第7話 秘密ガチャ、始めました。 7
ミーンミンミンミンミンミンミーン。
ミーンミンミンミンミンミンミーン。
「…………」
夏。照り付ける太陽を眩しく思い、俺は手庇を作った。
「え?」
ミーンミンミンミンミンミンミーン。
暑い。とにかく、暑い。
気付けば俺は、見たこともない場所に、立ちすくんでいた。
「どこだ……ここ?」
俺は道の真ん中に立っていた。左右を見渡してみても、特に俺の記憶に思い当たるものはない。舗装されたアスファルトの道と、道に沿っていくつかの木造建築の家が見えるだけだった。そして俺の目の前には、駄菓子屋がどん、と鎮座していた。
「なんだ、一体」
俺はついさっきまで、新妻さんや司に関する日記を書いて、布団の中で寝ただけのはずだ。こんなに大量のセミが鳴いているなど、意味が分からない。
「異世界転生……したのか……?」
まさか、最近流行りの異世界転生なのか? 俺の異世界転生には、一体どんな長いタイトルが付けられるんだ。
寝たと思ったらいつの間にか異世界に転生しました ~寝てるだけで勝手にレベルアップ、追放されたパーティーは壊滅的らしいですが今さら泣きついてきてももう遅い~ とかか? などと益体もないことを考える。
「それにしても暑い」
俺は体中を流れる嫌な汗に不快感を感じながら、取り敢えず目の前の駄菓子屋に逃げ込んだ。駄菓子屋の庇が影を作ってくれている。
ミーンミンミンミンミンミンミーン。
セミが鳴いている。
駄菓子屋を覗いてみれば、日本語で書かれた駄菓子が整列されている。
日本語で書いてある駄菓子屋に加え、セミの鳴き声。異世界召喚では、ないみたいだ。
俺の寝巻きはどこに行ったのか、俺は白いシャツと黒いパンツを履いていた。
一応断っておくが、ここで言うパンツとはズボンのことで、決して下半身に下着一枚という変態スタイルでいたわけではない。ズボンをパンツ、ホットケーキをパンケーキ、バイキングをビュッフェと最初に言い始めたやつを、俺は絶対に許さない。
「明晰夢ってやつか……?」
明晰夢。自分が夢の中にいるということを自覚することが出来る、自分で操ることが出来る夢。一流の学生などは、夢の中で現実で出た問題を解くという、ある種、異世界チート主人公じみた無双行為が出来る、と聞いたことがある。
これでは無双ではなく、夢想である。
「本当に、どこなんだここは……」
電柱に何匹かのセミが引っ付いている。あれもミンミンゼミか。木と電柱を勘違いして引っ付いているセミのなんと悲しいことよ。
そもそも、街中にミンミンゼミがいる、ということ自体がおかしい。アニメの中でも漫画の中でも、ミンミンゼミがあたかも夏の風物詩のようにして扱われているが、ミンミンゼミと日常生活で出会うことは滅多にない。誰も、夏の街中でミンミンなどと鳴いてはいないのだ。
街中で通常鳴いているセミはクマゼミといい、ジィジィジィジィ、とミンミンゼミよりも圧倒的に趣もなく、ただただ不快な鳴き方をする。せめて街中で出会うならミンミンゼミのような風物詩的なセミと出会いたい、と思っていたのだが、奇しくもこんなところでその矮小な願いが叶うとは。
「まぁミンミンゼミでもやっぱりうるさいけどな」
ミンミンゼミと出会えるのは大抵森の中だ。都市開発の進むこの世界では、街中でセミを見かけることも少なくなっている。そう考えると、ここは相当な田舎のようだ。駄菓子屋の向かいは山になっており、ミンミンゼミの鳴き声がよく聞こえるのもうなずける。
車一つ通らない道に、この駄菓子屋。よく見てみれば、古びたガチャガチャも置いてある。ガチャガチャの隣には大きな冷凍庫が置いてあり、アイスクリーム、とでかでかと書いてある。どう考えても建物の中に冷凍庫を入れた方が電気代が節約できると思うが、アイスの集客力を考えて、外に置いてあるんだろう。
駄菓子屋を遠くから見ただけでこのアイスクリームの冷凍庫を視認することが出来る。中においてあれば見えないもんな。中々どうして、センスがある。
俺は冷凍庫まで歩いて行った。