燦然と
背後から突然かけられた声に、俺は硬直してしまう。
こんな夜中に、しかも女性に話しかけられるとは想像だにしていなかったからだ。恐る恐る後ろを振り向いてみると、そこにいたのは我らがお嬢様、三条院 三葉。
「や、やあ三条院さん。こんな所でどうしたの?」
なんか咄嗟に返事を返したらすんごい怪しい人みたいになってしまったが、まあ問題は無いだろう。
「ええ、少し眠れなかったから散歩をしていたのよ。そちらは?」
「アハハ、俺も同じだよ。寝付けなかったから少し散歩に......」
「「...........」」
はい、会話終了。俺はれっきとした陰キャだし、彼女もあまり饒舌に喋っているのを見たことが無い。まあ三条院がペチャクチャ話しているのほうがおかしいか。クール系だからな。
それに三条院も暗がりに何かいたから話しかけただけだろうし、そうじゃなきゃ俺みたいなのに好き好んで話しかける奴なんていない。市薗は別な。あれは俺にも理解し難い生物だ。
「じゃあ俺はもう帰るからーー」
「それなら少し、話せないかしら?」
だから、これは本当に予想外だった。
「いや、俺帰るからーー」
しかしそれにも華麗に対応。が、三条院の圧はさらに膨れ上がる!
「話せるかしら?」
「だからーー」
「話せるかしら?」
♦︎♢
「落ち着いて話せる場所があって良かったわね」
はい、陽キャのオーラにビビって帰るタイミングを逃した新谷です。帰ろうとしたのに駄目だった.....なんでこんな事に!ただ夜の散歩を楽しんでいただけなのに....。映画のタイトルみたいだ。
さっきの廊下から場所は変わり、俺と三条院は出会った所から近くにある宮廷庭園にいた。その中にある日本庭園の東屋のような所に小さな机と椅子が設けられていたので、そこに腰かけている。周囲を花に囲まれているので、そこらかしこから花の甘い香りが漂ってくるようだ。
ていうか三条院のヤツ、何のつもりだ?俺とお前はほぼ初対面だろうが!
「えーと、それで何か用かな?」
いくら待っても話を始める様子が無いので、しょうがなくこちらから話を切り出す。
「いいえ?特に用は無いわ。そういう気分だっただけよ」
用が無いのに話す、そのことに俺が愕然としている間にも三条院の話は続く。
「最近調子はどうかしら?訓練の方は....」
「上手くいっているように見える?」
そうなら三条院、お前の目は節穴だ。訓練どころか普通の生活も上手くいっているとは言い難いんだよ。夕食中だろうとなんだろうと俺は正直言ってあのクラスの中の異物でしかないんだ。それが嫌なわけじゃないけど、それが良いってわけでもない。だから、少なくとも上手くはいっていないだろうよ。
「「.................」」
話は思ったよりも弾まず、重苦しい沈黙が場を支配する。今のは話題提供が悪かったと思う。
この雰囲気に耐えきれなくなったのか、三条院が口を開いた。
「鏡花が貴方のことを心配していたわ」
凛とした声が発される。決意を固めたような顔に、それが本題であると理解した。一瞬その意味を理解できなかったが、少し遅れてそれに返答を返す。
「市薗が?なんで?」
ふと出てきたのはそんな言葉。ここでアイツの話が出てくるとは思わなかった。
「一人しかいない幼馴染だから、って言ってたわよ。それに昔貴方に助けてもらった事があるって」
助けてもらった、ねえ。あの事を話したのか?市薗は。いや、全部は話していないだろうな。俺が市薗を助けたという事実を話しただけだろう。
「あー、大したことじゃないよ。子供の頃の話だしね」
「それでもあの子は恩だと思っているみたいよ?」
アレは恩なんかじゃない。俺が引き起こした事がたまたま市薗を助けるきっかけになったというだけの事だ。
「それならもう充分返して貰ったと言っておいてくれ」
市薗が俺に話しかける、これの重大性をアイツは分かっていない。自分の価値を理解していないからこそのありがた迷惑。アレが無ければ俺はーーいや、そんな事は無いか。どう転んでも結局状況は変わらないような気がする。
