第12話 【1等 SR】黒沼恵梨香の秘密 3
『黒沼恵梨香は、御伽今宵という名義でコスプレイヤーをしている』
そしてもう一つ何か書いてあったような……。
『片方の角が折れた、鹿のキーホルダーに注目してね!』
思い出した。今になってようやく思い出した。
片角が折れた、鹿のキーホルダー。
俺は一度、学校で黒沼先生の車内を見たことがある。そしてその車内に置いてあったカバンに、片角が折れた鹿のキーホルダーがあったような、気がする。
「もしかして……」
御伽今宵も、同じキーホルダーを持っているのだろうか。
何故か片角が折られた、鹿のキーホルダー。まさか、まさかそんなことはないだろう。所詮あれは夢。現実との相関性はないはずだ。俺は軽い気持ちで、先生に話しかけた。
「先生」
「ん~?」
下着売り場を覗いていた黒沼先生は俺に振り向く。
「先生、学祭の時に買い出しに行ってくれたことあったじゃないですか」
「また機嫌取ろうとしてる~?」
「先生が買って来てくれたものを受け取るときにたまたま先生の車の中が見えちゃったんですけど」
「面白い物別になかったでしょ~」
ふふ、と先生は嫣然と笑う。
「あの時、車の中にあった先生のカバンに、片角が折れた鹿のキーホルダーがついてた気がするんですよねぇ……」
「あ~、可愛いでしょ~」
先生は特に顔色を変えずに話を聞いている。やはりあの夢の内容は嘘っぱちだったんだろう。俺はそのまま話を続ける。
「キーホルダーをつけるくらいにお気に入りのカバンなのに、俺学校内でそのカバン一回も見たことないんですよね。それって、あのカバンがお気に入りだけど、何か外に出せない事情があるんじゃないかな、って思って」
話しているうちに、思ってもいないことが口から飛び出す。言葉にしていると自分の考えが整理されるというが、やはりその通りらしい。
「い、いや~、たまたまじゃないかなぁ~」
先生にそこまで動揺している様子は見られない。
「ところで先生、御伽今宵ってコスプレイヤー知ってます?」
「え~……し、知らないなぁ~」
先生からの応答に時間がかかるように、なった。
「僕が世界で一番好きなコスプレイヤーなんですけど」
ここは信憑性を上げるため、嘘を吐いておこう。
というか、コスプレイヤーを全く知らないから結果的には御伽今宵が一番好きと言う言い方でも間違いではないのだが。
「世界一美しくて可愛くて、努力家であどけない、結婚したいくらいの、何でもできる最高のコスプレイヤーなんですけど」
「へ、へ~~~~~……」
先生は顔を赤らめながらそっぽを向く。
「そのコスプレイヤーのカバンにも、あの時先生の車内で見た片角が折れた鹿のキーホルダーと同じキーホルダーがついてるのを、写真で見た覚えがあるんですね」
「は、は~~~~」
「多分あれは子供の頃からの大切なキーホルダーで、時が経つうちに経年劣化して片角が取れたと思うんですね。でも今宵さんにとってそれがすごく大切なもので、身近なところにあると安心する、ブランケット症候群みたいな存在なんじゃないかと思うんですよね」
「ほ、ほ~~~……」
喋っているうちに、どんどん俺の脳内で推論が固まっていった。俺は先生に、聞く。
「先生って、御伽今宵その人ですよね」
先生はぷるぷると体を震わせながら、俺を見る。
「ち、違うよ~」
「…………」
俺は一息ついた。
「ですよね、俺も違うと思ってたんです」
俺は肩をそびやかす。
「今度司にもどう思うか聞いてみようと思います」
「駄目―――――――――――!」
先生が俺の口をふさいできた。
「んんんんん、んんん~~~! んん、んんん!」
「はぁ、はぁ、はぁ!」
声が出せない。周囲の女性からとんでもない目で見られる。俺は口をふさぐ先生の手を振りほどいた。
「まさか、本当に先生が……」
「しーーーー! しーーーーっ!」
先生は必死の形相で、俺の口に人差し指を当てる。
何度か深呼吸した後、先生が俺の目を覗き込んだ。
「なんで分かったの?」
本当に、先生がコスプレイヤーだったらしい。夢で見た内容だから、と軽い気持ちで聞いてみたら、大変なことになってしまった。俺はもしかすると、とんでもないことを聞いてしまったのかもしれない。
これは予知夢というやつなのだろうか。やはり、人間には特別な力があるのかもしれない。
俺は腕を組むと少しの間うなり、
「御伽今宵の、大ファンだからです」
満面の笑みで、そう言った。
「~~~~~~~~~!」
先生は言葉にならない言葉を発し、俺の頭を撫で、そして掴んだ。
「いい、十上くん、このことは絶対に言っちゃ駄目。お姉さんと十上くんとの秘密だよ、分かった?」
「は、はあ」
いつもおしとやかで焦った様子を見たことがない先生のこんな顔を見れて、正直興奮している。
「で、でも先生」
俺は周囲を見渡す。
「視線が……」
「え?」
先生も周囲を見渡した。女性用下着売り場の前で男子高校生の頭を掴む女性に、奇異の目が注がれる。
「あ、姉です~。すみませ~ん」
先生は嘘を吐き、この場を乗り切った。
「お、お兄……」
と思ったのも束の間、先生の背後から舞奈が現れる。
「お、お姉……ちゃん……?」
舞奈は怖そうな顔で先生を上目遣いする。
「あ、あぁ……」
完全に詰んでいる。先生は硬直し、舞奈を見た。恐らく今先生の脳内で幾千幾万のパターンのシミュレーションがなされているんだろう。
「お兄、もしかして私たちにお姉ちゃんが……いたの? それとも、もしかしてお兄の……」
「ち、違うよ~、私は十上くんの先生で、全然お姉ちゃんでも恋人でもなくて~」
「せ、先生? でも、お兄ちゃんの頭撫でて……」
やりやがった。俺と舞奈は同じ高校に受かり、そして同じ高校に通っている。舞奈が校内で先生と出会う可能性も十分にある。どの選択肢でも先生は追い詰められる。
「と、とにかく、私は十上くんの先生だから! じゃあ十上くん、また今度学校で! 気を付けて帰るのよ!」
そう言うと先生は嵐のように去って行った。
今を乗り切ればなんとかなると思っているようだが、舞奈が卒業するまであと二年と半年もある。先生は舞奈が俺と同じ高校にいることを知っているのだろうか。
「お兄、あの綺麗なお姉さん誰?」
「時が来ればいずれ分かるさ……」
もう誤魔化すのも面倒くさくなった俺は、そう言って歩き始めた。
「なんか犯罪くさ~」
「誓って犯罪ではない。まぁいずれ話す」
俺は煙に巻いた。
「まぁ恋愛って色んな形があるよね。お兄、荷物」
「はいはい」
何か勘違いをしているようだが、まあいいだろう。俺は舞奈の荷物を持ち、その後もショッピングの荷物持ちを続けた。