第32話 【2等 HR】朝井洋一の秘密 2
「……」
教室の前までたどり着いた。いつもより三十分早い登校。
「俺は新妻さんを助ける、俺は新妻さんを助ける」
自分に言い聞かせるように、呟く。
もし仮に、それが新妻さんの望んでいないことなのだとすれば、俺は見捨てられない。知っておきながら見て見ぬふりをして、なかったことにすることなんて、俺にはできない。
「おはよ~!」
誰がいるのかは分からないが、俺は意気揚々と扉を開けた。
「ぐす、ぐす……うっ……」
「……え?」
新妻さんただ一人が、自席で立ちすくみ、泣いていた。
「あっ……!」
俺に気が付いた新妻さんは俺を見ると、すぐさま走り出した。
「新妻さん!」
俺の声を聞くよりも先に、新妻さんは扉を出て、この場を去った。
「新妻さん……」
新妻さんが自殺するというビジョンが、明確になった。新妻さんは何かの事件に、巻き込まれている。
それから五分もすると、委員長がやって来た。
「おはよ~」
「ああ、おはよう」
新妻さんはまだ帰って来ていない。もしかすると、新妻さんは毎朝泣いていたんじゃないだろうか。俺が気付かなかっただけで、自分の身に降りかかる何かに、泣いていたんじゃないだろうか。
俺はなんて馬鹿だったんだ。新妻さんが苦しんで悲しんでいるのにも関わらず、自分勝手な行動ばかりをして、新妻さんの気持ちを推し量ろうともしなかった。俺は駄目なやつだ。
自己を罰する言葉ばかりが、浮かんでは消えていく。
「ど~したの、十上。そんなに暗い顔して」
ぽん、と頭の上に本が乗せられる。委員長が、俺の肩に手を乗せた。
「何かあった? らしくないよ、十上」
「委員長……」
委員長は俺の背中をさする。
「委員長って、司と付き合ってるよな」
「うぇ、なんで」
喉の奥から、変な声を出す。
「協力してほしいことがある」
はぁ、と委員長はため息を吐いた。
「何か知らないけど、分かったから。だからその怖い顔止めなよ」
委員長は俺の頭を撫でた。委員長、俺はお前のことを誤解していたよ。ルールにばかり厳しい嫌な奴だとばかり、思っていた。
「じゃあ、昼休憩の休み時間で、聞いてほしいことがある」
「うん」
俺は委員長と堅い握手を交わした。
さて、委員長と司に話をする前に、俺はやらなけらばいけないことがある。俺は新妻さんを守るため、朝のうちに前準備に乗り出した。
× × ×
放課後になった。昼食を早めに食べた俺は、遠く離れた別棟の空き教室に委員長と司を呼び、早速話し始めた。
「二人とも、協力してほしいことがある」
委員長はそんな俺の話に水を差すように、司に話しかけた。
「十上、私らが付き合ってるの知ってたんだけど……」
「え、言ったのかよ、悟!」
「司も知ってたの⁉」
委員長は司といちゃいちゃする。
「こら、そこ、いちゃいちゃするな! 減点八ポイント」
「何の減点……?」
委員長と司が顔を見合わせる。
「別に俺も元々知ってたんだから、この中なら言っても問題なかっただろ」
「まぁ、確かにそうか」
「で、協力して欲しいことはというと」
俺は新妻さんがみだらな行為に手を染めているかもしれないこと、何かの事件に巻き込まれているかもしれないこと、朝泣いていたこと、そして自殺するかもしれない、ということを、暗にほのめかして、伝えた。
「新妻さんがそんな……」
「嘘……」
二人とも、暗い顔をしている。秘密ガチャに間違いはない。このまま手をこまぬいていれば、新妻さんは必ず自殺する。
「だから、新妻さんを救う手伝いを、して欲しい」
「任せとけよ!」
「優子ちゃんに辛い思いなんて絶対にさせない」
司と委員長はガッツポーズをする。
「委員長、何か新妻さんのことで知ってることは?」
「ううん、何も。優子ちゃん自分から何か言ったりしないから……」
確かにそうだ。寡黙な新妻さんは、あまり自身のことを伝えない。新妻さん自身のプライベートも、ベールに包まれたままだ。
「確かに、新妻さんが今どういう状況にあるのか、俺たちは何も知らない。何をすることが出来るのかも、分からない」
俺は演説さながら、教壇に立って、声を上げた。
「だが、我々が新妻さんに対して何も打つ手がない、ということではない」
「というと?」
俺は右手と左手の人差し指を上げた。
「ここで一つ、良いニュースと悪いニュースがある」
「良いニュースと悪いニュース?」
委員長が小首をかしげる。
「どっちから聞きたい?」
「じゃあ良いニュースで」
「こういうの悪いニュースから聞くことないよな」
司の小言を聞き流し、俺は外に出た。




