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剣と魔法と異世界兵器  作者: 日暮悠一
11/15

生と死の狭間

重い瞼がゆっくりと開かれる。


それでも目の前は暗いままだ。どれだけ近づけても自分の手すら見ることができない、完全なる暗闇。


(何処だ......ここは)


次に出てきたのはそんなごく当たり前の疑問だった。暗がりで周囲は見えず、状況がどうなっているのかも分からない。


「つっ!」


ズキン、と左腕が痛む。と同時に自分の身に何があったのか、その記憶が呼び起こされた。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」


叫ばずにはいられなかった。覚えているのは腕が無くなったこと、逃げようとして気を失ったことだ。遅れてやってきた恐怖で頭がおかしくなりそうになる。呼吸もままならなず、全身の震えが治らない。


「キエェェェェェェ!!!」


何処かからあの忌まわしい鳴き声が木霊し、顎がカチカチと鳴る。本能的な恐怖が俺を支配し、身体が勝手に後退るも、すぐに壁にぶつかった。これ以上は下がれないと息を殺して気配を縮める。


(誰か..!誰か...!俺を、助けてくれ!)






♦︎♢







勇者、天笠達への明日の予定通告が終わり、カルガロットは自分の天幕にて思案にふけっていた。


内容は勇者について、ではなく異世界から召喚された中での異物的存在、新谷 伊織 についてだった。異世界人であるにも関わらず、こちらの一般人の変わらぬステータス。強いスキルを持っておらず、そこらの兵士よりも弱いと断言できる。


それでも、それに腐らず図書館に行くなどして武力を知識で補完しようとする姿勢には好感が持てた。勇樹や仁からは彼が碌でもない人物であると聞いていたが、実際に話してみてそういった印象は受けなかったどころか、話しやすい朗らかな人物だという感じだ。


それに魔物との戦闘訓練では目を見張るものがあった。雷魔法でゴブリンの気を逸らしたのもそうだが、正直に評価するならばそこまで練度の高い魔法ではない。剣術も平均以下といった感じだったが、カルガロットが目をつけたのは貪欲に勝利を求めるその精神だった。


戦争でもっとも生き残るのは武術が出来る人間ではない。一番生に執着し、生き残るためならばどんな手段でも厭わない人間だ。カルガロットから見て伊織にはその片鱗があった。


(なぜ彼はあんなにも蔑まれているのだろうか?今度また聞いてみるか......)


気に入った者には徹底的に肩入れするのがカルガロットの癖だ。そして、それはいつも間違った行動ではなかった。今の騎士団にはカルガロットに推薦されて入った者が多く存在し、彼らはレアルロード史上最大の武功を残している。それは単にカルガロットの人徳の為せる技でもあるのだが......本人はあまり意識していなかった。


根っからの軍人なので文官のような仕事はカルガロットの苦手とするところだ。なので、合間に伊織について考え事をするというサボリを実行していたのだが、外から人の気配がしたため机の上に置かれた書類の一部を手に取り作業を再開する。


その瞬間、天幕が開き一人の騎士が中に入って来た。余程の緊急事態なのか、額には汗が付着し、呼びかけも無く中に入って来る。本来ならば処罰を食らう行動だが、カルガロットという男は決して融通の効かない人物ではない。思っていたよりも刺激的な来客に驚きはしたものの、落ち着いて話すよう部下を宥める。


「ほ、報告です!異世界人、シンヤ・イガラシ様達三名が森から帰還し、巨大な魔物と遭遇したとのこと!」

「だから森の中に入るなとあれほど......まあいい、その三人に怪我や負傷は?」

「無いと思われます!」

「ならいい、直接話を聞きたいから今すぐ向かう。彼らは何処に?」

「異世界人用の天幕にて待機していただいています!ご案内しましょうか?」

「いや、いい。お前は元の業務に戻れ。他の奴にこの事はあまり漏らすなよ」

「はっ!」


ビシッ!っと音が鳴りそうな敬礼をしたあと騎士は天幕を出て行った。カルガロットは急いで軍服の上着を羽織り、先程言っていた異世界人用の天幕に向かう。軍人気質とはいえ礼儀くらいはしっかりと心得ているのだ。


数多く張られた天幕の中から、五十嵐の使用しているものを見つけ五十嵐は中に入る。


「カルガロットだ、入るぞ」


中には五十嵐を含めた当事者三人の他、数多くの異世界人が集まっていた。五十嵐達を心配して集まった、というよりは、魔物に襲われるのが怖かったのだろうとカルガロットは推測する。


(出来れば秘密裏に事を進めたかったんだが....仕方ないか)


