第4話
ともかくそんなことから、自分は25歳の身で14歳の少女と結婚することになった。
妻の実家は、それなりに様々な商品の売り買いをしている問屋であり、実家からしてみれば、私が皇軍の出身であるし、学校の校長ということから、それなりの利権が手に入るのでは、と考えたのも、娘の恋心を後押しした要因のようだった。
妻の実家の期待に自分がどれだけ応えられたか、というと自分は疑問があるが、それなりに夫婦生活を送った10年以上後で妻から聞いた話だと、それなり以上にこの結婚は効果があったらしい。
それはともかく、こんな風に自分が結婚して、更には1年余り後に(この世界の)妻との間に娘が産まれて、という感じで生活するにつれて、この世界に馴染む一方で、かつての世界をより恋しく思うように私はなっていった。
この世界に来て5年余りが気が付けば経ち、妻子ができて家庭生活をも営むようになっているのに、かつての世界をより恋しく想うようになるのも変な話かもしれないが。
落ち着いたら落ち着いたで、色々とモノを考える余裕ができて考え込んでしまうのも、よくあることではないだろうか。
更に言えば、他の皇軍の将兵の多くも、ホームシックとまではいわないが、私と似たような考えに至る者が多数出るようになっていたらしい。
除隊して娑婆に赴く際に、かつての世界のことを余り言うな、もう、あの世界にはまず戻れないと考えて、この世界に骨を埋めることをまずは考えろ、と上官等に言われてはいたが。
落ち着いて周囲の世界を見て過ごすようになり、更に皇軍知識から、かつての世界にあったモノとまではいわないが、それに近い代物、例えば、農具等が徐々に目に触れだすと、どうしても故郷、かつての世界をしのぶように自分はなっていき、他の皇軍の将兵の多くもそうだったようなのだ。
そして、つい、妻子や教え子に自分が話しても構わないと考える範囲で、かつての世界のことを自分や多くの皇軍の将兵は話すようになった。
(余談を言えば、その際に今の世界の妻に、かつての世界の私の妻のことを話してしまい。
「今でもその人を愛しておられるのですか」
という妻の問いに対して、都合のいい答えと自分でも思ったが、
「愛していないと言うと嘘になる。だが、この世界では妻はお前ひとりと決めている」
と私は言って誤魔化した。
実際、自分の心の奥底を一人で見つめ続けて自問自答すると、今の妻を愛おしく想う一方で、かつての世界の妻を愛していると言わざるを得ない自分がいた。
妻にしても、私がかつての世界に妻がいるというのを自分が知った上で、私と結婚した以上はそれ以上の答えが得られない、と考えたのだろう。
それ以上は、このことについて妻が触れることは無かった)
そんな日々を送っている内に、1549年の春に私の前に現れたのが上里家の家族で、上里勝利やその弟妹を教えることになったのだ。
(尚、後の織田美子は既に小学校に通う年齢では無かったので、自分は教えなかった)
戸主の上里松一が12歳を頭に連れ子養子を含む5人の父として挨拶に来た際に、自分は本当に呆れるような想いがしたのを、昨日のことのように思い出してしまう。
この皇軍士官は何を考えて、こんな自らの家庭を築いたのか、他人事ながらそんな想いが自分はしてしまったのだ。
(それこそお前が言うな、の話かもしれないが)
そんな想いを一時はしたが、結果的に1563年の春まで自分が校長を務める学区内に上里家は住み続けることになり、自分が校長を務める小学校に子どもは通い続けた。
だから、私は上里家の勝利から敬子までの兄弟姉妹6人の恩師ということになるが、その中で一番思い出すのが和子だった。
ご感想等をお待ちしています。
上里松一は1557年に従五位下に叙せられており、子ども達を学習院に通わせるために京へ転居しても良かったのですが、その場合はシャム人の血を引く正道(道平)や智子が学習院で良くて浮く、悪くすると苛められると懸念したことから、智子が初等女学校を卒業した1563年春を機に京へ引っ越したという事情が、本編では語られていない裏事情としてあったのです。