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10 ビールとトウガラシ1

―ユリウス暦一〇七七年八月十日、ダーダネルス海峡―マルマラ海―ボスポラス海峡。


 核融合動力船『シンタ』は沿岸住民をや通過する船を驚かせながらヘレースポントス(ギリシャ語で『ヘレの海』の意でダーダネルス海峡の事。ダーダネルスは英語なので敢えて当時の名称で記述)を全速で通過しつつあった。

 ヴェネツィアでその姿を公に曝したので、どうせ噂でそのうち存在が広まるだろうと、開き直って日中の海峡通過という暴挙に出たのだ。

 この辺りでは海峡を挟んで東ローマ帝国とセルジューク帝国が対峙しているのは事前調査で判明していた。

 タケルの「物騒な所はさっさと通り過ぎるに限る」との考えもあり、舵と両舷のスラスターを駆使して狭い海峡を時速二四ノット(時速四四キロメートル)で航行している。操船の指示を出すタケルもそうだが見張台のイマヌエルも水測のルイも大忙しだ。

 この後は速度を保ったままマルマラ海を突っ切って、難関のボスポラス海峡へと突っ込んで行く予定である。


 へレースポントス(ダーダネルス海峡)を通過中に、東ローマ側かセルジューク側のどちらの物か分からないが、寄り来る船を次々に避けて置き去りにして『シンタ』は約六〇キロメートルの海峡を二時間弱で通過してマルマラ海へと入った。波を蹴立てて曳き波を残しながら『シンタ』は一路ボスポラス海峡の入口へと波の穏やかなマルマラ海を突き進む。


「(ボスポラス海峡の入口が見えたっす。ホント狭いっすね)」


「うほっうほほうほっ(これは全速を出しての操船指示は難しそうですよ)」


 見張台からはイマヌエルの報告が、船橋に居るアルトゥルからは懸念が伝えられる。


「だからこうする」


 徐ろに、タケルは船橋の前方に設置してある台に両手を置いた。


「『シンタ』直接接続。思考同期開始」


 核動力船でありインテリジェント・シップとして建造された『シンタ』には手動操船の為の舵輪が設置されていない。

 しかし、本当にタイトな操船が必要な時にはタケルは『シンタ』と同期して、まるで一つの生き物の様な操船が可能となる。


「ルイ、水測データの処理を頼む。アルトゥルは第二マストに上ってイマヌエルと一緒に光学観測。持ち場に着いたら直接接続と思考同期をする事」


「うほっ、うほほ(了解、移動します)」


「うほっ(了解)」


「(こっちは接続も同期も終わってるっすよ)」


 勿論サンゴリランも操船補助として創られているので其々も『シンタ』と同期していく。尚、クマサブロウは接続同期が出来ないのでヒマである。


「征くぞ、諸君」


 難攻不落と言われる東ローマ帝国のコンスタンティノープルの目前を、『シンタ』はあっと言う間に通過するといよいよ海峡通過の本番である。

 帆も揚げず櫂も使わずに、この時代では到底考えられない速度で狭い海峡へと機敏に向う巨船を目撃した人々は目を丸くして驚いていた。


 ルイが処理したソナーによる水測で得られる海底地形や沿岸の形状に海上に浮かぶ他船の位置、アルトゥルとイマヌエルの視界から得られ彼らによって処理された海上からの陸地の地形や他船の位置。それらが統合された情報を使って、タケルは『シンタ』への航路指示として、記憶領域にある地図上に航路をプロットして行く。その航路図を『シンタ』のAIが参照・処理し、やはりサンゴリランからのデータを得て適宜修正しながら操船を行いながら、狭いボスポラス海峡を全速で進んで行く。これらの事が『シンタ』に搭載されているAIに少なからずの影響を与えながら。


 ボスポラス海峡は一時間もしないで通過する事が出来た。設定航路上の死角となっていた突き出た陸地の陰から急に小舟が現れた時には、あわや衝突かと言う事態になったが、トリッキーな操船で事無きを得た事が一度だけあったが、それ以外にはトラブルは発生しなかった。


「(マストが撓る撓る。こんな無茶な操船は勘弁して欲しいっすわ)」


 黒海上に出て速度を半速に落とした『シンタ』のマストの上、接続同期を解除したイマヌエルが愚痴を言う。


[うほっ。うっほうほうほっ。うほほうほぉっほ(確かに。やはり最低でも洋上レーダーは付けるべきでしょう。欲を言えば光学観測装置に観測機もですが)]