カルガロットとしては、不安を煽らないため事情聴取は少人数で行いたかったのだがこの調子ではそうはいかない。野次馬根性で集まったとはいえ、彼らには知る権利がある。


「何があったのか、出来るだけ事細やかに話してくれ」


諦めてそう要請すると五十嵐達は事の顛末を話し始める。その内容は、カルガロットからして見れば擁護する余地も無いほど呆れたものだった。


それはそうだ。自分の言いつけを守らず勝手に森に入った挙句、巨大な魔物に襲われて怖い思いをした。世の中の母親がこれを聞けば子供を泣くまで叱ることだろう。


もちろん、カルガロットもそれを叱る。自分の子供でもない相手にわざわざ時間を割き、いちいち説教を垂れてくれる人間がどれほど貴重なことか。しかし五十嵐はまだまだ子供。明日になれば忘れている可能性がなきにしもあらずだ。それに公衆の面前で怒られたとなればヘソを曲げるかもしれない。叱ったあとにそう思いカルガロットは少し心配になるが、ここはちゃんと言い聞かせておくべきだと心を鬼にする。


そもそも、戦場で指揮官の指示を聞かない兵など敵以上に敵なのだ。作戦系統がキチンと機能しない可能性がある上、他の兵士にも混乱を来たす恐れがある。五十嵐が軍人だったのなら即クビ、最悪死刑ものである。


五十嵐とその一派をたっぷり叱りつけたあと、集まった伊織のクラスメイト達に自分の天幕に戻るよう告げる。


「ああ、シンヤ達は少し残ってくれ。まだ聞きたいことがある」


完全に他のクラスメイトがいなくなったのを確認し、五十嵐の方を振り向くと真剣な態度で質問を投げかけた。


「何があった?」

「え?さっき話した通りの.....」

「そっちではない。他にも何かあったんだろうと聞いている」

「え!?な、何にも無いっすよ」


話している最中に感じた五十嵐達のよそよそしい態度。カルガロットはそれを幾度となく見てきた。戦場で、そして宮廷でも。


それは、嘘をついている人間の動作。


僅かな瞳の動き、汗の分泌量、何気ない仕草。現代日本における虚言者の特徴として礼が上がっているものだが、カルガロットのものは長年培ったある種のカンだった。


「舐めるなよ。俺に嘘が通じると思うな。もう一度聞く、何があった?」


カルガロットの体から微量の魔力が流れ出し、言葉の重みが深まる。放出している魔力の量は本当に少ないが、そこは騎士団長。効果的な場面でこの方法を使うことにより実物以上の威圧感を出すことに成功していた。


「ひっ....!」


三人揃って同じ悲鳴を上げる。先のフォレストレックスにより恐怖のハードルが下がったのか、人間であるカルガロットにも怯える三人衆の姿は、まるで追い詰められた小ネズミのようだ。伊織をいじめて愉悦に浸っていた彼らの姿はもう何処にも無い。


そうなれば後は簡単。少し押してやるだけで三人は全てを吐いた。


伊織も一緒に森へ入ったこと。魔物に出くわし伊織が転んでしまったこと。自分達はそれを見捨てて逃げてしまったこと........もちろんほとんどが嘘だ。とゆうか最初から間違っている。さも合意の上だったかのように話しているが、あれは強制だった。それに伊織は転んだのではなく転ばされたのだ。合っているのは最後くらいか。


話を聞いて、カルガロットが最初に感じたのは怒り。同郷の人間をしかも一番弱い伊織を見捨てるという暴挙。仲間思いなカルガロットには到底許せることではない。しかし、今はこの激情をぶつけている場合ではないと冷静な判断を下す。


部下に停留地の警備を言い渡し、カルガロット自身は森の中へと走っていった。








五十嵐とカルガロットが話していた天幕のすぐ近くの茂み。


ここにも、伊織が行方不明であることを聞いた者が一人。


「嘘、でしょ......?」


艶やかな黒髪、キリッと伸びた眉。信じられないといったように呟いたのは三葉だった。カルガロットが五十嵐達に残れと言っているのを耳聡く聞きつけ、この茂みで話を聞いていたのだ。


聞こえて来たのは想像よりも衝撃的な話。普段は鉄仮面を被っている彼女でも、クラスメイトが一人魔物に襲われて行方不明と知れば狼狽える。自分も探しに行きたいという思いはあるが、同時に自分が行っても足手纏いになるだけだとカルガロットに言い出せなかった。


しかし、目下最大の悩みはこのことを親友である鏡花に打ち明けるかどうか。彼女の事を思えばこそ言うべきでも言わないべきでもある。


地面にしゃがみ込んだまま、数分が経つ。ゆっくりと立ち上がり、彼女は自分の天幕へと戻っていく。


それは鏡花に伊織のことを言わない、と彼女が決定を下した瞬間だった。ゆえにカルガロットから知らされるまで、鏡花が伊織の行く末を知ることは無い。


それが吉と出るか凶と出るかは、誰にも分からない。

次回、主人公サイドに戻ります

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