第40話 トランシーバーの本領
「ヤシノキ団地……」
俺はヤマモトの前のベンチで椅子に座りながら、安いジュースをあおっていた。
「……?」
ゴト、とポケットで何か音がした。
「……ん?」
ポケットをあさってみると、トランシーバーが、あった。
「これ……」
以前三百円で買った、雑音しかしない不良品のトランシーバー。何故こんなものがポケットの中にあるのか。
秘密ガチャで取得した秘密の紙は、次来た時には既に消滅している。トランシーバーも消滅しているものと思って確認すらしていなかったのだが、何故トランシーバーは消えていないのか。
「もしかして……」
このトランシーバーは、まだ使われていないからなんじゃないのか。俺はトランシーバーに耳を当てる。
ザーーーーーーーーーーー。
耳障りな雑音が、鳴り響いているだけだった。
「やっぱり不良品だな」
そう思い耳を離そうとした瞬間、人の声のようなものが聞こえてきた。
「……⁉」
俺はトランシーバーに耳を近づける。
『――――さい』
俺は意識を耳に集中させる。
『ごめんなさい』
新妻さんの、声だ。
『なんで酒を切らしてんだ、って聞いてんだよ!』
聞いたことのない男の声。恐らく、新妻さんの父親だろう。
『考えれば分かるだろうが! お前は昔から、親の言うことも聞かずに自分勝手なことばっかりしやがって! お前は俺の言うことだけ聞いてればいいんだよ!』
缶を蹴り飛ばす音がする。
アルコール中毒だろう。高校生が酒を買って来れるわけがない。トランシーバーから、殴る蹴るなどの暴行の音が聞こえる。聞いていて胸が苦しくなる。
『ごめんなさい、馬鹿な娘で、ごめんなさい』
『この親不孝者が! 死ね! 役立たずの愚図が!』
『ごめんなさい! ごめんなさい!』
『煙草も切らしてんじゃねぇかよ! 誰の金でここまで生きて来れたと思ってんだこの馬鹿娘が! 酒も煙草もまともに買ってこれないのか! なんとか言え、このクソガキ!』
『ごめんなさい! ごめんなさい!』
『ゴミクズが!』
唾を吐き捨てる音が、する。暴行音が続いた後、新妻さんの声は、聞こえなくなった。
「…………」
俺はそっとトランシーバーから耳を離した。聞きたくもないものを聞いてしまった。恐らくはこれが、新妻さんが人を殺そうとする切っ掛けになるんだろう。恐らくは父親を、手にかける。
一分一秒でも、新妻さんを解放してあげたい。新妻さんが自分の家に俺をあげたがらなかったのは、こういう理由があったからか。
新妻さんの生い立ちは、ずっと辛すぎる。学校では同級生にいじめられて、家では父親に暴行を受けて、あまりにも、辛すぎる。
俺は秘密ガチャまで歩いた。
ガチャポン。
銀色の球が、出て来た。
【レア度】
SR:★★★★☆
【秘密】
新妻優子は、父親から暴行を受けている。
【一言】
これが自殺の原因だと思うよ!
やはり、そうだった。いじめを止めれば自殺をしなくなる。
だが、逆に親からの暴行に耐えかねて、親を手にかけるんだろう。殺人事件の半数以上は親族間で起きると言われている。新妻さんはいままでずっと父親の暴行に耐え続けて、ずっと我慢してきていたんだ。
自分が我慢すれば全部丸く収まる。自分が我慢すれば解決することだ。そうやってずっと自分を縛り続けて、自分を殺して、まるでいないものかのように扱って、今までの我慢がどこかで、限界を迎えてしまうんだろう。新妻さんを人殺しにするわけには、いかない。
「はぁ……」
俺は今までの新妻さんの行動を思い出していた。
思えば、新妻さんは妙に自分の体に傷をつける女の子だと、思っていた。単にドジが転じてケガをしているのだと思っていたが、あれは父親からの暴行を隠すためのものだったんじゃないだろうか。父親から受けた暴行を、あたかも運動や日常生活で起こったケガだと見せかけようとしていたんじゃないだろうか。
机を運ぶときにがさつに運んでいたのも、もしかするとバスケで山田のボールを取り損ねたのも、あれも計算のうちなのかもしれない。親の顔色を窺って、誰にもバレないように苦心して、ずっと暴行を受け続けて、我慢して、そんな人生は、辛すぎる。
俺は再びガチャを回した。
【レア度】
R:★★☆☆☆
【秘密】
ヤシノキ団地のススキ野原を先に進んでいくと、エロ本が隠されている。
【一言】
爆乳人妻系のなんだって。
「エロ本……」
ふ、と笑う。ススキ野原がどこを指しているかは分からないが、恐らくはススキで茂っていた団地の裏側の細道のことだろう。
果たしてこんな秘密が何の役に立つのかは分からないが、俺は新妻さんの人殺しを、止める。秘密ガチャを活用してでも、俺は新妻さんを、救う。




