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第31話 【2等 HR】朝井洋一の秘密 1



 ジリリリリリリリリ。


 スマホのアラームを止める。


「早かったな……」


 帰るのが早かったからか、起きるのもいつもより三十分も早い。この時間のアラームはセットしているだけで、実際に起きれたことがなかったのだが。


「舞奈起こすか……」


 今日はいつもより少し早くに家を出よう。今まで新妻さんより先に学校に着いたことはなかったが、今日は少し早くに行って新妻さんの行動パターンを観察しよう。きっと何か分かるはずだ。


 いつもと違う電車に乗るため、天子にスマホで連絡を打つ。


『今日はいつもより三十分早い電車で行く』


 天子に連絡をやると、すぐさま既読になった。


『了解なのだ! 私もそれで行くね!』


 デジタル世界の天子は、何故か妙に文面が可愛い。現実世界で憎たらしいことを言ってばかりなのに、どういうことなんだろう。女子という生き物は、そういうものなのかもしれない。


「現実もこれくらい可愛かったらなぁ……」


 俺はぶつくさと呟きながら、舞奈の部屋に向かった。


「舞奈ぁ、起きろぉ~」

「ん~、あと十分~」


 舞奈は布団の中でもぞもぞとしている。

 こう見えて舞奈は、数年前まで俺と一緒に寝ていた。舞奈は寝るときに何かを抱きしめていないと寝れないため、俺はいつも舞奈の抱き枕にされていた。夏に抱きつかれた時の暑さとうざさは尋常じゃあなかった。


 舞奈は今でも何かを抱いていないと寝れないため、布団の中では抱き枕を抱えていることだろう。


「起きろ~」


 布団を剥ぎ取る。やはり舞奈は、抱き枕を抱えていた。


「お兄ちゃぁ~ん」


 寝ぼけた舞奈が俺に抱きついてくる。


「クソ! 離せ、悪の軍団め!」


 俺は舞奈に抱きつかれた。舞奈の布団にダイブする。汗臭い。


「お兄ちゃぁ~ん」

「はぁ……」


 舞奈は俺に抱きつきながら寝言を言っている。

 そう言えば、舞奈がこんな風に俺を呼ぶのは何年ぶりだろうか。懐かしいな。子供のころはお兄ちゃんお兄ちゃん、といつも俺の後ろを追ってきて可愛かったものだ。どうしてこんなにクソ生意気になってしまったのか。


「……ふぇ?」


 起きた。瞼が半分しか開いていない舞奈と目が合う。


「……」

「……」


 舞奈はパチパチと瞬きをする。


「はぁ⁉ 何⁉」


 舞奈は口元のよだれを拭き、俺を蹴り飛ばす。俺は呆気なくベッドから落ちた。


「何⁉ なんでいるのお兄! え、夜這い⁉」

「誰がそんなことするか気持ち悪い。お前が抱きついてきたんだろうがよ。お前今でも何かに抱きつかないと寝れねぇのかよ」


 俺は服の埃をはたき落としながら、ため息を吐く。


「あと、よだれ拭けよ」

「な!」


 舞奈は口元をパジャマで拭う。


「服で拭くなって。誰が洗濯すると思ってんだよ」

「し、死ね! お兄死ね死ね! 早く出てけ! 乙女の部屋厳禁!」

「確かに乙女は現金だな。早く下りて来いよ~。今日はいつもより三十分早い電車に乗るからな~」


 舞奈があんなに狼狽している姿も、久しぶりに見たな。早起きは三文の得とは言うが、まぁこういう日もたまにはあってもいいかもな、と思える朝だった。

 ちなみにどうでもいい知識だが、三文は二束三文ともいうくらいで、今でいう百円くらいの価値しかない。百円くらいなら別にもらえなくていいからもっと寝ていたい。


「……」

「あれ、どうしたの舞ちゃん」


 電車に乗り、天子と合流した。舞奈は電車に乗った今も不機嫌に、窓の外を見ている。


「なんか朝からこいつが俺に抱き――」

「お兄!」


 舞奈がきっ、と俺を睨んでくる。


「朝からなんか不機嫌でさ」

「舞ちゃんもそんな日あるんだ~」


 え~、親近感沸く~、と天子は頬を染める。お前は舞奈を芸能人か何かだと思ってるのか。


「そういえば天子、俺ちょっと聞きたいことあんだけど」

「ん~?」


 天子は俺を見上げる。朝早くの電車に乗ったため、空席に舞奈と天子が座り、俺は立っている。立ち位置の関係上、天子は俺を見上げる構図になる。


「ちょっと、今どこ見てる?」

「……」


 天子が俺の視線を気にする。


「ちょっと⁉」


 天子は自分の胸を隠した。


「最低! 胸見てたでしょ⁉」

「黙秘する。弁護士を呼んでくれ」

「呼べるか!」


 天子は俺の足を蹴る。


「いや、ちょっと聞きたいことあんだけど、新妻さんって知ってる?」

「え? 新妻さん? いやぁ、まぁ……」


 どうも歯切れが悪い。天子はとつとつと喋る。


「新妻さんって、何かひどい目に遭ってたりする?」

「あ~、うん。あんまり良い噂聞かないよ、新妻さんって……」


 新妻さんに黒い噂……? 


「続けて」

「私も詳しくは知らないんだけど、新妻さんって遊び目的でみだらなことしてるとか、見かけるたびに違うおじさんと食事してるとか……」

「新妻さんが?」


 あり得ない。そういうことをする子には見えない。


「新妻さんのこと見たことはないんだけど、男をとっかえひっかえしてるとか、犯罪まがいの行為に手を染めて過激なコトしてるとか……。女の子の間で、なんかあまり良い噂聞かないよ……」

「嘘だろ」


 俺はつい、声を上げてしまう。

 こうなって来ると、朝井君が知っている新妻さんの秘密は新妻さんとの恋人関係などではなく、新妻さんが今置かれている状況を知っている、ということになる。


「そう思うようなこととか、あった? 心当たりとか……」

「…………」


 ある。

 あった。心当たりが、あった。新妻さんは体中にあざが出来ている。スマホも外で通じない上に、奈良にまとわりつかれている。それがもし、みだらな行為と関係があるのだとしたら。

 悪い男に手籠めにされて、そんな状況になっているんだとしたら。

だが。だが、信用したくない。


「天子……」

「何?」


 天子の力が、必要だ。

 皆の力が、必要なんだ。


「良かったら俺に、力を貸してほしい」

「悟……?」

「俺は新妻さんを、助けたい」


 絶対に見殺しになんて、してやらねぇ。



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