第33話 【2等 HR】朝井洋一の秘密 3
「朝井君、話し終わったからもう良いよ」
「う、うん……」
遠くの方で待機してもらっていた朝井君を呼んだ。朝井君は俺たちの前まで、やって来た。
「良いニュースは、新妻さんが今どういう状況にあるのかを知っている人物がいる」
「もしかして……」
「そう、朝井君だ」
俺は朝井君の肩を叩いた。
「じゃあ悪いニュースって言うのは……」
司は恐る恐る聞く。
「それは俺が一回言ってみたかっただけだ」
「十上!」
委員長に叱咤される。
「良いニュースと悪いニュースがある、ってことを一回言ってみたかったというジョークが悪いニュースと言えるのかもしれない」
「新妻さんが困ってるのに、全くお前ってやつは……」
司は苦笑した。
「じゃあ朝井君、頼む」
「う、うん」
朝井君が新妻さんの秘密を知っているという情報は分かっていた。俺はどうにかこうにか朝のうちに朝井君を口説き落として、新妻さんの秘密を喋ってもらう約束を取り付けることに成功した。もし朝井君が夜井君という名前だったら駄目だったかもしれない。
どうして自分が新妻さんの秘密を知っていると思ったのか、と聞かれたが、俺は不敵な笑みを浮かべ悪役感を出すことでどうにか乗り切ったのだ。
君のことはよく調べさせてもらったよ、と悪役っぽいセリフが功を奏した。
ある種、一宿一飯の恩、ないし、一おにぎり二ミートボールの恩が、朝井君の心を溶かしたのかもしれない。
朝井君はぽつぽつと話し始めた。
「実は僕、食べるのが大好きで」
なんだその面白そうな話の切り口は。
「食べ物に目がないんだ」
「ほう」
俺は続けて、と言わんばかりに相槌を打つ。
「前、僕がお弁当を忘れたことがあったと思うんだけど」
「あぁ、朝井くんお弁当忘れてたよね」
司が最強の弁当を作る、と言ったあの日のことだ。
「うん、あの時は九堂君のおかげでご飯が食べれてすごい嬉しかった」
「いやいや。皆の協力あってこそだよ」
「そんなことしてたんだ……」
委員長が頬を染め、司を見る。おい、いちゃいちゃするな。
やっぱり私の惚れた男は素敵、じゃないんだよ。朝井君はお前らが付き合ってること知らないんだぞ。
「で、僕いつもお昼はお弁当なんだ。家もそんなに遠くないし、自転車で通ってるからお金を持って来る習慣がなかったんだ」
「なるほど」
自転車通学で家も遠くないからお金を持ってきていない。パンクをしても家が近いから家から財布を取ってこれば良い。お金を持って来る理由は、ない。
「で、あの時、実は僕お弁当忘れてなくて」
「……?」
訳の分からないことを言う。思えば、当たり前なのかもしれない。毎日弁当を持って行っているのなら、それは習慣だ。それこそ、毎日日記をつけるような、毎日お風呂に入るような。そんな習慣を、忘れるわけがないのだ。箸を忘れることがあっても、弁当自体を忘れることは、そうそう起こらない。
司は顎をさすりながら考え事をしている。
「じゃあなんでお昼なのに弁当食べてなかったんだ?」
「事件が、起こったんだ。話は、その日の朝までさかのぼるよ」
朝井君は黒板にチョークで時系列を書き始めた。
「僕、ご飯食べるのが大好きだから、お昼ご飯を学校のどこで食べるか選んでるんだ。だから、毎朝教室を抜け出して、どこでご飯を食べたら一番美味しいか歩きながら考えてるんだけど」
「なんだその面白そうな趣味は」
何を一人で、グルメドラマみたいなことをしているんだ。
朝井君は毎朝、教室からいなくなる。それは昼食を食べる場所を探してのことだったのか。
「あの日はカラッとした、良い天気の日だったかな。学校が太陽の熱を受けて喜んでるかのような、気持ちが良くなるような朝だったよ」
「……」
ごくり、と生唾を飲み込む。何故か学校が美味しそうに感じるのは気のせいだろうか。
「僕は朝からご飯を食べる場所を探して学校を歩いてたんだ」
俺も一人で昼食を取るからその気持ちは分からないでもない。
「お弁当を持ちながら学校中を歩き回ってたら、トイレにたどり着いたんだ。さすがにトイレでご飯を食べてもおいしくないかな、と思ってたら、女子トイレから笑い声が聞こえてきたんだ」
「……」
「新妻が気に食わない、とか、あんなことされても笑ってるとかどうかしてる、とか、新妻は何されても仕方ないよね、とか」
「いじめ……?」
新妻さんは、いじめられていた?