「フフ、一応伝えておくわ。それがどうなるかは分からないけれど」
クスリと微笑んだ三条院は、いつもよりも美人に見えた。月光に照らされているからか、普段とは違い穏和な表情をしているようにも見える。不覚にもそれにドキっとした俺は、誤魔化すように椅子から立ち上がった。
「俺は眠たくなってきたからそろそろ部屋に戻るよ。おやすみ、三条院さん」
「あ、ちょっと待って、一つ伝えておく事があるのよ」
後ろを向いた俺を呼び止めて連絡事項があると言う三条院。そういうのはもっと早く言って欲しかった。
「明日話されると思うけど、私達のレベルを上げるために魔物を討伐しに行くらしいわ。行き先はまだ教えてもらっていないけれど.....一応言っておこうかと思って」
「そうなんだ......ありがとう、教えてくれて。じゃあ今度こそおやすみ」
三条院はまだ戻らないのか、東屋に腰を下ろしたままだ。俺はそんな彼女に背を向けて歩き出した。
彼女は市薗のことを伝えたかったのだろうか?友人を思ってそんな行動を起こしたのか?......俺には理解できない領分だ。
にしても魔物討伐か。どこに行くつもりだろうか?国外に出るのはまだ早いと思うからおそらく国内の何処かではあるだろうけど、魔物なんて極論どこにでも出るからな。まあいいや、明日になったらどうせ分かることだろうし。
部屋に戻るための道を歩きながら空を見上げると、二つの月が煌めいているのが見える。月が二つとは天体どうなってるんだ?なんて取り留めも無いことを考えるも、そろそろ現実に目を向けなければならない時が来たようだ。
宮廷庭園から出てはや数分。俺、道に迷ったかもしれない。
「ここ、何処だ?」
似たような柱、似たような壁ばかりで、自分が城のどこら辺を歩いているのかがまったく分からなくなってしまった。とりあえず何とかなると思って歩き続けたが、一向に見知った場所は見つからない。これはかなりピンチなのでは?焦ってみるも、状況は好転しない。誰かに道を聞こうにも、こんな夜中に人がここを通るとは思えないのだ。
さて、どうしたものか。俺は思案する。
そんな時、先の曲がり角聞こえてきたのは甲冑の足音。人間とは不思議なもので、急に現れたものから身を隠すという習性がある。通りかかった彼らに道を聞けばいいものを、俺は咄嗟に近くにあった銅像の影に隠れてしまった。
そこから顔を少し覗かせると、歩いていたのは巡回の兵士だと分かる。周りに誰もいないと思っているのか、世間話をしているようだ。兵士なら隠れる必要も無かったかと、銅像から出て行こうとしたが、兵士が発したある一言が俺の足を押し留めた。
「結局、戦いに行かない異世界人の処遇ってどうなるんだ?」
「戦いに行かないってことはいても邪魔なだけだろ?うちだって食料や金に余裕があるわけじゃないんだからさ。だから気を見て処分するって宰相が言っていたじゃないか。話聞いてなかったのかよ?」
「いや、聞いてたけどさ。異世界人の奴らも元々は平和な世界で暮らしてたんだろ?なら殺すのも可哀想な気がしてよ」
「仕方ないだろ?そういうもんだと思って受け入れてもらうしかないんだよ。それに、俺達みたいな一般兵がとやかく言ったところでどうにもならないしな」
聞こえてきた兵士達の会話はそれだけ。反対側の角を曲がったところで、段々彼らの声は小さくなっていく。
心臓の音がうるさい。
道に迷ったという焦りも、人を見つけたという安心感も、明日魔物狩りに行くというのも全て俺の心の中からは消え失せていた。
どういうことだ?
処分?
殺される?
戦いに行かないから?
頭の中は疑問でいっぱいになる。
いくら考えても埒があかない。一つ分かっているのは、このままだと殺されるということ。
それは、嫌だ。
なら、俺のとるべき行動はーー明日、戦う意思を表明すること。それしか選択肢は無い。
自ら死を選択するような決意。決して弱者が取ってはいけない選択肢。
それを見ていたのは、俺の頭上でうるさいほどに、燦然と輝く二つの月だけだった。
最後ちょっと物足りない気がします