第13話 【1等 SR】黒沼恵梨香の秘密 4
平日になり、俺はいつものように教室に入った。
「はよ~」
「お~っす」
「はよ~っす」
教室へ入ると、俺の席に誰かがいた。
「いやぁ、やっぱり可愛いよ、どこからどう見ても」
「別に……そんなこと……」
男だ。毛先を遊ばせている上に、シャツのボタンが二つしか留まっていない。餃子の包みかけみたいなファッションをしている。
「えっと……」
隣の席の新妻さんが、男の返答に困惑していた。
一体誰なんだこいつ。誰か委員長を呼んできてくれ。ルールを全く守っていないぞ。
「あ、ここ君の席なんだ?」
男は俺に気付き、立ち上がった。
「新妻さん、この人は?」
俺は男に聞く前に、新妻さんに声をかけた。
「知らない……」
新妻さんは顔を伏せている。どうも、自分たちの関係を知られたくないが故の消極的な知らない、ではなく、本当に知らない様子だ。
「あ、俺、奈良千次です。よろしく」
「はぁ」
同じクラスの生徒じゃないことだけは確かだ。
「いやぁ、でも優子ちゃんに話しかける人もいるんだねぇ」
奈良は新妻さんに笑顔を向ける。
「優子ちゃん……⁉」
俺はつい反射的に声を上げてしまう。
「あ、優子ちゃんの名前とか知らないパターンだった?」
奈良はくく、と笑う。何を言っているんだ、一体こいつは。俺もまだ新妻さんの名前を呼んだこともないのに、うらやましい、じゃない、馴れ馴れしい。
「俺隣のクラスだから、良かったら仲良くしてくれよ」
奈良は俺に笑顔を向ける。
「予鈴鳴るよ」
「やっべぇ、忘れてた!」
奈良は教室を出て、隣のクラスへ帰って行った。
「なんだったんだ、朝から……」
俺は奈良の背中を見送る。
「新妻さん、何の人なの?」
「……知らない、分からない」
新妻さんは顔をそのまま伏せてしまった。どうやら心を閉ざしてしまったようだ。何か癇に障ることがあったんだろう。
色々と気になることがあったものの、考えてもどうしようもないので、鞄の中身を整理して朝のホームルームを待った。
「十上く~ん」
「?」
「ちょっと」
声のした方を見てみると、黒沼先生が俺を呼んでいた。恐らくは昨日のことだろう。俺は先生について行った。先生と共に隣の空き教室に入り、ドアを閉めた。
「昨日のことだけど」
早速先生が俺に言う。
「ああ、秘密にしてますよ。墓まで持って行きます」
「それはちょっと重すぎ」
先生は笑う。
「はぁ~、公務員なのにコスプレイヤーして写真集なんか売ってることがバレたらどうなることやら……」
先生はがっくりとうなだれる。
「その件なんですけど」
俺は舞奈が同じ高校の一年生にいることを教えた。
「嘘……」
先生の顔がみるみるうちに青ざめていく。こんな様子を見るのは、映画で療養している時にご飯を喉に詰まらせた大怪盗以来だ。
「もしかして鉢合わせる可能性も……」
「あります」
「あんな可愛い子がこの高校に……。鉢合わせなくても会報でいつかは絶対に顔が割れる――」
先生はぶつぶつと呟いている。ここから先は先生の問題であって、俺が関わることでもないだろう。そもそも俺は先生をコスプレイヤーだと断定したかったわけではなく、軽い気持ちで聞いただけなのだ。正体を暴いてやろう、だとか地獄に落としてやろう、だとかそういう思いは一切考えていない。
「とにかく、俺は先生を困らせるようなことはしたくないので、いったん帰りますね。先生が先生を辞めるなんてことになると、俺は悲しいです」
そして罪悪感もある。
「十上くん……」
先生は目をうるうるとさせ、俺に近づいてきた。
「大丈夫! 私、頑張るから! 生徒の、十上くんの……ううん、ファンのためにも!」
「は、はあ」
俺の両手を握りながら、先生はそう宣言した。あの時はつい咄嗟にそう言ってしまったが、今さら撤回するわけにもいかないので、これからは黒沼先生あらため御伽今宵のファンとして追っていくことにしよう。




