01 推定十世紀へ〜混迷の二十一世紀を添えて〜
Warning! シリアスから、いきなり下ネタが入ります。
「どうしてこうなった……」
人気の無い浜辺に一人ぽつんと立ち尽くす人影から、呟くように発せられた一言。
「確かに、身一つで良いって言ったさ。だからって言った通りに解釈しなくても……」
鈴が鳴る様な声で桜色の形の良い唇から紡がれる言葉は少々荒っぽく、落胆の色が含まれていた。
「ばっかやろぉおおおーっ!」
切れ長の目に少し太めだが形の良い眉に通った鼻筋の顔を顰めながら彼。否、『彼女』は思いきり海に向かって叫んだ。
全 裸 で。
浜風に腰まで伸びた黒髪がなびき形の良い臀部を露わにしつつ、その叫びは虚しく沖へと消えていった。
「はぁ、どうしよう……」
ここに至る経緯を思い出しながら、彼女は砂浜に膝を抱えて座り込み深い溜息を吐く。抱えた事で豊かな胸が押し潰された。辺りには波音だけが聞こえていた。
※ ※ ※ ※ ※
二十一世紀の半ばを過ぎた頃、世界は緊張の極みにあった。二十一世紀初頭から始まったロシアのウクライナへの一連の軍事侵攻に端を発する、西欧諸国を中心とした陣営とロシア・中国を盟主とする陣営との間での新たな東西対立。米合衆国は世界の警察である事を疾うの昔に放棄していて孤立主義に走っている。そこに地下資源を背景として経済発展を遂げたアフリカ諸国と中東を中心としたイスラーム諸国が絡んでと複雑怪奇な状況が現出していたのだ。
日本周辺では、中華思想と共産主義を融合させて強硬的な拡張主義の性格を強めた中国が北朝鮮を併合、韓国とベトナムへの軍事侵攻を行いつつ、台湾と日本の南西諸島と対馬への軍事的圧力を強めていた。またロシアも北方からの圧力を強めつつある。
世界がそんな状況の中、日本のとある地方の片隅にあるアパートの一室で、本郷剛はインフルエンザによる高熱で床に臥せっていた。
ワクチンの予防接種を忘れていた上に、忙しさにかまけて症状が軽いうち通院治療しなかったのが運の尽きだった。
「ちくせう、花粉症だと思ってたんだよなぁ」
四〇度近い高熱で朦朧としながらそんな事を呟いたその時、枕元に置いたスマートフォンから緊急速報メールの着信音が鳴り響いた。と同時に点けっぱなしのテレビから有事サイレンの音が聞こえてくる。
「Jアラートか!」
テレビでは画面が切り替わり、アナウンサーが日本近海から短距離弾道弾が複数発射された旨を伝え、避難を呼びかける。
発射されたのはSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)と思われた。
緊張で意識が多少はっきりした。
「やばい。家の目の前、航空自衛隊の基地じゃん。SLBMだと着弾まで時間が……」
布団から這い出し近所の公民館に設置されているシェルターに向かうべく、熱で力の入らない身体を無理矢理動かして、雨傘を杖代わりにして着の身着のままでノロノロと玄関から外へと歩き出た。
その時、彼が目にしたのは基地に配備された発展型ペトリオットミサイル・PAC−4が次々と発射される様だった。
「シェルターには間に合いそうにねぇな……」
剛も男子の嗜みとして、ある程度の軍事知識を持ち合わせている。
PAC−4が対応するのは敵弾道弾が終末航程に入った後である。つまり今この瞬間にミサイルの弾頭はこちらに向かって来ている最中であり、PAC−4の射程を考えると距離的には百キロメートルを切っているに違いない。マッハ五を超えて落下して来る弾頭にとっては、あっという間の距離だ。着弾するとしたら五分も無いだろう。
しかもこの御時世、ロシアや中国の潜水艦が搭載するSLBMはMIRV(複数個別誘導再突入体)化されており、基地のみを集中的に狙って発射されたのなら、PAC−3より射程も長く命中率の高いPAC−4でも撃ち漏らしが起こるかもしれない。
見上げるミサイルから出た噴射煙の先で小さな光の瞬きが見える。どうやら迎撃は出来ているらしかったが、基地から次のPAC−4の群が追加で発射された。
どうやら基地を狙ったSLBMは一発ではなかったらしい。
「こりゃダメかもわからんね」
玄関先に座り込み、高熱と諦念で再び朦朧とし始めた剛はそう呟いた。
