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18/33

18 世紀を越えて

―ユリウス暦一一〇〇年、二月。蝦夷地ト・マクオマ・ナイ。


 パソコン(と言って良いかどうか微妙であるが)が出来上がってから、アマネとリクを中心に兄弟姉妹が協力してアセンブラを始めとして、OSやらコンパイラやらを作り、各人が使いたいアプリケーションを大車輪で作り、どうにか使える物になった。お陰でタケル一家の作業は捗り、造船の準備は前倒しで着々と進んでいる。大型船向けに港の幅が拡張され、今は乾ドックの拡張がクマイチロウ達によって行われている。頑張れクマレンジャー。

 ルイ達ゴリラチームは蝦夷地周辺を巡り資源の輸送に励んでいる。特に石油資源は現代の厚田油田に油井を掘り、自動採油装置でタンクに貯めた原油を定期的に回収してト・マクオマ・ナイにある化学プラントへと輸送している。


 ト・マクオマ・ナイ周辺のアイヌ達の生活も、より変化を加速させていた。何より、馬が導入されたのが大きい。地震の時の移住組のシサム(和人)の中に馬を扱っていた家族が居た事で、野生の南部馬の捕獲と繁殖に着手出来たのだ。開墾に農耕に輸送にと使える家畜なので、これから数を増やして普及が進めば、確実に生産性は上がるだろう。


「お母さん、そろそろ実験船を造船しても良い頃合いだと思うんだ。船型の検討と評価も終わったし」


「電装関係も形になって、機械系も同じくらいに熟れて来たから造ろうよ。ね、良いでしょ?」


 冬、雪の降る二月のある日、今年の春に満一六歳になるシズクとフウカが「材料あるからお菓子作っていい?」みたいなノリで言ってきた。


「今、ドックが工事中で使えないのにどうするの?」


「港の水路の横に船台を作って」


「そこで造船して横に滑らせて」


「「ざっぱーん! てね」」


 一六歳なのに何処か幼さの残る話し方に、身振り手振りを交えて訴えるシズクとフウカ。


「あ、ボクも手伝うから。鋼材と溶接で」


 今年で一四歳になるホムラがひょっこりと顔を出して告げる。つい先日、満足の行く電気溶接機とアセチレン溶断機が出来上がったらしい。アセチレン溶断機はホムラがカーバイトの製造を手掛けるようになって実現出来たのだ。


「「取り敢えず総トン数二〇トン!」」


 大体、大型のプレジャーボートのサイズである。それにしても居酒屋でビールを注文する様な言い方である。

 ビールと言えばタケルが執着していたはずであるが、彼女が持ち込んだ大麦は、収穫されると全て食料に回されている。

 タケルにも少しは配給され、モリトが育てているホップと合わせて、彼女はそれを全てビールの醸造に回してしまうのだ。それでも出来上がる量は少ないので、年に何回かに分けては醸造して大事に味わって飲んでいる。

 因みにビールは密閉されていても酸化して劣化して風味が落ちていくが、何年も日持ちがするので水代わりに長期航海等に持って行く事も出来る。ただタケル達が造船する船には海水淡水化装置が装備されるはずであるし、タケル一家は複合ナノマシンによる人工細胞で身体が出来ているので基本飲食不要であるのだが。


「小さいね。大丈夫なの?」


「大丈夫。搭載予定機器の技術検証用に小型にしたやつのテストと」


「新しい船型の性能確認だから大きさは関係ないし」


「ボクは溶接技術と強度の確認かな」


 タケルの問いに三人がそれぞれに答える。


「それとアマネ姉ちゃんとボクで小型発電用タービンを作ったから、それのテストもあるかな。今回は主機に利用して負荷試験をするんだ」


 ホムラが得意気に言うと、それに続いてシズクとフウカが声を揃えて主張した。


「「全部地上テストは終わってるんだよ!」」


 ねー、と三人仲が良い。


「そっか、ならやってみなさい。ルイ達も冬は暇だから手伝わせて良いからね」


 冬の間はエタスペ号の運行は基本的に休止中であり、サンゴリランは基本的に暇なのである。永長地震の時は緊急時と言う事での出港だったのだ。


「「はーい」」


「事故を起こさないように気を付けるよ」


 そう言って三人の娘は、ああだこうだ話しながら自分たちの部屋へと戻って行く。


「船関係はあの子達に任せておいて大丈夫みたいだな。電波関係も電気電子機器が出来るようになってなんとかなったし、観測用ドローンに手を付けても良いか。駆動系と機体に制御系、ほぼ全部手作りだけど仕方無い。来年は十二世紀か、早いなぁ」


