第37話 新妻優子の学校生活 1
新妻優子は、人を殺す。
夢の世界で初めてSSRガチャを手にしたあの時から、俺はずっと新妻さんのことを考えている。
「お兄」
新妻さんが自殺するという未来を変えても、新妻さんが人を殺してしまう。
何かを救おうとしても、他の何かが犠牲になる。新妻さんは一体何に悩まされているのか。新妻さんは一体何を考えているのか。新妻さんの根っこには何が絡まっているのか。
俺にはどうも、理解が及ばない。新妻さんを取り巻いている何かが、根本的に駄目なのかもしれない。
「お兄!」
新妻さんの性格からして、人を殺しそうには思えない。突発的なものなのか、あるいは計画的なものなのか。俺は新妻さんのことを、何も理解できていないのかもしれない。
「お兄ってば!」
「お、おう」
舞奈の声で現実に戻される。
ガタンゴトン、と揺れる電車の中で俺は、舞奈に肩を叩かれた。
「どうした、舞奈」
「お兄に話があるんだって」
「ん?」
ふと横を見てみれば、二人の見知らぬ女子高生が俺を見つめていた。
「え、何?」
「あ、あの、舞奈ちゃんのお兄さんですか?」
「まぁ、世間ではそう言われてますね」
「世間では、って、どこでもそうだよ!」
舞奈が俺の胸を軽く叩く。見知らぬ女子高生は二人して笑った。家の中なら、格闘家顔負けのハイキックが顔面に飛んできていたことだろう。
「やっぱり、舞奈ちゃんのお兄さんだから、素敵ですね」
「それ、分かる~」
女子高生たちは俺の前で楽し気に声を上擦らせる。
これはもしかして、来たのか? 俺のモテ期が来てしまったのか?
「あ、あの、お兄さん」
女子高生が胸に手を当て、俺を見つめてくる。良い良い、そこまで緊張しなくたって。全部分かってるさ。
「舞奈ちゃんと写真、撮っても良いですか?」
「……え?」
舞奈は楚々とした笑顔を振りまく。
「はあ」
「やった! お兄さん、カメラ撮ってもらってもいいですか?」
「はあ」
やったやった、と女子高生二人はきゃっきゃと舞奈の下へ寄った。
「はい、撮るよ~」
舞奈を中心にして、女子高生三人をカメラにおさめた。そういえばいつからか、写真を撮るときに、はいチーズ、だとか一足す一は? みたいなことを言わなくなったな、と益体もないことを思う。おじさん世代はまだ写真を撮るときに言っているようだが。
「ありがとうございます!」
女子高生たちはお礼をして、俺から立ち去った。俺への用件は?
「何これ」
「お兄、外でくらいしっかりしてよ。妄想も大概にしてよね」
舞奈が俺の耳元で罵倒してくる。
「あの子、俺のことが好きだから話しかけて来たとか……」
「そんなわけないじゃん。お兄は私の付属品みたいな物でしょ。おまけだよ、おまけ」
「兄をおまけと言うとはなんたる無礼な」
舞奈は腕を組み、頬を膨らませる。
「俺のモテ期、いつ来るんだよ……」
「お兄がモテることなんてきっとこの先もないよ」
俺のために来たのではないか、という幻想が打ち砕かれた。
舞奈はどうやら、女にもモテるらしい。さすが外面マスクメロン。
女にもモテモテの舞奈と別れて、俺は教室に入った。
「おっす、悟。元気だったか?」
「ああ、元気だったよ。オリンピックでメダル争いして以来だな、司」
「あの時は色々大変だったな」
司と軽口を交わし、俺は自席へつく。
「お、おはよう! 十上くん」
「おはよう、新妻さん」
席についてカバンを下ろすと、早速新妻さんが声をかけてきてくれた。どうやら先日の一件を気にかけているらしい。
「あの、十上くん、その」
「うん?」
新妻さんは言葉を詰まらせながら、言う。
「あの時は、本当に、ありがとう……」
「いいよいいよ」
新妻さんが気に病まないよう、俺は出来るだけ明るく振る舞う。
「同じ釜の飯食った仲間なんだからさ。もっと俺に頼ってよ」
「同じ釜の飯食った……」
新妻さんは小首をかしげる。
「新妻さん、君は僕の家の釜で握り飯食ってるんだよ」
「……はっ!」
昼こそ別々で食べているものの、同じ釜の飯を食ったのは事実だ。
「いやぁ~、あのおにぎりお昼に食べようと思ってたんだけどな~。新妻さんが俺の釜の飯食っちゃったからな~。なんだかな~」
「ご、ごめんなさい」
新妻さんは本で顔を隠しながら、謝る。からかうのもこれくらいにしておこう。これ以上やったら、からかい上手の十上さんになってしまう。
「うそうそ。あれ、新妻さんに上げる予定のおにぎりだったから。食べてくれて嬉しかったよ」
「え、あ、ありがとう」
新妻さんはぺこり、とお辞儀をした。よし、これでいじめの件から話題を逸らすことが出来た。
「そこで一つご相談なんだが、老子」
「はい!」
新妻さんは声を高く、返答する。
「今日のお昼、一緒に食べない?」
「……」
こくり、と新妻さんは頷いた。俺は牧瀬を見る。もう新妻さんのことはいじめさせない、とばかりに、牽制するように。
「じゃあお昼、一緒に食べようか」
「う、うん」
お昼時が待ちきれないな。
俺はパンパンと、軽く手を叩いた。