 第二マストに上っているアルトゥルからも意見が出る。


「うほほ。うっほうほ(ソナーも。ノイズ処理にリソースが取られ過ぎる)」


 普段は寡黙なルイからも意見、と言うか文句が出た。


「キミたち、頑張ってくれたのは非常に感謝している。だけどなぁ、観測系や制御系はナノマシンで作って組み上げた所謂間に合せなんだよ……。特に貰った技術情報の中でも細かい電気電子系部品なんかを作る為には人手も資源も確保出来ていないから当分無理! 帰ってから考えるから勘弁してくれ……」


 実際、コアになる固体内凝集核融合の発熱素子や船内照明や空調を始めとした電気系も含めて全てはタケルの手作りである。モーターや発電機のコイルなど手巻きだ。それは『シンタ』に搭載されるAIユニット等もナノマシンを使っているので、極論すればこれも手作り。船の舵や港の建設で使った重機を動かすアクチュエータの駆動に筋肉細胞の働きを模したナノマシンによる人工細胞を使っている始末である。

 そう、ガワ(船体や重機のボディ)を優先するのに、取り敢えず重工業系や金属加工系を優先し電気電子系を後回しにした為の弊害である。異星人技術で提供されている重力制御や空間跳躍なんて一体いつになるやらである。

 色々と個人的な理由で先延ばしにしていたM型、及びF型の惑星文明調査用アンドロイドのダウングレード・モデルの製造(・・)。技術を落とし込んで広める為にも、人々の教育用としても、帰ったら創るハメになるのかなぁ、とタケルは頭を抱えた。



―ユリウス暦一〇七七年八月上旬〜下旬、(未来の)キーウからの旅での出来事。


 (未来の)キーウから密かに上陸したタケルとクマサブロウは、一応常識的な移動速度である時速四キロメートル程度で(未来の)ハンブルクへ向けて旅をしていた。

 常識的な速度と言いながら二四時間休み無く進み、夜中は時速四〇キロメートルで爆走しての旅である。常識的とはいったい……。


 旅の先々ではクマサブロウの無害アピール目的で、大道芸みたいな事もやってもみた。

 クマレンジャー達の前足の掌には、パンダと同じ様な『偽の指』があるので意外と器用に物を掴む事が出来る。元々は建設・作業・運搬用として創られたので、物を掴む機能が無いと務まらないから付けられたのである。

 器用に玉や棍棒を使ってジャグリングしたり、棒を持ってタケル相手に演武の真似事をやってみたりと、芸達者で大人しいクマサブロウをアピールしたのだ。結果。


 ウケた。


 当然の事ながら最初は怖がられて遠巻きにされて自警団みたいな集団を呼ばれたりと警戒対象に見られたが、クマサブロウの歯を草食動物の様に変形させておいたのも功を奏したのかもしれない。やはり大人しいと言われても尖った凶悪な歯がずらりと口内に並ぶ様が、チラリとでも見えると恐ろしいものである。

 大体は一日もすると危険が無いと分かり受け入れて貰える。そうなると一転してクマサブロウは人気者だ。公演(?)を終えるとクマサブロウは子供達に抱き着かれて撫で回される、大きなヌイグルミ状態となった。

 野生のヒグマの体毛は意外とゴワついているのだが、クマサブロウのそれはモッフモフなのでさもありなん。

 二〜三日滞在し芸を見せては次に移動する。町や村を離れる時は人々に惜しまれたし、次はいつ来るのかとも聞かれたが、心苦しくも本来の旅の目的を告げると、落胆されて悲しまれてしまった事も多々あった。ただ、そんな事は知らない子供達は「また来てねー!」と元気に手を振って見送ってくれるのだった。


 そして、この大道芸もどきの公演は意外な効果と言うか利点があった。


 その一つは、所謂『おひねり』による現金収入である。一応、この旅でもタケルは砂金を持ち歩いているが、それを使うと悪目立ちするのも確かである。しかし少ないながら『おひねり』と言う現金収入を得る事で、敢えて砂金で支払いする必要が少なくなった。町や村に滞在中は、宿に泊まったり、民家の納屋に間借りしたりする代金として重宝した。


 もう一つはクマサブロウに善意で差し入れられる農作物。それも『おひねり』の一つの形ではあろう。その中で一つの嬉しい発見があった。


「がうぁがうがふ(人に愛想を振りまくのってクマゴロウが得意なんだけどなぁ)」


「良かったな、クマサブロウ(まあまあそう言わんで。善意で差し入れてくれたんだ。目の前で食べてあげないと)」


 ボヤくクマサブロウが持つのは、目の前で笑顔を見せる農家の親父さんが差し入れてくれたテーブルビート。聞けば家畜の餌として栽培しているとの事。クマサブロウが、がぶりとその蕪にも似た根に齧り付いて咀嚼する。


