15 誕生と再誕
―ユリウス暦一〇八〇年以降、蝦夷地ト・マクオマ・ナイ。
タケルの相談からコタンラムが周囲のコタンの長達を巻き込んで、夏の盛りに無理矢理開催された祭りが終わると、タケルは無事に懐妊(?)した。
一応の緘口令は敷かれていたが、祭りの後にオタウシカムイのタケルが懐妊した事で、多くの人が「あっ……。そういう事か」と察する事となった訳ではあるが。
タケルの様子はと言うと、祭り翌朝から暫くはハイライトの消えた目で「あれは違う。あれは私じゃない。私は自分からあんな事はしない」とブツブツ呟いていたと言う。何が彼女の身に起こったのだろう。彼女が自覚している意識は男性人格であるのだが、さて。
その後、仕込んだその日からいわゆる十月十日を数えた晩春のある日、彼女は男女の双子を無事に出産した。
出産に際して、心配した女衆達はベテランの産婆に付いていて貰おうとタケルに申し出たのだが、タケルはそれを断り一人で出産に挑んだ。
挑んだとは言ってもアンドロイドの身体である。難産などになるはずもない。しかも痛みなどを感じる事も無い、はずだったのだが「めっちゃ痛かった。死なないけど死ぬかと思った。スイカが鼻からって聞いた事はあるけど理解した」とタケルは後に語っている。基本、タケルの身体は痛覚を感じないはずなのだが、異星人がこの事を知ったら、どんな見解を示すのだろうか。
産まれた子は、コタンラムの集落に住む、産婆でシャーマンでもある御婆が名付けをしてくれた。(アイヌはこの時に付けられた名を五〜八歳になった時、或いは成人した時に名乗らせる習慣があったとの事)
女の子にはカント、男の子にはモシリの名が与えられたが、タケルはアイヌ名のそれに因んだ和名として天音、大地と名を付けた。
この、子アンドロイド二体にもクマレンジャー達同様にタケルの知識と、基本言語としてアイヌ語と大和言葉、現代日本語がプリインストールされている。
ただ、疑似人格に関しては赤ん坊のそれがプリセットされているのみであり、タケルは疑似人格を学習機能に任せて経験から形成するように設定した。
成長とともに『自我』や『自意識』が生まれる事を期待しての事だ。
この双子、見た目は本当に普通の赤ん坊である。
既に言語の理解は出来ているのだが、疑似とは言え人格が未発達な上に、発声器官も成長に合わせて形成されるようになっていて、未だ言葉を話す事は出来ない。
しかも一定期間は赤ん坊の本能的な行動がエミュレートされるので、授乳やら排便排尿やら夜泣きやらと本物の赤ん坊と同じに手間がかかる。
本来は偽装用として設定されていたこの機能であるが、後述する様に何かしらの変化をタケルに齎していた。
暇さえあれば、タケルは双子を愛おしそうに「可愛いなぁ。産んで良かったなぁ」と抱いてはあやし、オシメを変えたり沐浴をさせたりと甲斐甲斐しく世話に勤しんでいたりする。授乳させる姿などは堂に入っており、慈母の笑みを浮かべていたりする。
育児に関するデーターは、アンドロイド体の『記憶』に一応は存在はしていたが、それは非常におざなりで杜撰な物だった。偽装用の形代ならそれでも問題無かったのだろう。
しかしタケルは熱心に女衆から育て方のアドバイスを受けている、と言うよりも心配して何くれとなく女衆が助言をしたり助けたりしてくれるのだ。タケルは女衆から見たら新米ママさん故にである。
それにしても、タケルは父性ではなく母性が目覚めてしまったのかもしれない。自覚している人格は男性ではなかったのか?
