卑怯な懇願
ステータス鑑定が終わった後、俺達は国王ひいては王女様と共に夕食の席に招待された。
日本時間で朝に召喚されたはずなのにエルンペントではすでに夜になっていることに驚いたが、世界が違うなら時差があってもおかしくは無い。クラス代表である天笠がその誘いを断るはずもなく、俺達は円形のテーブルを囲むようにして座っている。
「召喚の疲れもあるでしょうし、早速食事を始めましょう!」
その一言でテーブルに料理が運ばれて来る。いかにも高級そうな食器に、高級そうな料理。王様や王女様はドレスや貴族風の服だが、俺達は制服のままだ。場違い感が半端なく、一介の高校生がテーブルマナーなど知っているはずもないので誰も料理に手をつけない。
しかし、流石は天笠というべきか。ナチュラルに食べ始めた挙句、マナーも完璧(パッと見)と来たもんだ。
「すいませんが、僕達は詳しいマナーを知りません。それでも大丈夫でしょうか?」
「はい!あまり気負わないでください。あなた方は勇者なのですから、不敬で罪に問われることなんてありませんよ」
この言葉に天笠や三条院以外の全員がホッと息を吐く。今ので更に天笠の株は上がったことだろう。マナーもキチンとしていて、気遣いまで出来る男が嫌われるわけがない。べ、別に羨ましくなんてないんだからねっ!
そこから空気は緩和し、仲の良いクラスメイトの間で会話が始まった。天笠や市薗などのコミュ力モンスターは、もう王女様と楽しくお喋りをする領域まで到達しているようだ。レベルが違うな。
俺?俺はもちろん一人寂しく黙々とご飯を食べている。おお、これ美味いな......何の肉だろ。こっちも美味しい。良い食材使っているのか、こっちにしかいない生物の肉とか部位もありそうだ。良さげな料理を見つけてもそれを教える友達がいない。まあ自分で独り占め出来ると思えば悪くないか。
「伊織ー!」
うーん、調理法とか聞いたら教えてくれるかな?門外不出とか言って駄目かもしれないけど挑戦するだけならタダだしな。
「伊織ー?」
.........悪魔の呼び声が聞こえるような気もするがきっと気のせいだ。うん、そうに違いない。
「ねえ、伊織ってば!」
「うわぁっ!」
耳元で名前を呼ばれ、あまりの声の大きさに飛び上がる。近っ!なんでコイツこんなパーソナルスペースが狭いんだよ!
「そんな耳元で叫ぶなよ、ちゃんと聞こえてるから!」
「なら反応してよー。呼んでるんだからさ」
「食事中だぞ?静かに食べるのが俺の流儀なの!.......で?用件は?」
何も用が無いのに話しかけてくるなんて事は無いはず。用件があるなら速く済ませて欲しいものだ。さっきから周りの視線が痛いから!話し始めたばかりなのにもう注目が集まっている。この状況が市薗の影響力を如実に表しているようだ。
「なんか美味しい料理見つけたかなーって!」
ほう、タイミングが良かったな、市薗。ついさっき良い感じのを見つけたばかりだぞ。
「そこの肉と海鮮料理、食べてみたら美味かったぞ。あっちに持ってったらどうだ?」
「伊織はもう食べないの?」
「ああ、充分食べたからな」
「オッケー、なら持ってくね!ありがとう!」
それだけ言うと、市薗は料理を持って元の位置に戻っていった。やはり美味しい料理を求めていただけだったか。な?だからそんなに睨まないでくれ、天笠。胃に穴開いちゃうからさ。
食事中に起こったアクシデントは市薗が俺に話しかけたことくらいだった。五十嵐達がまた絡んできたが、しょうもない事だったので割愛する。俺の食べていた料理を許可無しに持っていくという暴挙に出ただけだ。
食事が終わったあと、改めて国王の話を聞くことになった。
「我々は日夜魔王の使役する魔物と戦っておる。レアルロードは違うが、魔国に近い国は今でも戦争状態じゃ。いつ魔王が本腰を入れて攻めて来るかも分からない状況の中、不安で夜も眠れない市民が多く存在する。余の娘も魔王の手によって昏睡状態に陥ってしまった......そなたらは強大な力を持っている!我々よりも更に大きな力を!身勝手な願いだとは分かっている。どうか....どうか、この世界を救ってはくれまいか!」
