第14話 【3等 R】九堂司の秘密 1
先生との一悶着のち、昼。
俺は自席で一人、昼食を食べていた。机にスマホを置き、映画を見ながら昼食を食べる。これが俺の至福の時間なのだ。この高校では、スマホは休み時間だけ使っていいことになっている。昔はスマホの持ち込みすら禁止だったらしいが、学校側の統制も文明の発展には敵わなかったらしい。
『おかしいのは俺か? それともこの社会か?』
映画を見ながら弁当を頬張る。毎朝、俺が自分と舞奈の分の弁当を作っているため、弁当の中身を楽しみにする、という高校生じみた楽しみがないのは少々寂しいところだが。
俺は映画を止め、辺りを見渡してみた。
ゲームをしながら弁当を頬張る男子学生、雑談の途中でスマホを見せながら笑う女子学生、一人で勉強をしながら食べている委員長、四人グループで弁当のおかずを確認しあう司たち。なんてことはない、いつも通りの光景だ。
「あれ、朝井くん」
司は朝井君に声をかけている。
夢で見た二つ目のお告げ、司と委員長との交際疑惑を思い出す。司と委員長が付き合っているような素振りは全くない。
というか、昼食時も勉強を優先するような委員長が、司みたいなちゃらんぽらんな男と付き合うものなんだろうか。まだあの夢を信用するには実証実験が足りない。母数が一つでは少々信憑性に欠ける。
俺の隣の席の新妻さんはというと、席を外している。新妻さんは昼食時、いつもいなくなる。どこに行っているのかは分からない。席で食べてくれると話しかけやすくて助かるのだが、詮索をされるのも好きじゃなさそうなので、あまり尋ねないようにしている。
俺は再び画面に目を落とし、映画を視聴し始めた。
「よ!」
「ああ、司」
暫く昼食を口にしていると、机の下から、司が顔を出した。
「何見てんだよ」
「主人公が周りの人間に嫌われて、人生とか社会システムとかに絶望する映画」
「誰が見たいんだよ、そんな映画」
「結構おもしろいぞ」
俺は玉子焼きを頬張りながら喋る。
「今、皆の弁当からおかずを一品ずつ頂戴してんだけど」
「なんでだよ」
「皆の弁当からおかずをちょっとずつもらって、最強の弁当を作ろうとしてんだよ」
「別に作らなくていいだろ」
「いや、今日朝井くんが弁当忘れたらしくてさ。朝井くんに最強の弁当をプレゼントしようと思って」
「ん?」
見れば、朝井君は窓側をぼーっと眺めながら固まっていた。だからさっき声をかけていたのか。
朝井君は体の大きい、マイペースな男だ。体が大きいがゆえに力仕事を頼まれることが多く、俺も何度か助けてもらっている。食べることが好きで、休日は飯屋巡りをしている、と言っていた。
朝井君は何故か周囲を気にし、怯えているようにも見える。だが、怯えてしまうのも無理もない、すぐ後ろでは多くの女子生徒が固まって喋っているのだ。この女子生徒集団が、この教室で一番の権力を持っている、この集団の不興を買えば、高校生活を無事に暮らせる保証はない。
どこの高校でも、最も権力を持っているのは、教室を支配している女子生徒なのだ。朝井君に幸あれ。
司はそんな朝井君を心配するように、振り返った。
「朝井くん、今日お金も持ってないらしいんだよな。だから弁当を作ろうと思って」
「なるほどな」
朝井君もまた、朝のホームルームの時も、休み時間も、昼食の時も、いつも席にいない。今日は弁当を忘れたから、教室にいるのか。
俺は弁当を傾け、ミートボールを二個、司の弁当箱の蓋に乗せた。
「俺のミートボール、二個とも持って行けよ」
「なんかちょっとエッチだな」
「朝井君の食欲失せるぞ。あ、あとこれも持って行けよ」
俺はカバンからおにぎりを出した。
「おお! サンキュ! 米が足りなくて困ってたんだよ!」
「新妻さんにあげようと思ってたんだけど、昼までに時間取れなかったわ」
「またお前は新妻さんかよ」
司は苦笑する。
「ちょっかいかけすぎて嫌われんなよ?」
「大丈夫、俺と新妻さんは見えない糸で繋がってるから」
「そう聞くと犯罪臭がすごいんだが」
「良いから早く行けよ」
俺は司の肩を軽く殴った。
「分かった分かった、サンキューな、おにぎり。このお返しはまた明日の朝、お前の家の前に山の幸置いとくわ」
「ゴンギツネか」
早く行け、と司を追い払った。司がやらなければいけないようなことでもないのに、いちいち親切丁寧な。あいつは馬鹿でどうしようもないが、人を助けようという気概だけが妙にある。猫型ロボットとか家にいそうだな。
司は朝井君に接触すると、弁当を渡した。朝井君は喜んだ顔で司に礼を言う。見れば、玉子焼きやソーセージ、ミートボールにキュウリのハム巻きなど、豪華な食材が入っている。俺の弁当より豪華なんじゃないだろうか。
朝井君はおにぎりを頬張り、喜んでいた。まぁ、一件落着ってところだな。




