第8話 秘密ガチャ、始めました。 8
「見たことないアイスばっかだ」
俺は駄菓子に詳しくはない。正直、ほとんど正体の分からないアイスばかりが置いてあった。
「駄菓子屋……」
俺は改めて日の当たる道に出て、駄菓子屋の看板を見た。
「ヤマモト」
ヤマモトとだけ、書いてあった。何故か駄菓子屋の店名は大抵名字だ、と噂には聞くが、本当だったとは。確かに、ミュン・フランソワ・デポール、などというような洒落た名前の駄菓子屋を聞くと胡乱にも感じるが、もう少し色んな名前の駄菓子屋があってもいいんじゃないだろうか。
「でも」
俺は駄菓子屋というものを、ほとんど見たことがない。大型のショッピングモールの中にある、人の手の入った駄菓子屋には何度も入ったことがあるが、こうして一軒家として鷹揚に構えている駄菓子屋に入ったことがないのだ。
個人商店の駄菓子屋など、都市開発の際に既にショッピングモールに取り込まれ、ECサイトの敷衍を契機に絶滅したものだとばかり思っていた。正直、こうしてどどん、と構えている駄菓子屋を見ると、興奮してしまう。
俺は興奮もそのままに、駄菓子屋の中に入っていった。
中には誰もいない。俺はいかにも、といった見た目をしているお菓子をいくつか手に取った。
「やっす~」
一つ当たり十円だとか二十円だとか、その程度の値段だ。
「これ採算取れてるのか……?」
これは駄菓子屋がショッピングモールに取り込まれてしまうのも無理はないな、と納得してしまう。
「あ……」
そういえば、財布はあるのだろうか。俺はポケットをまさぐった。ちゃりん、と硬貨に手が当たる。
俺はポケットの中の硬貨を取り出した。
「一、二、三……」
三百円。明晰夢なんだから、もっと豪快に十万円だとか百万円だとか出してくれてもいいと思う。
「金出ろ……!」
ふん、と力を入れてみるが、金は増えない。このままいても仕方がないので、取り敢えず百円分、駄菓子でも買ってみようかと思う。
それにしても、俺は一体いつどのタイミングで夢が覚めるんだろうか。
俺は緑色や青色、紫色をした、いかにもジャンキーな駄菓子と、チョコレートを手に取った。その他、袋に無造作に入れてあるきなこ棒、というものも気になったが、今回は止めておこう。
「すみませ~ん!」
駄菓子屋の主がいない。一軒家タイプの駄菓子屋に来たことがないため、精算方法が分からない。電子ペイとか使えないだろうか。還元祭りとかやってないだろうか。というか、今は西暦何年なんだろう。
頭の中でぐるぐると考えていると、部屋の奥から老婆がやって来た。
「はい、いらっしゃい」
少し、ほっとする。この夢の中には俺しか人間がいないんじゃないか、と薄々感じていたところだったのだ。
「すみません、これ欲しいんですけど」
「はいはい、え~っと百円だね」
お婆ちゃんは目算で金額を答えた。
バーコードを読み取らない……だと? どういうシステムで勘定をしているんだ。
「じゃあこれで」
俺は百円玉を出した。
「はい、百円ね。ありがと~」
お婆ちゃんは百円を受け取り、レシートを発行した。良かった、レシートは発行されるみたいだ。
「また来てね~」
お婆ちゃんは俺に手を振り、俺は駄菓子屋を出た。
「……」
普通に買えてしまった。お婆ちゃんは再び部屋の奥に戻っていく。俺はガチャガチャの隣まで戻ってきた。椅子が設置されている。ここで食え、ということだろう。イートイン脱税にはならないだろうか。まあ夢だしいいか。
俺は椅子に座り、袋から緑色の駄菓子を出した。ガムとも飴ともグミとも言えない、シート状の駄菓子。取り敢えず食べてみる。
「……美味い」
空腹のときに想像するだけで垂涎しそうな代物だ。噛み応えがあり、適度な酸味がより一層甘味を引き立たせている。駄菓子というのは、どうしてこんなに美味しいんだろうか。駄菓子屋で買って駄菓子屋で食べている分、雰囲気も出てなおさら美味しい。
夢の中でも味があるのは、なんだか得をした気分だ。
俺は適当に袋の中から駄菓子を食べて立ち上がり、ガチャガチャを見に行った。