「ごふ、がうがうがぁお(これ、えぐ味あるけど今までで一番糖度が高いよ)」


「お、美味そうに食ってくれるな。そうか美味いか」


 親父さんはご満悦だが、タケルは内心で狂喜した。


「ホント、気に入ったみたいですね。良かったなクマサブロウ(ホントか? 甜菜の原種か、または品種改良で代わりになりえる品種かも知れないぞ)」


「周りでは家畜の食いが良いって評判なんだよ。うちのビートはな」


「そうなんですね。あの、ものは相談なんですけど、このビートの種か苗、分けて頂けませんか? クマサブロウが気に入ったみたいなので故郷に帰ってからも食べさせたいなって思って」


 上目遣いで可愛らしくお願いするタケル。あざといな実にあざとい。F型アンドロイドと精神が融合したとは言え、元は成人男性である。タケルなりに吹っ切れているのかも知れない。

 とは言え、親父さんから見たタケルは一〇〜一二歳程にしか思えない幼さである。(脱ぐと結構良いスタイルなのだが、着ている物と顔で皆さん騙される)


「良いぜ。家は町外れだからすぐそこだ」


 親父さんの後ろを着いて行きながらタケルは密かにほくそ笑んだ。結果、無事に甜菜に成り得るテーブルビートの種子を手に入れたのだった。親父さんの奥さんにクマサブロウ共々構い倒されたのは必要経費である。多分。



―ユリウス暦一〇七七年八月二四日、(未来の)ポーランドと(未来の)ドイツとの国境にある田舎町。(未来のポーランド・グビン周辺か?)


 現在タケルが滞在している小さな町で、ホップに関しての有益な情報が得られた。何でもこの町にある修道院で薬用としてホップを細々と栽培しているとの事。

 とは言え、その修道院は戒律が厳しく女人禁制、男性でも教会関係者以外は中に入れないらしい。しかし待って居ても何か起こる訳でもない。最悪は野生種を探して採取する手もあるが、栽培されているなら、それを入手したほうが確実であろう。

 本日の大道芸の公演を終えたタケルとクマサブロウは、取り敢えずその足で件の修道院へと向う事にした。


「来たのは良いけど、どうしようか?」


「があぅがうう……(完全にノープランだったのね……)」


 修道院の門の前で立ち尽くすタケルとクマサブロウ。


「どうした、お嬢ちゃん、うぉお!? ビックリした! でっかいクマだよな、おい! って、噂の大道芸人のお嬢ちゃんか?」


 タケルに声を掛けた商人風の男性が、傍らに伏せて居たクマサブロウの姿に気付いて大袈裟な位に驚く。


「あ、どうも。大道芸は、ついでなんですけどね……」


 往く先々で完全に大道芸人と思われているタケルとクマサブロウのコンビである。


「ついでって事は本業は何だ? それに修道院に用事でもあるのか?」


 男性からは嫌な感じはしなかったので、タケルは話してみる事にする。


「私、こう見えても船を持つ交易商人でして。黒海に船を置いて捜し物をしながら此処まで来たのです。それで目的の作物がこの修道院で栽培されていると聞いたので来てはみたのですが、ねぇ……」


「ここで作られてるなら、毬花かね? それなら少し口利きをしても良いけどな。勿論お代は頂くがな」


 呵呵と笑う商人の男性。確かに只より高い物は無い。手間には対価を支払うのは当たり前である。


「あ、是非お願いします。それに私が欲しいのは毬花ではなくて、その種苗なんですよ。故郷で栽培したくて探してたんです」


「はぁ、奇特だね。ありゃ薬の材料くらいにしかならんだろ? まぁいいや、こっちだ。修道院でも売り買いの窓口はあるんだよ。ところでお嬢ちゃんは異教徒なのか?」


 これは何処でも聞かれる事。


「いいえ、異民族ですが『信徒』です。聖名はカタリナ」


 そう言ってタケルはこの当時の作法で十字を描いた。何気に大嘘つきである。因みにこの年代は東西教会の分裂が起きた直後である。


「まあ俺たち商人にとっちゃ信用出来る商売が出来るなら異教徒だろうが何だろうが関係無いがな。しかしまあ、なんで毬花なんてものを。良かったら教えちゃくれまいか?」


「それは修道院でお話ししましょう? 修道院、ひいては教会の利益になるかも知れないですし、ね?」


 銭の匂いを嗅ぎ取った商人が、タケルに尋ねたが彼女はそれを笑顔で躱す。


「がぅう……(よくもまあスラスラと……)」


 呆れるクマサブロウであった。


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