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第24話 【1等 SR】水瀬里緒菜の秘密



「おはよう、新妻さん」

「あ、お、おはよう……」


 本を読んでいた新妻さんは、本を少し下げ、ちらりと俺を見た。可愛い。

 新妻さんの本を少し注視すると、総明図書館、というシールが貼ってあった。前に総明図書館で会った時に借りたんだろうか。


「この前は図書館で会ったね」

「う、うん」


 新妻さんは背筋を伸ばす。


「それ図書館で借りてきたやつ?」

「うん」

「何の本読んでるの?」

「こ、こころ……」

「あぁ~、こころ」


 夏目漱石が執筆した代表的な作品、こころ。

 最近国語の教科書でも出てきた。国語の教科書にはいつもいつも、紹介する本の見どころだけ掲載されている。映画のPVみたいなやり口だ。


「教科書で読んでから、続きが気になって……」


 確かに、教科書に出された場面は限定的で、続きが気になる形ではあった。


「新妻さんは好奇心旺盛だねぇ~」


 俺はカバンからいそいそと教科書を取り出し始めた。


「あと新妻さんおにぎり作ったけど食べる?」

「あ、え、えと……」


 俺はカバンからおにぎりを取り出した。


「ほい」

「あ、ありがとう」


 俺は新妻さんにおにぎりを渡した。


「あ、あの、十上君が作ってくれたおにぎり、すごい美味しかった……です」


 新妻さんは顔を赤くして、本に顔を隠した。なるほど、前のおにぎりのお礼が言いたかったらしい。


「いいよいいよ、今度レシピ送っとくよ、ファックスで」

「ふぁ、ファック……ス? ちょっと、ないかな」

「うそうそ。今からチャットトークで送っとくよ。レシピ」


 俺は故郷のふりかけ、水、米、味付きノリ、とだけ書いたレシピを新妻さんに送っておいた。

 おにぎりにレシピなんてないでしょ! みたいなツッコミが来るかと思っていたが、新妻さんは優しいのでそんなことは言わない。


「あ、でも、私のスマホ家しか繋がらないから……」

「あ、そうなんだ」


 確かに、四千円も五千円もするスマホ代はかなり値が張る。家ならルーターさえあれば通信もタダだから、そっちの方がお得かもしれない。


「いいよいいよ、家帰ったら見てね」

「う、うん、ありがとう」


 おにぎりのレシピでお礼を言えるのは君くらいだよ、新妻さん。司になんて送ろうものなら、ニタニタと笑いながら馬鹿にしてくるに違いない。


「さて……」


 俺は教室を見渡した。


「いたな」


 廊下側の端の席で、水瀬さんは教科書を机に出していた。


「ちょっと他のところ行って来る」

「え? うん。いってらっしゃい」


 新妻さんは俺に手を振る。

 俺はミオナ・フリューゲルの真実を暴くため、水瀬さんの下へと向かった。秘密ガチャの秘密を確認したらその真偽を確認するのが癖になってしまっている。


「おはよう」

「……」


 声をかけたが、水瀬さんは下を向いている。


「水瀬さん、おはよう」

「あ、え、あっ! お、おはよう……!」


 まさか自分に声をかけられているとは思わなかったのか、水瀬さんは焦りながら顔を上げた。手に持っていた筆箱を放り投げ、何度か手の上でバウンドさせ、キャッチした。

 なんだか悪いことをしてしまったみたいで興奮するな。俺の悪い癖だ。


「ご、ごめん……一回目で気付かなくて……」

「いやいや、名前呼んでなかったから」

「い、いや、ふ、ふひひ……」


 水瀬さんは不敵に笑う。

 無理もない、俺と水瀬さんは同じクラスではあるが、あまり話したことはない。


「ど、どうして私なんかに……」

「いやぁ、水瀬さんにちょっと聞きたいことあってさぁ」

「聞きたいこと?」


 俺は水瀬さんに目を合わせた。


「水瀬さん、ブイチューバーって知ってる?」

「ブ、ブイチューバー⁉」


 声が上擦っている。水瀬さんは声を上げた後すぐさま口元を手で隠し、辺りを見渡した。


 まるで誰かに狙われているかのような様相だ。だが、まだ朝のホームルームも始まっていない。喧騒の多いこの教室で水瀬さんはあまり目立たなかった。


「ブイチューバー?」


 その後、声量を絞って聞いてくる。


「そうそう、ブイチューバー」

「え、え~と……」


 しどろもどろしている。恐らくいろんなことを今考えているんだろう。


「俺最近ブイチューバーっていうの知ってさ、一回見てハマっちゃったから誰か良い人知ってたら教えてもらおっかな~って思って」

「え、あ、そうなんだ」


 水瀬さんは胸を撫で下ろす。配信を見て分かったが、水瀬さん、自分の心を隠すのが凄い下手だ。


「でも、なんで私?」

「水瀬さんってコン部じゃなかったっけ?」

「昆布? 昆布って、あの出汁の……」

「いやいや、人か昆布かの質問してたらいよいよこの学校も妖怪学園だよ」


 俺は手を振る。


「そ、そうだよね、あははは!」


 水瀬さんは上擦った声で笑う。この特徴的な笑い方、ミオナ・フリューゲルとそっくりだ。


「パソコン部じゃなかったっけ?」

「あ、あぁ」


 パソコン部、通称コン部。

 パソコンに詳しいからパソコン関係のことにも詳しいだろう、という安直な発想。そんな安直な発想をするタイプの人間のフリをして、質問する。我ながら完璧な作戦だ。


「コン部じゃないよ。それに、パソコン部でもブイチューバーに詳しい、ってわけでもないかな~……あはは」


 水瀬さんは人差し指を合わせながら控えめに言う。すごい気を遣わせている雰囲気が出ているが、人に気を遣わせていると思うと興奮してしまう。


「でも水瀬さん、前ブイチューバーの話してたと思うけど」


 水瀬さんが友達とブイチューバーの話をしているのを、どこかで聞いたことがある。


「あ、う、うん、そうだけど、うん……。えっと、じゃあどんなタイプが好き?」


 水瀬さんは上目遣いで俺を見る。


「そりゃあもう! 誠実で俺のことをずっと愛してくれる、可愛くて素敵なお嫁さんが……」

「いや、好きな女の子のタイプじゃなくて、ブイチューバーの」


 俺の渾身のボケは呆気なくスルーされた。


「あ、ああ、何か独特な話とかをしてる、ちょっと変わったタイプの人が知りたいかな」

「なるほど……」


 水瀬さんはメモを取る。俺が好きそうなブイチューバーを探してくれるようだ。


「じゃ、じゃあ今度またまとめて教えるね」

「ありがとう水瀬さん、さすが博士」


 若干マッドサイエンティストに似た言葉を使う。


「あ、あはははは~」


 下手くそな演技で水瀬さんは笑う。本当に、自分の感情を隠すのが苦手な子だ。


「じゃ、またこのお礼はいずれ」

「う、うん」


 水瀬さんと挨拶を交わし、俺は自席へ戻る。


 水瀬里緒菜、中々面白い女の子だった。



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