 そう、来年から十二世紀。日ノ本の陸奥、出羽では、そろそろ奥州藤原氏百年の繁栄の始まりでもある。

 ここまで奥州方面の和人(わじん)との不用意な接触を避けて、タケル達は渡島半島方面、特に松前半島への干渉や進出を行っていない。

 実は、タケルが広めた寒冷地向け作物全てに爆弾が仕掛けられている。複合ナノマシンによる人工細胞を使ったそれは、肉眼では見えない程に小さい物で、摂氏八十度以上の熱により分解してしまう脆弱な物だ。ただし、最長で1年毎に特定強度以上で特定パターンの磁場を検出しないと、それは一気に増殖して核酸、所謂DNAを分解する酵素の生成を始め潜伏していた作物の生育を不能にさせる人工病原体とも言える物だ。

 この人工細胞は野放図に植物や動物に取り付く事は無い。タケルが作物のDNAに仕込んだマーカーを識別して、それが無い場合は自壊するようになっている。例えばジャガイモ。タケルが導入した物と別口で南アメリカから持って来た物を接触させても、後者に対しての影響は皆無である。このマーカーもあと三百年も経過したら消えてしまうだろう。

 タケルがこの様な仕掛けを施した目的は作物流出の防止である。ト・マクオマ・ナイ周辺の集落(コタン)にはタケル達が建てた食料保存倉庫が多数存在していて、そこにはこの人工病原体を不活化させる磁気発生機が密かに仕込まれているのだ。

 もし、シサム(和人)と交流のあるアイヌを通してシサム(和人)の手に渡ったとしても、彼らにそれを栽培させるつもりはタケルには毛頭無かったのだ。

 どうしてタケルはその様な措置を採ったのだろうか。彼女自身も気付いていないかも知れないが、どうやら彼女(彼)が転生憑依したアンドロイド体の地球を調査した時に得た『記憶』の影響があるのかも知れない。



―ユリウス暦一一〇一年、初夏。蝦夷地ト・マクオマ・ナイ。


 特に何事も無く年が明け十二世紀を迎えて六ヶ月が過ぎた。

 シズク達が造船していた小型試験船『シンタコㇽ・トゥレシ(シンタの妹)』は既に竣工し、テストを繰り返していた。(「シンタの妹」のアイヌ語が間違っているかも知れませんがご容赦を。正確な訳が分かる方が居たらお教え下さい)

 この船も性能が良好であれば新造大型船のウェルドックに搭載される予定である。


「「ひゃっほーい!」」


 海上を疾走する船上でシズクとフウカはご機嫌に歓声を上げる。

 彼女達は『シンタコㇽ・トゥレシ』の最高速試験をしていた。海上にブイを二つ浮かべてその間を通過する時間を測る事で速度を求めるのだ。潮流等があるので、絶対的な対地速度では無いが、それでも計測する意味は有る。

 船上ではシズクとフウカが交代で操船しながら、操船していない方が時間計測を行っている。同時に海岸ではホムラが双眼鏡を覗き片手にストップウオッチを持って計測を行っている。傍らにはクマサブロウが付いていた。保護者枠である。

 水飛沫を上げながら『シンタコㇽ・トゥレシ』はブイ間の五〇〇メートルの距離を走り抜ける。


『こちらホムラ。二三秒、秒速二一.七メートル。時速七八キロメートルだよ。どうぞ』


 無線機を通してシズクとフウカの耳にホムラの声が届く。


「フウカ、こっちは?」


「二二.五秒。殆ど同じだね。時速八〇キロメートル、四三ノットってとこかな。こちらフウカ、こっちも殆ど一緒だよ。どうぞ」


『こちらホムラ。了解、港で待ってるね。終わり』


「変な振動も無いし大丈夫だね」


「戻って歪ゲージとかセンサーのデータをホムラに渡して解析して貰おうよ」


「だねー。あと非破壊検査もだね。こちらフウカ。ホムラ、今から戻るよー。終わり」


 シズクが操船する『シンタコㇽ・トゥレシ』は舵を右に切り、Uターンして舳先をト・マクオマ・ナイのある南へと向けた。


 旅の準備はゆっくりと、だが着々と進んでいる。


 そろそろ準備期間が終わります。

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