魔物を狩りに
「三日後、お前達のレベルを上げるために「名無しの森」へ魔物狩りに出かける!」
カルガロットの声が訓練場に響き、ついでクラスメイトが沸き立つ。レベルを上げるための魔物狩り、三条院が教えてくれたことは本当だったらしく、三日後に俺達は「名無しの森」ひいては「始まりの平野」にてレベル上げを行うことが判明した。
あの夜、兵士の話を盗み聞きしたあと、俺はいつの間にか自分の部屋にたどり着いていた。どうやって帰ってきたのかも分からない状態だったので、悶々として眠ることも出来なかったが夜型の名は伊達ではない。
それでも重い身体を何とか引きずってやって来た訓練場で、今日の分の訓練が終わった所カルガロットがそれを他の皆に告げたのだ。
レベルを上げられるということに興奮するクラスメイトを横目に、「始まりの平野」についての情報を思い出す。
確か王都を出たすぐ横の場所に存在し、脅威度E以下の魔物しか存在しない平野だったはず。脅威度の高い魔物がいないので、初心者の戦闘訓練にうってつけの場所であり冒険者ギルドの研修地にも使われているとか。
「今回、お前ら異世界人のことはまだ国民にら知らせていないため、「始まりの平野」と「名無しの森」は貸切でレベリングを行えることになった。引率は俺を含めた騎士団が行い、戦闘も危なくなったら援助する。ここまではいいな?」
全員がその言葉に頷いたのを確認し、カルガロットは話を再開。話を聞いていない奴を連れていくわけにはいかないからだろう。どれだけ弱いといっても魔物は魔物。命の危険があることに変わりは無い。
「今回は、戦争に参加しない奴も一緒に来てもらう。戦わないといっても、力をつけておく事は後で絶対に役に立つからだ。さっきも言ったように危なくなれば助けるので心配はいらない。三日後に向けてキチンと準備をするように!いいな!」
「はい!」
説明が終わると、カルガロットは騎士団の人に呼ばれて去っていった。クラスメイトは魔物と戦うことに対する興奮冷めやらぬといった様子で、ワイワイ騒いでいるのが見える。
残っていても仕方がないので直ぐに訓練場を抜け、いつもと同様図書館に向かう。今日は三日後に向けて魔物についての本を読もう。前も一度読んだけど、完璧に覚えているというわけではないからな。
いざという時のためにも、知識は入れておいた方がいい。
.......非戦闘者の処分については、まだ余裕があるはず。魔物狩りで役に立つか立たないかを見極める意図があるはずなので、少なくとも三日。平野で殺されることは無いとするなら一週間程度はあるはずだ。
なにより今は頭が働かない。突然の出来事に思考が追いついていないのだ。
ああ、他のクラスメイトに伝えるというのは絶対に無理だ。誰も俺の言うことなぞ信じないし、頭のおかしい奴だと思われるならまだマシ。最悪なのは誰かが俺の言っていたことを王城の奴らに伝えて、俺の首が秘密裏に飛ぶことだ。俺みたいな最弱野郎すぐに殺せるだろうしな。
ということで今は魔物狩りについて考えよう。
気を取り直して図書館に向かう道を歩いていると、前方から見知った顔が歩いてくるのが見えた。お付きのメイドと執事を従え、何もないというのに豪華なドレスを着たお姫様。
王女、アリアナ・レアルロード。
正直、今あまり会いたくはなかった。でもここで踵を返しても怪しまれるだけだ。
「あら?ごきげんよう、異世界人様。どちらへ?」
「こんにちは、アリアナ王女。少し調べたいことがあるので図書館へ行こうかと」
うん、何度見ても美少女だ。同い年には見えない童顔がそれを際立たせている。市薗や三条院とはまた違う魅力と言い換えてもいいかもしれない。
「あら!そうでしたか。どうですか?私達の図書館は。蔵書数には自信があるのですが」
「毎日楽しく読ませていただいています。見たことの無い本ばかりで退屈しませんしね」
ニコニコと笑いながら会話を続けるアリアナ王女。大変目の保養にはなるのだが、後ろのお付きの執事からの目が痛い。まるで市薗と話している時の天笠のようだ。ま、まさか王女に好意でも抱いてるのか!?