「私からもお願い致します。妹を、国民を、どうか!」
二人して俺達に深く頭を下げる。王族ともあろう二人が俺達のような市民に頭を下げる、これはかなり重要な事だ。よほど魔王からの被害に切羽詰まっていると見える。それに国王の娘、王女の妹が昏睡状態だと?ここに来て新しい情報をぶち込んで来るとは....こんな事言われたら誰だってーー
「.........皆、俺は勇者として魔王を倒そうと思う。でも恐らく、それは危険な道だ。嫌だという人を責めたりはしない。それでも、俺に少しでも同調してくれたなら絶対に後悔はさせない!俺、いや俺達しかこの世界を救えるのはいないんだ!苦しんでいる人がいるなら、それを見逃すことなんて出来ない!」
ステータス鑑定時のように、部屋は静まりかえる。崇めるような目つきで天笠を見ている国王と王女以外は誰も喋らない。
「当ったり前だろ!俺もやるぜ、勇樹!」
そこに響く、林道の一言。これがトリガーだった。
「おおお!お、俺もやるよ!」
「わ、私も!困ってる人がいるなら....!」
「そうだよ、俺達しか出来ないんだから!」
同調圧力。この言葉が一番正しい雰囲気が出来上がる。自分のカリスマ性を理解しているのかどうか知らないが、非常に不愉快な空気だ。
絶対に全員がそう思っているわけではないだろう。現に、困ったような表情をしている奴がチラホラ見受けられる。全員陰の者だけどな。
コイツらが困っているとは考えないのか?こんな雰囲気の中、皆と反対なことを言うのは勇気がいる。自分が出来るからといって他人にそれが出来ると思うなよ、天笠。見ているようで見ていない、それがお前のくだらない正義感なんだ。
「ありがとうございます、皆様!これで私達もー
「俺、降りさせてもらうよ」
手を挙げ、さして大きくも無い声でそう告げる。肯定の言葉ばかりのこの部屋で、俺の否定はよく通った。いつもとは非にならない数の視線が俺に集中しているのが分かる。そしてそれはほとんどが批判的なものだ。
「.....正気か?僕達にしか出来ないことだ」
「誰がそう決めたんだよ?しかも俺の能力値じゃ役に立たないしな」
「やらなきゃ死人が出るんだぞ!?」
「自分が死んだら元も子もないだろ。遊びじゃないんだ」
ゲームとは違い、ここは現実だ。怪我をすれば痛いし、攻撃を喰らえば死ぬ。見ず知らずの他人のために命を賭けられるほど俺は出来た人間じゃないんでね。
「お前っ......!」
俺に詰め寄ってくる天笠。そしてそれを止める市薗。後ろでオロオロとしている王女様(可愛い)。
「落ち着いて、勇樹!」
「っ.....!もういい。君はそうしてくれ。いてもいなくても変わらないからね」
厳しい目つきをしながらそう吐き捨てる天笠。彼だけではなく、林道も俺を睨んでいる。彼らにあてられたクラスメイトも、俺に敵意を向けてきていた。
「遠慮なくそうさせて貰うよ」
俺は立ち上がり、部屋を出て行く。閉めたドアの向こうから、戦うことを辞退する声がいくつか聞こえて来る。
勢いで出てきたはいいが、これ何処に行けばいいんだ?
「お部屋にご案内させていただきます」
そう考えた途端、横から小さな声が聞こえて来て肩をビクリと震わせる俺。
(ま、マジでビックリした......)
そこに立っていたのはリアルメイドさん。日本のメイド喫茶とかにいる感じのじゃなくて本職の人だ。なんかこう......佇まいが違う。しかも気怠げな感じだが、めちゃくちゃ美人だ。それも市薗達にも劣らないほどの。
それより部屋に案内してくれるんだったっけ?なら案内してもらおう。場所分かんないし。
「じゃあお願いします」
メイドさんはコクリと頷き、俺を先導するように歩き出す。音もなく移動する彼女の後ろ姿を眺めながら、俺は今頃さっきの部屋はどうなったかと取り留めも無いことを考えるのだった。