ジリジリと時間が過ぎる中、覚悟して目を閉じると暫くして強烈な光を感じ、一瞬だけ意識を失った気がした。
先程までの気だるさも無く意識もはっきりしている。そして何か気配を感じて恐る恐る目を開けると、眼の前には堂々と熱り立つ黒光りする
巨 大 チ ○ コ が。
え? なにこれ? なんでチ○コ?と混乱が押し寄せるが一瞬で鎮静化する。
冷静になって目の前の物体と周囲を観察すると、知らない知識が剛の中に有る事に気付く。
そんな剛の様子に目の前に屹立する巨大チ○コがビクンビンクと震えると象が放屁した様な音を響かせたが剛には意味が理解出来た。出来てしまった。
『回収した一〇八八号機の様子がおかしい。保守要員の誰か、ちょっと来てくれ』
とてつもなく広い、どこか洞窟を思わせる装飾がされた明るい場所。その一角に、どこからともなくワラワラと巨大チ○コが器用に玉袋で歩行しながら集まって来る。
よく見ると、竿の付根の辺りからは先が六つに別れた四本の触手が生えており、裏すじの辺りには視覚器感と思しき物が二対存在している。
『なんだなんだ、どうした』
『撤収に伴い弧状列島から回収した一〇八八号機の様子がおかしいんだよ。情報走査をしたら標準パターンと全く違うものが思考装置に存在している』
『いや、回収前の遠隔予備確認の際には正常だったろ?』
よく分からない機械装置を操作していた一体が『なんだこれ。アンドロイドの標準F型思考パターンじゃないぞ』と言うと皆一斉に剛を見た。
外見がチ○コなのに何処か人間臭い連中だな、などと剛が考えていると、一体が彼に話し掛けて来た。
『一〇八八号機、君の地上での仮称は何だったか現地語で発話を許可する』
『あー、その前に少し良いですか? 貴方がたはどんな存在なんでしょうか。記憶には*▲●✕※★※※*と言う種族であり、一〇八八号機と呼ばれる私の所有者であり使役者だとありますが。ちなみに私の名前は《ほんごうたける》です』
剛が彼らの言葉で応え質問すると、彼らは色めき立った。ぶぼーぶぼぼっぶぼおぶぱっと五月蝿い事この上ない。そんな中で先程から謎の機器に張り付いていた一体がぷるぷると震えながら皆に伝える。
『なんでF型なのに思考パターンがM型寄りなんだよ! 回収前は確かにF型だったのに! しかも自律モードで動いているし、制御コマンドも受け付けない?』
『落ち着け! 一〇八八号機、君は何者なんだね?』
責任者(?)と思われる個体が取り乱した担当者(?)に一喝すると、剛へと問いかけた。
『何者と言われても……』
剛は困惑しながらも自分がここに居る事に気付く前の出来事を彼らに話して行く。途中、自分の身体が自分の物では無い事に気付いてパニックに陥りかけたが即時に鎮静化した為、一通り話し終える事が出来た。
『なるほど、実に興味深い。別の場所で生きていた知的生命体の意識がアンドロイドに宿るなんぞ未知の現象だ。とは言え今ここで研究する訳にもいかない。我々は次の目的地に向かわなければならないので時間が無いのだ』
責任者の頭が赤らんで少し膨らんだり戻ったりしているのは興奮しているからか。頭頂部が何となく濡れて光っているのは汗なのだろうか。
『それで、君の質問に対する答えだが。我々は所謂学術調査団だ。事前に飛ばした探査機で生命体が存在すると確認出来た恒星系を巡っている』
『と言うと、やはりここは宇宙船か何かの中ですか。ところで目的は調査だけなんですか? その、侵略とか……』
そう剛が言った瞬間に責任者は仰け反り、頭部が膨張してその頭頂部から《ぶぼびゅっ》と言う音とともに白濁した液が吹き出した。彼(?)は《ぶぼぼぶぼぼ》と声を出しながらビクビクと上体を揺らす。ヒトで言えば吹き出した上に腹を抱えて笑っている事に相当する行動の様だ。
どう見てもチ○コです。本当に(ry
『侵略などナンセンス極まりない。資源など宇宙のそこら中にあるのに苦労して惑星降下して地中から採取する等はエネルギーの無駄だろう。まあ、資源の奪い合いで争う知的生命体は幾多も見てきたが、それらは宇宙への進出が出来ていない種族ばかりだったがね。今、我々が調査していた惑星もそんな感じだったが』
どんな惑星なのだろうと思い、剛は記憶を探る。この身体が記憶、或いは記録している情報は意識しないと引き出せないようでもどかしい。
