第25話 特賞、出ました。
そしてその日の夜、家に帰った俺は毎日習慣の日記を書き、少し早めに寝床に潜った。
水瀬さんあらため、ミオナのチャンネルを見に行く。ちょうど、生配信をしている所だった。学校を終えた後に生配信をするとは、際限のない体力に恐れ入る。
「それで今日は君たちに聞いて欲しいことがあるんだけど~」
ミオナは配信者として雑談をしながら動町をしていた。
「今日学校の子から話しかけられて~、それも男!」
メスの顔をしている、や、マッドサイエンティストが学校に行ってるのか……(困惑)などとコメント欄が揶揄であふれる。
「しかもそいつすっげぇ馬鹿なの! パソコン部だからブイチューバー知ってんじゃない、とか言って来るわけ! 私頭おかしいんじゃないか、って言いそうになって! しかも私パソコン部じゃないし!」
なんてことを言うんだ水瀬さん、あんたは。そんなことを思いながら話していたのか。
改造してやれ、だとか、生贄にしよう、だとか不穏なコメントが飛び交っている。
「でも話は結構面白くて、悪い奴じゃあなかったかな。うん、全然悪い奴じゃなかったと思う。気さくに話しかけてきた感じするし、次お勧めのブイチューバー教えてとか言われたから、本当困ってるっていうか、私に話しかけるのはすごい勇気あるなっていうかぁ……何か君たちどうしたら良いか分かる?」
ミオナは暫く俺の話をしていた。
「マッドサイエンティストたるもの同じ生徒を供物にささげよ、って、なんか君たち、いよいよ私の狂気を超えようとしてない?」
ミオナはその後もリスナーとの会話を楽しんでいた。
それで男子生徒がこの話を聞いて身バレする、と。だとか、そんな鋭いコメントもあった。
俺は応援の意味も込めて、チャンネル登録をしておいた。
そして、
「今日はありがとう、ミオナ。スライムの電動マッサージ器を持ってきてくれて嬉しかったよ」
嫌がらせのコメントも送っておいた。
「そんな物持って行ってないからぁ!」
ミオナは俺の嫌がらせに反応していた。
× × ×
「ふぅ……来たか……」
ミオナと益体もないやり取りを交わし、俺は再び夢の世界にやって来た。
一九九五年七月十八日の日本。木造建築の家がまばらに建ち、ミンミンゼミが鳴いている。駄菓子屋ヤマモトは懐古を刺激する、昔懐かしの木造建築。うん、いつも通り。
フィトンチッドたっぷりのこの田舎の景色にも、そろそろ慣れたころだ。
「すーーーー」
大きく息を吸う。
「はーーーーーー」
心なしか、空気も美味しいような気がする。
時計を見る。残り時間は三十分。十分だ。
「おばちゃ~ん」
「……」
「おばちゃ~~ん」
「はいはいはい」
お婆ちゃんがやって来る。
「今日も来たんねぇ。駄菓子好きねぇ」
「今日も……?」
お婆ちゃんの言葉に少し違和感を感じる。
「おばちゃん、今日って何年何月何日?」
「またそれかい。一九九五年七月二十四日でしょう。けったいなことを聞くねぇ」
日付が変わっている。どうやら、この世界でも同じように時が経っているらしい。
「この顔、昨日とその昨日も来なかったか⁉」
「はて、来てたかねぇ」
お婆ちゃんはほのぼのとした顔で言う。ばっかもーん、そいつはワシの偽物だ、と言おうかと思ったが、恐らく通じないから止めた。
「いや、ならいいんだ。変なこと聞いてごめん、おばちゃん」
「あいよ」
お婆ちゃんはのそのそと奥へ戻っていった。今日は駄菓子は買わない。
「うし」
俺はヤマモトから出て、大きく伸びをした。
「ん~~~~~~……」
ちよちよちよ、と小鳥の鳴く声がする。
ホーホケキョ、とこれもまた山の中でしか聞こえない鳥の声がする。
太陽は俺を照らし、未来の明るさを示しているかのようだ。
「秘密ガチャするか!」
今日は駄菓子はなしだ。もう俺はこの秘密ガチャに完全にはまってしまっている。なけなしの三百円を早速突っ込むことにする。
ガチャポン。黒のカプセルが、出てくる。
「ノーマルかぁ」
黒いカプセルはノーマル、銀のカプセルはレア。ここは普通のガチャと同じシステムということか。
【レア度】
N:★☆☆☆☆
【秘密】
秋柴紗友里は、最近お気に入りのヘアピンをなくした。
【一言】
今は別のヘアピンを使ってるよ!
