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エピローグ

 曽祖父の佐藤希典がそんな思いを馳せているのに、曾孫の美子は全く気付いていなかった。

 美子は懸命にラジオから流れてくる織田信長首相の国葬の様子を聞くことに努めていたからだ。

 だから、美子は曽祖父の異常に気が付かなかった。


「うるさいなあ」

 美子は思わず口に出してしまった。

 安楽椅子に座って、自分と一緒にラジオを聞いていた曽祖父は何時か寝入ってしまったようで、高いびきをかいており、それでラジオの声が聞きづらくなっていた。

「ひいおじいさん。起きて、一緒にラジオを聞こうよ」

 美子は曽祖父に声を掛けたが、曽祖父の高いびきは大きくなるばかりだ。


「もう寝るのだったら、一声かけてから寝てよ。ラジオの声が聞こえないから、ラジオを他の所に運んでこの放送を聞くからね」

 美子は一言文句を言って、ラジオを運んで曽祖父の下を離れていった。


 もし、美子がもう少し大人びていれば、又、ラジオを聞くことに執着しなければ、美子は曽祖父の異常に気付いただろう。

 こんな高いびきをかいて、声を掛けても起きないのはおかしい、と察しただろう。

 だが、美子は気づかずに曽祖父の下を去ってしまった。


 希典は美子が気付かない間に脳卒中を発症していたのだ。


 脳卒中を発症した希典は幽明の境を彷徨っていた。

「佐藤先生ではありませんか」

 若い姿の上里松一が気さくに声を掛けて来た。

「上里さんではありませんか」

 幽明の境にいる希典は、それに違和感を覚えない。

 いや自分も若返っていた。


「確か亡くなられたような覚えがするのですが」

「それなら、貴方も亡くなられたのでしょう」

「そうかもしれませんなあ」

 そんな会話を二人は交わした。


「妻が来るのを暫く待つつもりです」

「愛子さんですか」

「ええ。私の妻は彼女だけですから」

 松一の言葉が翳ったのに、希典は気づかないふりをした。

 希典は内心で考えた。

 永賢尼のことを松一は想わず考えたのだろう。

 もし、サクチャイの一件が無ければ、永賢尼は出家せずに松一の愛妾として暮らしたやも。

 そうなっていたら、美子や和子はどのような人生を歩んだだろうか。

 今や考えても詮無いことだが。


「佐藤先生はどうされるのです」

「今の妻に怒られそうですが、最初の妻の早苗を探しに行こうと考えます」

 松一の問いかけに、希典は即答してしまった。

 そう今なら、最初の妻の早苗の下に行ける気が自分はするのだ。


「別の男性と再婚している可能性がありますよ」

「良いです。というか、それが当然でしょう。何しろ50年以上もほったらかして、私は別の女性と家庭を築いていたのですから。早苗も別の男性と結婚して家庭を築いて当然です」

 松一の更なる言葉に、希典は言葉を返した。


「そこまで言われるのなら、私は止めません。早苗さんと会えるように私も祈り願いましょう」

「ありがとうございます」

 そんなやり取りをした後、希典の視界から松一は何時か去った。


「さて、どう行けばいいのかな」

 希典は思わず呟いた。

 ぼんやりとした光に包まれていて、どう行けば良いのかは分からない。

 だが、足の赴くままに歩めば、妻の早苗の下に何時かたどり着ける。

 そう確信して、希典は歩みを始めた。


 美子が曽祖父の下を離れて、少し経った頃、

「旦那様」

 希典の妻は、夫のいびきがいつもと違うのに気付いて、そう声を掛けて、揺り起こそうとした。

 だが、妻が希典を少し揺すった瞬間に、希典のいびきは止まってしまった。

 更に希典の体は冷たくなり出した。


「誰か来て」

 金切り声を上げながら、妻の内心の一部は冷めていた。

 夫は私を妻として愛してくれたが、女としてはずっと愛してくれなかった。

 息絶えた夫は、恐らく最初の妻の早苗さんの下に向かうのだろう。

 哀しいな、妻はそう想った。

 これで完結します。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 佐藤先生、精一杯、誠実に生き、懸命にやるべき仕事を為し遂げた一生でした。
[良い点]  たとえ混濁した意識が見せた夢やまぼろしだったとしても佐藤希典さんにはもっとも望んだ最期だったようで優しさすら感じるテールエンド(´ω`)明確に望んだ想い人との再会が描かれて無いのもなろう…
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