そんなストーリー漫画の中でしか見たことは無いが、応援してるぞ。頑張れよ!
反対にメイドさんの方は無反応って感じだ。ていうかネムルさんだ。王女様付きのメイドさんだったのか....結構衝撃だ。
「そういえば、ユーキ様の様子はどうですか?」
「天笠くんですか?良い感じだとは思いますよ。訓練も順調そうですし」
「そうですか、私一応王女という立場なのであまりユーキ様に会いに行けないんです.....だから少し気になってしまって」
焦ったように早口で捲し立てる王女様。それはどこか見覚えがあるような.....。
(ま、まさか王女様、天笠の事が.....!?)
そう、まさに自分の好意を悟らせないようにするヒロインではないか!
自分の知らない所で物凄いラブコメが繰り広げられていることに驚愕の念を隠せない。こんな短期間でどうやって王女様の心を射止めたのやら。俺にも教えて欲しいくらいだ。
「王女様、そろそろお時間が.....」
執事くんが王女の耳元で何かを囁くと、王女は目を見開き申し訳なさそうにする。
「すいません、もう行かなければいけない時間で.....機会があればまたお話ししましょう!」
「いえ、大丈夫ですよ。それでは」
(王女様も大変なんだなぁ〜)
そう言ってパタパタと廊下を進んでいく王女一行を見送り、俺は今度こそ誰にも会わず図書館へと向かった。
目の前に広がる青い空、見渡す限りの野原。
王女様と会ってから三日。俺達、異世界人組は「始まりの平野」に到着していた。遠征、というほどの距離ではないが、俺達にとっては初めての土地だ。
同行しているのはカルガロット率いる宮廷騎士団の面々だ。全員が重厚な鎧に身を包み、そこに立っているだけで威圧感が凄まじい。それに騎士団長まで来ているのだ。こんな厳重な警備が付いているのも、勇者がいるからに他ならない。そうでなければ適当な兵士を付けてこの野原に放り出されていたことだろう。
「おい!集まれー!」
久しぶりの自然を楽しんでいると、カルガロットの呼び声が聞こえてくる。それに従い彼の元に集まるクラスメイト達。それぞれ、洋装は戦闘用の服に着替えていた。腰には剣を差し、動きを阻害しないように胸当てと籠手をつけている。勇者や賢者ともなれば、白い鎧に、これまた白いローブを見に纏っている。
これが格差社会か.....と自分の服装を顧みていると、カルガロットの話が始まった。それはこの平原や、隣接する森についての説明。ほとんどの内容が図書館にあった本と同じ事だ。やはり知識は裏切らないとまではいかずとも、予習しておいて駄目なことはない。
「始まりの平野」自体は大した場所ではない。魔物の出現が著しいとはいえ、その脅威度が低いため問題にはならないからだ。反対に重要なのはそこに隣接する「名無しの森」。
「始まりの平野」と違い、脅威度低〜脅威度中の魔物が出現する森だ。具体的にはランクFからランクCの魔物が多数存在し、この森に入るには冒険者ランクD以上が必要となる。つまり、俺達のような実戦もしたことが無いようなひよっこは入ることすら許されないのだ。
「くれぐれも俺達の同伴、許可無しに森には入るなよ!入ったが最後命を落とすこともあるということを忘れるな!」
こうして話を締め括ると、カルガロットは設置された天幕の中に戻っていった。
三十分後に騎士団の引率の元、平野の魔物との戦闘を行うらしい。俺も一旦自分に割り当てられた天幕の中に入り、心を落ち着ける。五十嵐達は支給された武器に興奮し騒いでいるが、俺はそうではない。今から魔物と、生き物と戦いそれを殺すのだ。落ち着いていられるわけがない。
目を閉じ、左右の指を合わせて深呼吸をする。
しばらくすると、俺を騎士の人が俺を呼びにやって来た。
さあ、いよいよ魔物との戦いの時だ。