12 帰港
―ユリウス暦一〇八〇年四月中旬、蝦夷地ト・マクオマ・ナイ沖。太平洋上。
唐突にタケルは叫んだ。
「ト・マクオマ・ナイよ。私は帰ってきた!」
五年以上の航海を終えた今、『シンタ』の母港があるト・マクオマ・ナイの陸地が船橋から見えている。
「(ネタ古いっすよ)」
「うっほぅうほうほうっほっほ(ご主人が生まれる前の作品を知っている件について)」
「うほぅ(それな)」
順に、イマヌエル、アルトゥル、ルイである。
「オリジナルが再リメイクされた時に旧作〇〇八三のUVD(ウルトラ・バイオレット・レイ・ディスク。青色光よりも更に波長の短い紫外線を使った高密度記録メディア。紫外線レーザーダイオードとダイヤモンドの気相成長が安価に出来るようになった事で、未来ではBDに取って代わって普及したと言う『設定』です)ボックスが出てな。オリジナルのUVDボックスと合わせてボーナス叩いて買ったんだよ……」
タケルのオタク趣味は彼の両親の影響を多分に受けている。父親は雑食性のアニメ好きだったし、母親は同人作家として当時も現役で活動していた。
今の女性型アンドロイドに転生或いは憑依(?)して『彼女』となったタケルを見たら両親は何と言うだろうか? 特にTS系の薄い本を描いていた母親は。
「(まあ、自分らもそれは知ってるんすけどね)」
「だったらキミたち、わざわざツッコミ入れなくても良いんじゃないかなぁ」
「がうふっ(諦めろん)」
「クマサブロウ、お前も大概古いな!?」
「がぁうふぅ(それほどでもない)」
「褒めてねえよ!」
タケルよ、クマサブロウの無駄知識も君から受け継いだ物なのを忘れてやしないか? やいのやいのと賑やかな一行を乗せた『シンタ』は、入港の為に一段と速度を落とし、一路母港へと進んで行った。
その頃、港にほど近い浜辺では、近くのコタンの子供達が貝拾いをしていた。遊びではなく子供に課せられた仕事である。
子供達が採取に出かける時は複数のコタンの合同であり、クマレンジャーが保護者枠で必ず一体は着いて来ていた。山、川、森と分かれての場合は三体出動となる。
子供達の年長組でリーダーをしている満年齢だと十一歳になる少女、レタラノンノ(アイヌ語で白い花)が貝拾いをしているその横で、子供達の見守りをしていたクマゴロウが急に立ち上がった。
「アシクネ、どうしたの?」
アシクネ(asikne、アイヌ語で数字の五。「ク」は母音までは発音しない)とはコタンの人達がクマゴロウを呼ぶ時の名である。因みにクマイチロウからクマゴロウまで、普段はアイヌ語の数字のみで呼ばれているが、正式の場では数字+キムンカムイとなる。これは以前にタケルがクマレンジャー達の名前の意味を聞かれて教えた事で、コタン間で徐々に広まって定着していた。
後足で立ち上がり沖を見詰めるクマゴロウが指し示すように前足を上げた。それに釣られてレタラノンノもその方向に目を向ける。指し示された先の水平線に何かが見えた。目を凝らすと、それは此方に近付いて来ている。
「なんだろう? フンペ? ……違う! 船だ!」
どんどん近づくそれを見て、レタラノンノは幼い頃に大きな船がこの地から旅立った時の記憶を思い出す。
「オタウシメノコが帰って来たんだ!」
大好きなアシクネの主で、よくコタンに来ては不思議な甘い食べ物を子供達に分けてくれて、皆と遊んで可愛がってくれた、優しいお姉さん。大人達はカムイの一柱だと言っていたけど。
「アシクネ、みんなを見ててね!」
レタラノンノはクマゴロウにそうお願いすると、急いでコタンの皆に知らせる為に駆けて行く。
「船が、オタウシメノコが帰って来たよ!」
大声で周りに知らせながら。
長い航海を終えて『シンタ』が港に入って接岸した。そこには既に、レタラノンノが知らせた事で話を聞いた大勢の人々が周辺コタンから集まっている。
縄梯子が降ろされ、そこをするするとルイが下りて来て『もやい』を繋いで固定すると、再び船へと戻って行く。
そしてタケルが甲板から身を乗り出すと歓声が上がった。
「オタウシメノコ! よく戻られた!」
歓声に負けない、帰還を喜ぶ大声がする方をタケルが見ると、そこには曾孫のレタラノンノを連れた旧知のコタンラムが人々の最前列に陣取っている。
「戻って来たよ! 皆、イヤイライケレ!」
なんか嬉しいなぁ、と手を振りながら滲む視界にタケルは思う。
「(ご主人、感動してるっすね)」
「うほぅごっほ(しかたあるまい)」
「うほうっほうほほうほ(五年以上も離れてましたからね)」
「がう、がふぅがう(あ、クマイチロウ達だ)」
出迎えの人々に混ざり、クマレンジャーの居残り組が立ち上がって片前足を上げている。中でもクマゴロウは、船とタケルを良く見ようとする子供達に身体をよじ登られている始末である。
「はは、滲んで良く見えないや」
タケルは乱暴に袖で目の辺りを擦ると、ルイが降ろした縄梯子の方へと足を運んで行く。が、ふと思い立って船べりに立ち上がり、両手を掲げてアピールすると、派手に高く跳び上がり岸壁に向けて飛び降りた。
タケルの事をあまり知らない者は悲鳴を上げる。だが彼女を良く知る他の多くの人々は、彼女が捻りを加えて空中で何回転かして綺麗に着地するのを見て、やんやと喝采を贈る。
