第28話 第2のガチャ 3
帰ってみると、もうほとんどの生徒が昼食を終え、教室にはいなかった。昼食が終わったそばから皆遊びに出かけている。俺の高校の昼食時間は一時間と、少々長い。
教室にいるのは、司と愉快な仲間たちだ。スマホの画面を見ながらわいわいと騒いでいる。司は本当に、誰とでも仲が良い。
「お、遅かったな、悟ちゃぁん」
司がにたにたと嫌な笑いを浮かべてくる。
「ふ……お前らがうらやましいよ。お前らは世界が滅びそうになったのなんて、何も気付いてないんだからさ……」
俺もまた不敵な笑みを浮かべ、裏で世界を救った勇者然と歩む。
「十上君もゲームする?」
ゲーム班の男子生徒が声をかけてくる。班目隠、俺よりも勇者っぽい名前の男だ。
「なになに……これは」
「これはイヌ娘! 今激熱なゲームだよ! 史実に基づいたイヌの歴史を学べるうえに、性格までそっくり! 自分の手に負えないイヌのこのなんたる可愛さや!」
班目は俺に熱弁する。生憎だが、俺はゲームをしない。興味がないのだ。
「へ~」
「全く……イヌ娘の魅力が分からんとは……。犬の耳に念仏だな」
「馬だろ」
「豚に真珠だな」
「誰が豚だ」
「河童の川流れだな」
「猿も木から落ちるだな」
「飛んで火にいる夏の虫だな」
「門前の小僧習わぬ経を読むだな」
「知ってることわざを適当に悪口にするな」
悪口じゃないのもいっぱい入ってただろ。
俺は班目の画面をのぞき込む。画面の中では、制服を着た女の子がこちらを向いて胸を張っていた。
「これが今僕が育ててるイヌ娘、シーザーサラダキネンビだ!」
「シーザーサラダ記念日……」
シーザーサラダキネンビはちょこまかと動きながら、ちらちらとこちらを見てくる。そしてどうでもいいことだが、とんでもなく胸が大きい。
「なんか人間って皆犬に変な名前つけるよな」
「飼い主の思いが詰まってるんだよ、思いが」
「俺のも見てくれよ」
司もイヌ娘の画面を俺に見せてくる。
「どうせ司のは真面目な堅いタイプのイヌ娘なんだろ」
「お、十上君よく分かったね」
やはり司の画面には、委員長のようなイヌ娘がいた。
なんだ、なんなんだこれは。何故俺だけ司のお惚気を食らっているんだ。こんな形で司と秘密を共有しなければいけないとは思わなかった。秘密ガチャめ、許さん。
「で、これからガチャ引こうと思うんだけどさぁ」
司は画面をタップし、ガチャの画面まで行った。ガチャと聞くと、全く他人事じゃあないな。俺は少し緊張する。
「そこで悟、お前にガチャを引いてもらいたい」
司は真剣な目で俺を見て来た。
「こういうのは無欲なやつがやるのが一番なんでゲスよ!」
班目が三下のようなことを言って来る。
「何が出ても知らねぇからな」
俺は本当に無欲で、司のスマホを受け取った。
「SSR来い! SSR来い!」
「「「来い! 来い! 来い!」」」
見れば、ゲーム隊の男衆が全員祈っている。夏によくテレビでやってる映画の終盤みたいだ。
「よろしくお願いしまあああああぁぁぁぁす!」
俺はガチャを回した。ガチャが金色に光り始める。
「「「こ、これは⁉」」」
イヌ娘たちが出現する。
「「「SSR、キターーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」」」
男たちが叫ぶ。
「マジかよ」
「サンキュー、悟! やっぱこういうのは無欲な奴が引くのが一番なんだよな!」
「他人の金で引いたガチャは美味いな」
司はスマホを掲げて喜んでいる。
「で、SSRってどの子?」
「あぁ、この子だよ。アルカマナー。静かでおっとりしてて他人との交流を好まないけど、その実、走るのに真剣で努力家。他者との交流を好まないのは、自分が他人を傷つけてしまうと恐れてるから。そんな子なんだよ」
「へ~」
新妻さんみたいだな、と思った。
「なんにしてもサンキューな、悟! これで白米十杯はいけるわ!」
「左様でござんすか」
俺はまだ白米を食べてないんだよ。俺は手を振ると、自分の席に向かい、昼食を食べ始めた。
「いや~、本当嬉しいわ~」
男たちが笑っている。全く、男子高校生というのは、どうしてこうもゲームが好きなんだろうか。俺は白米を食べながら、そう思った。




