〇〇トン、ウェルドックを備えた巨船である。奇しくも「おおすみ型輸送艦」とほぼ同じの船体規模となった。
タケルが設計したSoCは、パソコンを作った後に程なくしてタケルに頼らずに製造出来るようになった。それを組み込み用コンピュータとして利用する事により子供達の力だけで自動化が容易になり、作業用溶接ロボット等の製作が進み作業効率が上がった事もあり、この少人数で巨船の船体が四年で出来たのだ。
しかも全員が不眠不休で作業が出来るアンドロイドとロボットなのだから言わずもがなである。(参考までに「おおすみ型」の起工から進水までの期間は十一ヶ月〜十三ヶ月である)
「浮いたね」
「「浮くように設計したんだよ?」」
アマネの呟きにシズクとフウカが反応した。
「これから地獄の艤装作業が待っていると思うとなぁ」
「リク兄ちゃんは制御系とソフトウェア担当だからまだ良いよ。ボクとアマネ姉ちゃんは主機を含めて機構系担当なんだよ? それにシズク姉ちゃんとフウカ姉ちゃんも艤装作業に参加だし。リク兄ちゃん、変わる?」
リクがボヤくがホムラがキレ気味で即座に返す。リクは何時の間にかハードもソフトも出来るコンピュータ技術者みたいなポジションが追加されていた。
「いや、電装系で俺も力仕事が待っているんだが。ホムラ達はルイ達とクマイチロウ達が手伝ってくれるんだろ?」
「力仕事はね。細かい所はボク達でやるしか無いんだ。ねえ、お母さんに頼まないでもAI搭載の高度作業が出来るロボ、作れるんでしょ?」
「異星人技術の『記憶』を利用してSoCにソフトを組み込めばな。それと機体はアマネに頼む必要があるか。でもなぁ、今は仕事が詰まっていて無理だ。はぁ、皆のスケジュール調整と工程管理も頑張んないと……」
この後に待つ事を考えて黄昏れるリクとホムラの頭上から元気な声が掛けられた。
「「中と水漏れの確認してくるー!」」
今年、満二二歳になっているシズクとフウカは、造船に使っていたガントリークレーンの上から甲板に何も無い『アトゥイカムイ』の上へと跳び移った。
既に身体も出来上がり、超人的な身体能力を発揮出来る様になっている二人である。
「あいつら燥いじゃって、まあ」
「仕方無いんじゃない? シズクとフウカの身体みたいなものだし」
「アマネは行かないのか?」
後ろから声を掛けられて、リクが振り向きざまにアマネに問うと、アマネはうんざりした顔で応える。
「船体チェックはあの二人に任せた。あたしはこの後、お母さんの手伝いだからね」
「手伝いってアレかぁ。どうすんだよ、あんなもん載せるって」
「知らないわよ。なんかアルトゥルと二人で盛り上がってたし」
「ねえねえ、ボクも姉ちゃんと一緒に行って良い? 冶金担当だしさ、少しは関係有るよね」
「良いけど、正直あの二人の遣り取りの様子を見たら引くよ?」
「あ、俺も関係してたわ。レーダー連動を頼まれててさ……。ここに来て仕事増やさないで欲しいよ、ホント」
渋い顔でアマネが言うと、リクもこめかみを押さえながらボヤき始めた。長男、苦労性に育ったのかも知れない。
タケルとアルトゥル、初回航海の時のアレ、やる気である。
ところでモリトであるが、砂糖の生産を軌道に載せた後は、相変わらずルイと土いじり(遺伝子操作と品種改良)をしているのであった。マイペースである。
但し彼の担当は船内のキッチンとサニタリー等の人間向けの環境、そして家畜の輸送環境の担当なので、この後が大変になる予定なのだ。南無南無。
インチキ古語への修正案をご提示頂ける大変ありがたく思います。