「(照れ隠しっすかね)」
「がふっ(だね)」
そして泣き笑いのタケルは周りに集まった人々に寄って集って揉みくちゃにされるのだった。
その後は飲めや歌えやの大騒ぎとなったのはお約束である。
「オタウシメノコよ。探していたのは見付かったのか?」
少し落ち着いた後、改めて開かれた宴席でコタンラムがタケルに問うてきた。
「うん、まあ種籾とか種芋とか色々と。だけど皆に分けるのに、これから量を増やさないとダメだけど。皆で手伝ってくれると嬉しいな」
「貴女のお陰で、この辺りでは冬に凍える事が無くなった。オハ達も(クマイチロウ達の事)採取や狩り、畑仕事を手伝ってくれてな、食い物もだいぶ増えたし、子供や赤子が亡くなる事も減った」
「そうかぁ。皆上手くやれてるんだね」
そこでコタンラムはタケルに向き直ると姿勢を正し、真剣な、そして力の籠もった目でタケルを見た。
「オタウシメノコよ。この大地にあるコタンをまとめて頭になられるか?」
「???」
「シサㇺの言葉で『おう』と言ったかな」
この頃から既に和人とアイヌとの交流は、少ないが有ったと思われる。(作者調べ。諸説あって確実かどうかは不明です)
「ぷはっ。なんの冗談かな。こんな格好してるけど、本当に私はアイヌじゃ無いし、アイヌの上に立つなんて傲慢で痴がましい事はしないよ。それにしても、もうここに和人が来てたんだねぇ」
吹き出してタケルはコタンラムへ言葉を返すと、手に持つ器から飲み物を口へと運んでから、くふふと笑う。
しかし、ここでタケルは失念していた。彼らアイヌの民が言う『アイヌ』には『人間』と言う意味もある事を。
これを聞いてコタンラムは確信する。アイヌでは無い。つまりは、やはりオタウシメノコはカムイなのだと。彼女は海辺より寄り来て恵みを齎してくれるオタウシカムイなのだと。
「あ〜、色々とやる事が有りすぎる。やっぱり手が回らないから、気が進まないけど子供を作って手伝って貰うしかないのか……」
今後の事を考えていたタケルが呟く。その一言を、近くで呑んでいた酔っ払いが耳聡く聞いてしまった。
「なに? オタウシメノコは子作りを手伝って欲しいのか!」
彼は大声で言ったが、言い放たれた内容は彼が盛大に聞き間違えたもの。いや、文脈からはそう受け取られても仕方のない事だとは思うが。
周りからは「なんだと!?」とか「本当か?」とか「やっとか」等と声が上がる。しかも酔っているから声が大きい。たちまち宴の場は騒然となった。『子作りの手伝い』を聞き付けた独身の若衆が色めき立って我も我もとタケルの側に寄って来る。
酔った勢いは怖い。突然、熱いプロポーズ合戦が始まり、宴は大混乱に陥って収拾がつかなくなってしまったのであった。
尚、言い寄った連中はタケルに(物理的に)黙らされた事を記しておく。
―同日。核融合動力船『シンタ』
「うほぅっ?(どうだった?)」
「(ダメっすね。良く保ったもんっす)」
接岸してタケルを降ろした後、『シンタ』は乾ドックに入渠した。
船に残ったルイ達はドックの排水が終わるまで船内の確認を行っていた。
『シンタ』の発電系統は二系統あり、予備系統を稼働させて、常時稼働状態だった主系統を停止させての点検を行っていたのだ。
「うぉっほうほほぅ(酷使しましたからね)」
「(蒸気タービンのカバーをバラしたら軸と複数のタービンに多数のクラック、軸受も摩耗が激しいっすね。発電機も回転子の巻線が溶けかかってヤバい状態だったすよ。この調子だと主機の方も怪しいっすね。そっちは排水終わらないと見れないっすけど。アルトゥル、アクチュエーターの方はどうだったすか?)」
イマヌエルがアルトゥルに話を振る。
「うほっ……(それが……。面倒だから私も副音声だけで話しましょう。構成するナノマシンの自己増殖再生能力の限界を超えたのか、各所に断裂と能力低下が認められますね。ご主人に都度手当てをしていただいていましたが、こちらも殆ど限界でしょう。ルイ、そちらは?)」
アルトゥルも結局は二重音声が面倒になった様だ。イマヌエルから話を振られたアルトゥルが報告を終えると、ルイが続ける。
「(ソナーを含めた感覚情報伝達系も似たような状態。原子時計も構成しているナノマシンの劣化で時々正常に励起されていない。ジャイロコンパスも摩耗で動作が怪しい。無事なの電気系の照明、空調、淡水化装置だけ。あとはナノマシンによる人工疑似細胞で構成された制御AIの疑似ニューロン・ネットワークにダメージ無し)」
「(酷使したナノマシン系と機械系は全滅っすか。にしても疑似細胞系は無事なんすね)」
「(我々の構成要素もその疑似細胞でしょう。やはり寿命の関係では有利なんですね。後は主機と船体そのものへのダメージが如何ほどですかね……)」
ドックの排水を待って、その後は主機と船体外部からの確認であるが、現状で推測出来る事をルイが伝える。
「(内部からの確認では各所に歪みが出ている。金属疲労の限界に達しているのを覚悟しておくべき)」
「(船そのものがダメっぽいすか。ご主人の言ってた『やっつけ仕事』のツケっすかね)」
「(いや、無茶な操船を繰り返したせいだと思いますよ)」
船橋で会話するゴリラ達の会話を聞いていたモノが居た事を彼らはまだ知らない。




