第3話 秘密ガチャ、始めました。 3
「じゃあ舞ちゃん、ばいば~い」
「またね」
舞奈は天子に手を振り、別の階へと向かった。学年ごとに階が別れていて、二年の俺たちは舞奈の一つ上の階だ。
「じゃあ悟、またね~」
「おう」
二組の天子は、俺より先に教室に入る。四組の俺は、しばらく一人で廊下を歩かないといけない。この長いとは言えない微妙な時間が、案外嫌いではない。廊下でたむろする生徒の人間模様が観察出来て、中々面白いのだ。
アイドルの話をして黄色い声を出している女子高生、ゲームの攻略情報を教えあう男子高生。そして女子に見とれている男子高生。うん、今日もいつも通りの朝だ。
「おはよう~」
俺は四組の扉を開けて、中に入った。
「おい、悟! 危ない!」
入るや否や、俺に向かって消しゴムが投げられた。思わず、両手でキャッチする。
「な、何⁉」
「時限爆弾だ! 早く誰かに渡せ! 誰かに渡せばカウントダウンがリセットされる!」
「それなら、俺が全ての愛をこめて……」
俺は消しゴムを包み込んだ。
「悟、時限爆弾と共に爆発エンド、完結……」
「ギャルゲーをするんじゃない」
俺に消しゴムを投げてきた張本人、九堂司に、消しゴムを投げて返した。
「他に何のエンドがあるんだよ」
「消しゴムと結ばれるエンド」
「どの層向けのエンドなんだよ」
俺はため息をつく。九堂司、俺の友達、というか、教室の友達のような男。常に明るく、誰に対しても平等。俺もたまにこうして絡まれる。
「じゃあ俺、次はあいつらと消しバトしてくるわ」
「それ時限爆弾じゃなかったのかよ」
ゲームをして遊んでいる男子高生の下に、消しバトしようぜ! と入り込んでいった。きっと、ただの馬鹿なんだろう。
俺は自分の席に向かった。
「…………」
隣の席の新妻さんは、今日も一人、机に目を落としている。
「新妻さん、おはよう」
「…………ょぅ」
ほとんど声が聞き取れない。
新妻さんは、俺の隣の席の女の子だ。眼鏡をかけている彼女は声も小さく、自己主張をすることがほとんどない、控えめな女の子だ。髪は長く、服は皺が寄っていてどこか乱れている。カバンや靴も汚れがちで、きっと外面はあまり気にかけないタイプなのだろう。
綺麗で長いまつ毛と切れ長の瞳からは、凛とした印象を受ける。仕草も美しく、男衆からの人気は陰ながら高い。新妻優子、不思議な女子生徒だ。
「今日も心地良い朝だね」
「……うん」
新妻さんは外を見た。窓側の席だから、外が見やすいんだろう。
くきゅるる、と音がした。新妻さんが顔を真っ赤にして、お腹を押さえる。
「あはは、朝ご飯食べてないの?」
「う、うん……」
新妻さんは髪をくるくると弄びながら言う。どうやら恥ずかしいみたいだ。
「これ、良かったら食べてよ。妹のために作ったんだけど、食べてくれなくてさ」
俺はカバンからおにぎりを差し出した。妹が食べてくれなかった、というのは、もちろん方便だ。
「ありがとう」
新妻さんは俺からおにぎりを受け取り、そのまま躊躇なく口にした。
隣の席にいるだけの男子からもらった食べ物を、躊躇なく食べられるのは、正直一種の才能だと思う。誰が作ったか分からないおにぎりを食べられる人が少なくなっている現代において、ある種長所とも言えるし、逆に短所だとも言える。
俺は新妻さんがおにぎりを頬張っている所を、眺める。ふと、思いついた俺はシールにサインペンで文字を書き、胸に張った。
「そのおにぎり、私が作りました」
生産者の声、と書いたシールを貼った俺は、胸を張る。新妻さんは俺のシールを見ると、
「ふふっ」
控えめに、笑った。よし、となんとなく手ごたえを感じる。一日一回新妻さんを笑わせることが最近の俺の日課になりつつある。
キーンコーンカーンコーン。
予鈴が鳴った。
「はい、皆席について~。ホームルーム始めるよ~」
予鈴とともに、先生が教室に入ってくる。俺たちの担任、黒沼恵梨香先生。すらりとして美しいプロポーションに、大人の色気を漂わせる先生は、生徒からの人気も高い。
手足が長く、モデルのような出で立ちをしていながらも、性格は子供っぽく、そのギャップにやられる男たちも多い。バスガイドのお姉さんと女教師は人気が高いっていうのは相場だな。
ホームルームが始まり、新妻さんは慌てておにぎりを食べ、口いっぱいに頬張った。
「じゃあ出席取るよ~……?」
口いっぱいにおにぎりを詰め、頬をぱんぱんにした新妻さんが背筋を伸ばして、前を向く。新妻さん、どうしておにぎりを後に残さず、口いっぱいに頬張ったんだ。
「新妻さん、なに~。口ぱんぱんだよ~」
先生が新妻さんに水を向ける。
生徒の注目が一斉に新妻さんに向く。新妻さんは顔を真っ赤にして、そっぽを向いた。
「先生、出席を早く取ってくれ! 俺もう待ちきれないぜ!」
新妻さんは口下手だ。上手く答えられないだろうことを察した司が、声を上げた。
「九堂くん、うるさいから今週の課題大幅アップね~」
「そりゃないぜ、先生」
教室が笑いに包まれる。どうにかこうにか、乗り切ったようだ。新妻さんも、おにぎりを咀嚼し、嚥下した。
ごめんね、と俺は口パクで新妻さんに言う。
ありがとう、と新妻さんは口パクで返してきた。新妻さんが喜んでいると、中々嬉しい。
新妻さん、どうも、不思議な女の子だ。