第2話 秘密ガチャ、始めました。 2
『え~まもなく、二番線左側通路に、電車が参りま~す』
最寄り駅に着いた俺たちは、毎日毎日聞き飽きたアナウンスを耳にし、列に並ぶ。
登校時間真っただ中、同じ高校の制服を着た連中が沢山いる。
「これって録音した音声流してんのかな?」
「どうなのかな。毎回言ってんじゃない?」
「毎回同じように聞こえるんだが、だとしたら相当精巧な技術だな。でも一回これ間違って私語が聞こえてきたことあったんだよな」
「じゃあ録音じゃないじゃん」
「毎日同じなんだからボタン押したら録音した音声流れるようにしても良いと思うんだけどなあ」
「それだと応用が利かないんじゃない?」
「そうなのかなあ」
電車の扉が開き、人が降りてくる。
人生に絶望したような顔をしているスーツの男たちが、生気を失った目で俺を見てくる。父さんと母さんもあんな顔で会社に行っているんだろうか。
「ただいま、今日も仕事か、とうなだれている社会人たちが降りま~す」
「変なアナウンスしないでよ、恥ずかしい」
舞奈にたしなめられつつ、電車の中に入る。
俺と舞奈はつり革を掴み、立った。高校までの道のりはそこまで長くない。空いている席も少ないため、毎日立っている。
「ほうほう、今日も殊勝な心掛けじゃねぇ」
俺と舞奈の下に、女子高生がやって来る。
「あなたは、誰ですか?」
「なんで英語翻訳したみたいな喋り方なの?」
女子高生、三笠天子が、不思議そうに小首をかしげた。天子とは昔からの顔見知り。いわば腐れ縁の幼馴染だ。同級生ということもあってか、よく話しかけてくる。
小さな身長とは裏腹に、驚異の胸囲を誇る。ぱちくりとした大きな目に、寸胴むっくりボディは、刺さる人には刺さるだろう。長いツインテールは、もはや狙っているとしか思えない。彼女にはロリババアという称号を授けたい。
「私はトムです」
「トムじゃないでしょ」
天子は俺の腕を掴んだ。身長が小さいため、つり革が上手く掴めないらしい。さすがロリババア。
「おはよう~、舞ちゃん」
「おはよう~、天ちゃん」
天子は俺の背中側から舞奈を覗き、挨拶をした。当然、舞奈と天子も幼馴染だ。舞奈は俺の背中から天子に手を振る。
「全く、悟は今日も訳わかんないんだから」
「この世界から訳わかんないことを取っ払って残るのはなんだ? そう、希望と絶望だ」
「うるさいし訳わかんないから黙って」
天子は俺に肘鉄砲を食らわせる。
「舞ちゃんも駄目だよ、こんな馬鹿な兄ちゃんと関わっちゃ」
「うふふ、気を付けます~」
天子は口元に手を当て、上品に笑う。
「いやいや、家だと俺の方が圧倒的にちゃんとしてるから」
「ちゃんと、って何よ」
「それも、ただのちゃんと、じゃないからな。ちゃんとの前後にダブルクォーテーションがつくやつだからな。家だと俺の方が圧倒的に、“ちゃんと”! してるからな」
「分かった分かった」
はぁ、と天子はため息を吐く。どうも、舞奈は外面が非常に良いらしい。家ではスウェットを着崩して、死んだ目でよだれを垂らして寝ているくせに、外での舞奈は気品のあふれる上品な女、ということになっているらしい。
美人だ美人だ、と評判だが、他人だからそう言えるのだ。俺から見れば何も美人だなんて言える人間ではない。もはや本体は外には出て来ていないと言ってしまっても良い。
「正しい人間が馬鹿に見られて、正しくない人間が評価される。世界の縮図だな」
「言い過ぎでしょ」
暫く、何のこともない雑談を交わし、学校近くの駅に到着した。
『ドアが開きま~す』
これまた何度目とも知れないアナウンスが流れる。
「急げ! 焼きそばパンが売り切れる!」
俺は、いの一番に電車を降りる。
「なんで朝からパン競争なんてしないといけないのよ。っていうか、毎回アニメで焼きそばパン競争してるけど、焼きそばパンそんな美味しくないから」
「いま東京卍焼きそばパン連合に喧嘩売ったな、お前」
「そんなのないから」
天子を睨みつける。
「お兄馬鹿?」
どうやら妹も敵だったようだ。
「馬鹿、の後に小さいあ、を入れて言ってみて」
「お兄ぃ、馬鹿ぁ?」
「現場からは以上です」
「何の現場なのよ」
改札を抜け、学校へ向かう。
「おはよう~、舞奈ちゃん」
「おはよう~」
「舞奈ちゃんおはよう~」
「おはよう~」
「十上さん、おはよう!」
「おはよう~」
俺たちの横を通っていく、恐らく一年生が、舞奈に挨拶をしていく。番長か何かか、こいつは。
「相変わらず舞ちゃんは人気者だね~、うんうん」
「も~、そんなんじゃないよ~」
舞奈はくすくすと笑う。本当に、こいつが人気な理由が分からない。
「握手券でも売るか」
「商売しようとしないで」
ぴしゃり、と舞奈が言う。
「悟、妹に断られて可哀想……」
うるうる、と言いながら天子が俺を上目遣いで見てくる。
「めっ!」
俺は天子の頭に、軽くお灸を据えておいた。