あまりにもどうでもいい。委員長自身もそこまで気にしていないのか、レア度はノーマルだ。
「どうでもいい! 次!」
外れガチャを黙殺し、早速次のガチャガチャを回した。
ガチャポン、と黒色のカプセルが落ちてくる。
「またノーマルかぁ」
まぁ、そうそう良い当たりが出るとも限らない。俺はカプセルを開けた。
【レア度】
HR:★★★☆☆
【秘密】
朝井洋一は、新妻優子の秘密を握っている。
【一言】
簡単には教えてくれないと思うよ!
「……は?」
意味不明な秘密を目にした俺は、咄嗟に声が出てしまう。
朝井君が新妻さんの秘密を握っている? 意味が分からない。不気味だ。
「なんだこれ」
今まで秘密ガチャが嘘をついたことはない。おそらくこれも、真実なんだろう。
「朝井君と新妻さんに一体何の関係が……」
学校での出来事を反芻する。
「あ」
思い出した。思い出してしまった。
こんなこと、思い出さなければよかった。新妻さんは昼食の時、いつも席にいない。そして朝井君も、昼食の時、席にいない。
まさか……まさかまさかまさか。
考えたくもない結論に、たどりつきそうになる。
「いや、そんなことはない。朝井君が新妻さんとそんな関係だなんて……」
司の時は付き合っている、と書かれていたんだから、もし交際しているのだとすると、この書き方はどうも引っ掛かる。
だが、朝井君みたいな恰幅の良い、包容力のある天然系の男子が今ひそかに話題だ、と以前テレビ番組で見た。
舞奈がいつも見ている十代女子高生向けのテレビ番組だったが、舞奈が十代の女子高生で良かった。何が十代女子高生向けのテレビ番組だ。こんな重大なことを。ひそかに話題にするんじゃない。喧伝しろ。
気にはなるが、考えても仕方がないので、俺は次のガチャを回した。
ガチャポン、とカプセルが落ちてくる。
「マジかっ⁉」
金色のカプセルが、落ちてきた。
「最高ランクのガチャ、キターーーーーーーーーーーー!」
俺は膝をついて大声を上げる。
ついに、俺は最高ランクの秘密を手に入れてしまった。だが、それと同時に見てしまってもいいのだろうか、という罪悪感も伴う。いわば、俺は勝手に他人の秘密を覗き見ているわけだ。
「だが、しかし! 人間は己の中の好奇心には抗えない!」
一応、今まで公序良俗に反するような秘密は出てこなかった。個人の特殊な性癖や趣味は秘密ガチャに出ないんだろう。
俺は意を決して、金色のカプセルを開けた。
【レア度】
SSR:★★★★★
【秘密】
新妻優子は、自殺する。
【一言】
高校生のうちだと思うよ!
「………………」
時が、止まる。
ミンミンゼミの鳴き声のうるささも、ひりひりと照り付ける太陽の暑さも、地球を覆う重力も、ぬるい温度を運ぶ風も、ミンミンゼミの騒がしい音も、アイスクリームの甘い匂いもなくなったかのように、時間が止まったかのように。
心臓がばくばくとがなり立てる。耳元で脈動しているかのように大きな鼓動が、俺の頭に鳴り響く。
カンカンと、聞きなじみのない鐘の音が耳元で大きくなっているような気がする。
脚が震え、焦点が定まらない。頭が揺れたかのように、グラグラと風景が歪む。
「なんだよ……これ」
新妻優子は、自殺する。
新妻さんが、自殺する。
「なんなんだよ、これ」
鳥肌が立った。ぶるぶると手が震える。俺の知っている新妻さんは、命を落とす。
何も考えられないほどに加熱した脳が麻痺を起こし、俺は貧血に近い状態で、意識を失っていった。




