第29話 第2のガチャ 4
もうすぐ昼休みも終わるというころ、ようやく新妻さんが帰ってきた。とことこと小走りでやって来る。
「おかえり、新妻さん」
「ご、ごめんね、遅くなって」
「全然」
一体何に謝っているのかよく分からないが、俺はにこりと微笑んでおいた。
新妻さんをじっくりと見てみれば、足元が少し濡れている。
トイレでご飯を食べていたら、足元も濡れるのだろう。女子トイレに入ったことはないが、そういう環境なんだろう。
見れば、靴下の色も変わっていた。靴下の色まで覚えてるなんて変態ね! だって? ありがとう。
「皆~、次は体育の時間だから着替えてね~」
黒沼先生は扉を開け、入りながら言ってきた。黒沼先生は体育の先生で、すらりとした長い手足が運動服に包まれているのを見て、興奮する男たちも少なくない。
俺たちはいそいそと隣の教室へ移り、服を着替えた。
服を着替え、俺たちはテニスコートへと向かう。むさくるしい熱血男教師の指示に従い、俺たちは準備運動を始めた。
「女子はサッカーかぁ」
俺たちの高校は、男女別で体育をする。活動の時間は男女混合だが体育は普通に男女別だ。この時期、男はテニス。女子はサッカーだ。
「俺も来世はサッカーボールにしてくれねぇかなぁ」
司がテニスコートの柵に張り付きながら、女子生徒を見る。俺も女子生徒の準備体操を見ていた。少し高い所にあるこのテニスコートから女子生徒の準備体操を見下ろすのが、また乙なのだ。
「汚ねぇ金持ちになった気分だな」
「ざわざわざわ……」
女子生徒がペアになって準備体操をする時間になった。続々と女子生徒がペアを作っていく中、案の定、新妻さんは残っていた。
「やっぱ新妻さん残るなぁ」
「新妻さんは孤高だからなぁ」
黒沼先生が新妻さんとペアを組み、準備体操をし始めた。
「黒沼先生スタイル良いなぁ~」
すらりと長い肢体が先生の綺麗な顔をより一層引き立たせる。
「なんか黒沼先生ってモデルとかやってたのかな?」
当たらずとも遠からず。俺は司の言葉に、さぁな、と答えておいた。
「お~い、お前ら、次試合だから早く用意しろよ~!」
俺と司に声がかけられる。
「おし、いっちょ世界、目指しますか!」
「そんなバイタリティはない」
テニスの試合に、向かった。
「ふい~、疲れたなぁ」
「そうだなぁ」
テニスを終えた俺たちは隣の空き教室へ戻った。テニスコートは学校から少し離れた場所にあり、校庭でサッカーをしていた女子たちは俺たちより幾分か早く教室に戻っている。
早く着替えないと次の授業が始まってしまう。体育の後の休み時間はもう少し長くして欲しい。
「急げ急げ急げ~!」
「ふえぇ~、遅刻遅刻~」
俺たちはすぐさま服を着替え、教室に戻った。
「ふ~、間に合った……」
休み時間はまだあと二分ある。何とか間に合った。
「おかえり」
「ありがとう」
新妻さんが声をかけてくる。最近俺は新妻さんと仲を深めつつある気がする。
新妻さんは、がさごそと筆箱の中をあさっている。
「…………」
動きが止まった。
「あ、あの、十上くん」
「ん~?」
「シャープペンの替え芯って、持ってたり……する?」
「あぁ、シャー芯? あるある」
新妻さんがこそこそと話しかけてくる。なるほど、シャーペンの替え芯を持ってくるのを忘れたから止まっていたのか。全く、おっちょこちょいなやつだ。
「何色が良い? 青色とか漫画の印刷で出にくいって聞くけど」
「黒色以外あるの?」
「いや、黒しかない」
「なんで聞いたの」
ふふふ、と新妻さんは笑う。
「ビーフオアチキン?」
特に意味のない質問をする。
「チ、チキン……!」
「おっけーおっけー。チキンな新妻さんには替え芯を分けてあげるよ」
「そ、そんなつもりじゃないよ!」
新妻さんは最近よく笑うようになった。俺はシャープペンシルの替え芯を容器ごと手渡した。
「三本貰うね?」
「いや、全部持ってて良いよ。また気が向いたら返してくれ」
「え、じゃあ、あり――」
新妻さんは目を泳がせた。
「ううん、三本もらうね。ありがとう」
「そうかいそうかい」
俺は三本替え芯を渡し、容器を返してもらった。
「そろそろ授業、始まるね」
「うん、頑張る」
何を頑張るのかよく分からなかったが、取り敢えず微笑んでおいた。体育の後の授業は眠気が凄かったが、どうにかこうにか耐えしのいだ。