ところで何故タケルが自身と同様の存在として子アンドロイドを欲したのか。
今後のタケルの計画として、人口増加と教育の普及、そして日本人やアイヌを海外へ進出させる事がある。
特に人口は海外への移住を考えると、一〇〇年で一〇〇万人以上に増やしたいと考えていた。これは無理の無い人口増加率を三パーセントと設定して見積もっても、蝦夷地在住のアイヌ民族の総数(中世期は道内に推定三万人前後とも三万人以下とも言われている)から増加させても達成出来ない。
それを達成するには分母となる人数を少しでも増やす必要があり、今後の日ノ本で起こる内乱や災害で発生する、孤児や人買いに売られた子供を蝦夷地に集め養育する事で対応する事も考えている。場合によっては陸奥や出羽への浸透(進出ではない)も視野に入れている。
ここで問題となるのは、教育し啓蒙する人材が全く居ない事だ。今のうちから、それに携わる人材を育成して徐々に増やさないと対応が不可能になる。
その為の最初の教育者や指導者が必要となるのだが、クマレンジャーは「がうがう」だし、サンゴリランは「うほうほ」だし、それ以前にいくら理知的でも外見は『けもの』である。
彼らにそれを担わせるのは無理筋であろう。そしてタケルが担うにも彼女の身体は一つしかない。意外と仕事量の多い彼女も専念するには無理がある。
そこで、補佐をしてくれる完全に人間の姿をしたアンドロイドの作製となるのだが……。
例の異星人がやらかしてくれていたのだ。
「F型アンドロイドにダウングレード版を自動で作製する機能があるから、人型ロボット(つまりアンドロイド)製作に必要な疑似人格とかその辺の技術情報は要らないよね? 代わりにサービスでカスタマイズ可能にしとくから」
これである。それをタケルが知ったのは地上に降ろされた後である。故にタケルが貰った技術情報を利用して、それっぽいガワは造れても、そこに搭載する疑似人格や身体の制御などをインストール出来ないのだ。
乱暴な言い方になるが、例えるなら自作PCならM社のWなんとか’sはインストール出来ても、MなんとかOSを使いたいなら製造段階でそれが組み込まれるA社の製品を買わないと入手が出来ない事と同じと考えて貰えれば大体合ってる。(この辺の設定の詳細を書いていると、無駄に文字数が増えそうだったのでそういうモノだと思ってください)
ともあれ、当初はアシスタントとしてタケルは子アンドロイドを望んでいたのだが、いざ産んでしまうと完全に母親として目覚めてしまっているのが現状である。
―ユリウス暦一〇八二年、晩夏か初秋。蝦夷地ト・マクオマ・ナイ。
双子が生まれてから一年が過ぎた。『神の婿選び』の祭りも恙無く終わった。前年はタケルは宴に参加して祠に籠もらなかったが、今年はニ回目の仕込みをしていた。今回、彼女は宴のあった次の日は平気な顔をして、いなかった。
アマネとリクを抱き締めて「やっぱり違う。あれは私じゃない。これは必要な事。この子達の為にも必要な事」と、暗い顔で一日中ぶつぶつと呟いていたらしい。心配気な顔の双子に頭を撫でられながら。
双子のアマネとリクであるが、この頃はよちよち歩きも板について来た。女衆に愛想を振りまく様やタケルに甘える仕草は、普通の一歳児と何ら変わりは無い。
二人とも乳離れはしているが、何故かリクはタケルのおっぱいを触りたがる。いや、触る。隙あらば触るし揉む。男の子だから仕方ないかな、とタケルは好きにさせていたりもする。
この日タケルは双子を近所の女衆に預かってもらい、一人『シンタ』の船橋へと来ていた。
種苗の育成保管の建物が出来上がり、全ての種苗がそちらに移送されたので『シンタ』の全機能のシャットダウンを行う為だ。その際には『シンタ』の制御AIのバックアップと、船体からの消去を行う。
「『シンタ』今まで、ご苦労さまでした」
何とは無しに労いの声を掛けるタケル。『シンタ』は過酷な航海を一緒に乗り切ってくれた船であり、仲間であった。
タケルは思考接続装置に手を置いて「『シンタ』直接接続。思考同期開始」とコマンドを発した。
そうして『シンタ』の制御AIの記憶領域と思考領域、其々をデフラグメンテーションして整理統合しながら、タケルの空間量子メモリのデータ保存領域へとバックアップの保存を行いながら、疑似ニューロン・ネットワークからブロック毎に消去して行く。
そうして最後に思考領域にあるコアブロックに手を付けたその時、タケルは違和感を感じた。
「これは?」
そこにタケルは『戸惑い』や『拒否』、そして『恐れ』、そして『願い』を読み取った。
ああ、ここに来て『自我』が発現したんだな、とタケルは理解した。
「安心して『シンタ』。あなたは消えない。消したりはしないよ」
全ての作業を終えると、タケルはそっと自分の下腹部に手を当て暫く考えると、一人首肯してから囁く様に呟いた。
「……うん、そうしよう。どう成長するか不安だけど、楽しみだ」
そう言うと、タケルは全ての活動を停止した『シンタ』の抜け殻を後にした。
―ユリウス暦一〇八三年、春。蝦夷地ト・マクオマ・ナイ。
『シンタ』が完全に機能を停止して解体が始まってから一〇ヶ月後。タケルは女の子の双子を出産した。
命名はアイヌ名がワッカ、レラ。和名はそれに因んで雫、風薫と名付けられた。
タケルは生まれたばかりの双子を両の腕に抱き海辺に立っていた。彼女は双子の、まだ皺くちゃの顔を交互に見遣って優しく微笑みながら言う。
「おかえり、シズクとフウカ。あなた達は水と風の申し子。いつかまた、この海を一緒に旅しようね」
双子からは微かに微笑む気配がした。