みだらな行為に手を染めていたわけではなく、いじめられていたのか?
朝井君は辺りをきょろきょろと見回す。大丈夫だ、ここには俺たちと君しかいない。
「なんだか分からなかったけど、怖くなった僕はすぐさま戻ろうとして走ったんだ。でも焦ったせいで、運悪く転んじゃって、お弁当を廊下にぶちまけちゃったんだ」
弁当をこぼしたから、食べる物がなくなった。だから朝井君はあの時ご飯を食べられなかった。
「僕が転んだ音を聞きつけたのか、新妻さんの話をしてた人たちが女子トイレから出てきて」
「見つかった、と」
「うん。見つかったんだ。その女の子たちが僕の……僕の弁当を蹴り飛ばして、それで笑ってて……!」
朝井君はわなわなと震える。
「もしかして、その女の子って……」
「牧瀬さんだったよ」
「マジか……」
クラスの一軍女子、牧瀬有菜。あいつが新妻さんをいじめていた主犯だったのか。
「今の話聞いてたか、ってすごまれて、聞いてないって言ったのに誰も信じてくれなくて」
まぁ結果的には信じなかったのが正しかったんだけどな。
「それで、牧瀬さんが新妻さんのいじめのことを誰かに言ったらどうなるか分かるよな、って脅されて……だから今まで僕、誰にも何も言えなくて……」
朝井君はしりすぼみになっていく。
「でも!」
朝井君が声を張り上げた。
「でも! でも! 僕はどうしても許せないんだ! 牧瀬さんのことが! 絶対に許せない! 確かに、僕はいじめの現場を見て逃げ出そうとした弱気で駄目な男なのかもしれない! でも、僕は心を入れ替えたんだ! 絶対に許さない!」
朝井君が鼻を鳴らし、胸を張る。
「牧瀬さんは僕を脅してる時も、僕のご飯を踏んでた……踏んでたんだ! こんなことは絶対に許せない! だから僕は十上君たちに協力するよ!」
「そっちかよ!」
確かにそっちも大事だけれども。朝井君は俺の手を握って来る。
「それに、十上君にはお弁当を分けてもらった恩もあるしね! 新妻さんを助けるのに、僕も協力するよ!」
「あ、ああ、ありがとう」
まさかあの時のおにぎりとミートボールがこんなに頼もしい仲間を呼んでくれるとは。これがゲームなら三回くらいは顎が外れてるな。
「それに、聞いた話はそれだけじゃないんだ」
朝井君は話を続ける。
「聞いた話によると、牧瀬さんはトイレで新妻さんをいじめてるらしくて」
「トイレで……」
新妻さんはいつもトイレでご飯を食べる。昼休みに女子トイレでいじめられていたのか。
「それも、牧瀬さんが最近、奈良君って人にフラれたから、その腹いせに新妻さんに嫌がらせをしてるって言ってた」
「奈良……奈良千次!」
「多分、その人だと思う」
時たま新妻さんの近くにやって来ては話しかけている、あの男。
「そういえばあいつ、新妻さんにちょっかいかけてるぞ」
「多分なんだけど、牧瀬さんが奈良君にフラれて、その奈良君が次は新妻さんを狙ってるからなのかも……」
「あの野郎……!」
許せねぇ。俺の直観は正しかった。やはり、あいつは邪知暴虐の巨悪だ。許してはおけん。
「じゃあ、もしかして今日の昼も……」
「多分……」
新妻さんは今もいじめられているのかもしれない。
「皆」
「おう」
「うん」
「はい」
俺は三人に話しかける。
「明日の昼、新妻さんがいじめられている現場に直行する。皆も、ついてきてくれるか?」
俺は三人の顔をゆっくりと見回す。皆、鷹揚にうなずいてくれる。
「新妻さんは俺たちの手で、守る」
明日の昼が、勝負だ。