そこで剛は固まった。まず、惑星そのものであるが、どう考えても地球であった。特に剛が宿っている身体が調査していた地域であるが、一番大きな大洋の大陸に近い弧状列島であり、それは日本列島にしか思えなかった。
更に記憶を探ると、地上の人々の様子や言葉、服飾等が思い出せる。
なんとなく歴史の教科書で見た事がある服装に、日本語っぽい言葉を話していた。天慶とか天暦とか坂東で乱が起きたとかも聞いていた。
思い出した剛は思わず叫んだ。
「んなアホな!」
※ ※ ※ ※ ※
「そう言えば彼らに服飾文化って無かったぽいなぁ。はぁ、文字通り裸一貫からの始まりか」
それにしてもであるが異星人が惑星調査用に設えたアンドロイドに逆行転生、或いは憑依した挙げ句に、自分が望んだとは言え平安時代と思われる日本に来てしまうとは。
異星人達は情報(この場合は剛の意識)が時間逆行した事の可能性を聞いて興味を示した。彼らは出発を遅らせて一〇八八号機を回収した時の時空転送装置やその時に稼働していたセンサー類の記録されたデータ、剛の今の身体の頭の中にある空間量子メモリ内の全データパターンやら何やらを、彼らの本星にわざわざエネルギーコストの高い超長距離超光速通信で送って解析を依頼もしていた。その間に剛の身の振り方についての協議をしたのだ。
今の剛の身体は異星人の造ったアンドロイドであり、本来なら知的生命体としては認められない物であった。しかし剛の意識が憑依した事で自我を持つ知性体として認められた事で、剛の身体(とデータ)を破棄するのは見送られた。
剛には異星人と行動を共にする等の幾つかの選択肢があったが、彼が選んだのは過去の地球と思われる惑星に残る事だった。
遥か未来に於いて、彼は核攻撃によって死亡してしまったのだろう。もし、この地球と思しき惑星が平行世界の地球であったとしても、自分の行動で未来に待っている破滅的な出来事を回避することが出来ないかと考えてしまったのだ。
それを実行実現するには、この不老不死であるアンドロイドの身体はお誂え向きかもしれない。
基本骨格は異星人技術による超合金により造られており、それを覆う肉体は複合型ナノマシンによる人工細胞で造られている。この人工細胞は核変換によってエネルギーと自身を構成する物質を生成する事が出来るので、空気か水があれば飲食の必要も無いしメンテナンスも不要。
また、剛の人格が宿る疑似ニューロンネットワークが存在する空間量子メモリ・コンピュータは、強靭な頭蓋と縮退物質膜に守られている。
頭蓋単体なら地球中心部に放り込まれたとしても、その圧力と温度に耐えられるだけの強度と熱遮蔽が備わっている。
そして頭蓋を含めた骨格内部には複合型ナノマシンを生成する機能が備わっているので、最悪、頭蓋だけになっても周囲にある有り物の材料から再生復活が可能なのだ。
少し黄昏れていたタケルだが、いつまでもこうして居られないと立ち上がる。
因みにタケルが最初に希望したM型アンドロイド体への換装や変更は出来なかった。
異星人の本星に送ったタケルのデータをF型及びM型に移植したが、タケルの自我の再生はなされなかった。起動したのはタケルの記憶をデータとして持ったアンドロイドだったのだ。
それなら頭だけ挿げ替えれば良いのではと提案したが、ナノマシンと空間量子メモリ・コンピュータのパラメータ変更が必須であり、それを行うとタケルがタケルとして在る保証が出来ないと言われた。従って現状維持となったのだ。
何故、タケルの自我人格が再生されなかったのかについては異星人も不可解な現象だとして、本星で引き続き研究をするらしい。
「科学技術系の知識が貰えたのと自分の記憶のサルベージが出来たから、まあ何とかなるか。F型の固有機能もメリットが大きいから納得するしかないか」
そう独り言ちて『彼女』となってしまったタケルは背後にあった森へと足を向けながら「取り敢えず着るもの作るか」と呟くのだった。
作家と作品名を失念してしまったけど、昔読んだ短編で「遭難した宇宙飛行士を救助して蘇生したのがチ◯コ型異星人だった」といのがありまして。オチも「カップ・ヌード」なんて頭悪い(褒め言葉)ものでした。腹を抱えて笑った記憶がありまして。
一応、それをリスペクトしています。