第11話 【1等 SR】黒沼恵梨香の秘密 2
「ふんふふ~ん」
化粧をばっちり決め、服も寝巻から着替えた舞奈は、上機嫌で買い物をしていた。大型ショッピングモールを、俺と舞奈は二人で回る。
こうしているとたまにカップルと間違えられるのが兄妹あるあるなのだが、とても気分が悪い。
「服探しに行こ~! お~!」
「はあ」
舞奈は笑顔で片腕を上げた。
服なんてなんでもいいだろう。かの有名なスマホ開発者は、毎日黒い服とジーンズを着用していたらしい。舞奈にも彼を見習ってほしい。
周りの女子高生や男子高生が、じろじろと舞奈のことを見て、ひそひそ呟いている。外面がいいことは知っているが、もしかすると、舞奈は世間的に見ても可愛いと言われる立ち位置にいるんだろうか。だとすると、何故俺は格好良いという立ち位置にいないのかが疑問だが、舞奈の一挙手一投足は、外に出ると、必ずと言ってもいいほどに衆目を集める。
「お兄、ちょっと下着選んでくるね」
「はいはい」
舞奈は女性用の下着売り場へと入って行った。
女性用の下着売り場はあるが、男性用の下着はワゴンセールとかで適当に平積みされているのを見ると、こういう女性用の下着売り場に妙な神聖性を持ってしまう。さすがに男の俺が入ることも出来ないので、入り口で待っておくことにする。入り口で待機しているほうが気持ち悪いような気もするが、まあ大丈夫だろう。
「ふぁ~」
あくびが出る。妹の買い物に付き合うことほど面白くないことはない。俺はスマホを触り始めた。
「あ」
「え?」
女性用下着売り場から出て来た妙齢の女性と、目が合った。黒沼恵梨香、俺のクラスの先生だった。
「せ、先生⁉」
「十上くん⁉」
先生はてこてこと俺の方へ寄ってきた。
「何してるの十上くん、こんなところで」
「へへへ、言わせないでくだせぇよ」
俺はよせやい、と田舎坊主さながらに鼻の下をこする。
「まさか……」
先生から血の気が引く。
「今すぐ止めなさい、十上くん、そんなこと! 性犯罪、絶対ダメ!」
「ちょっとちょっとちょっと、もしそうだとしても声でかすぎ……」
周囲の女性客から、俺がじろ、と睨まれる。
「ほら睨まれたじゃないですか! 先生がやってもいない容疑を生徒にかけるってどういうことですか!」
「ご、ごめんなさい」
俺は先生に正論パンチを繰り出す。効果は抜群だ!
「そもそもですね、先生はいつも直情的で生徒に対してもまず怒りが先に来る所が駄目なんですよ。人間、怒りが先に来るようになったらおしまいですよ」
「おっしゃる通りです」
先生は俺にぺこぺこと謝る。なんだろう、さっきよりも女性客の視線が痛いような気がする。
「じゃ、じゃあ十上くんはこんなところで何を?」
「妹が服買うのに付き合ってるんですよ。今下着選んでるところだと思うんですけど」
「あ~、そういうことだったのね」
先生は膝を打った。
「ところで先生は何を買われたんですか?」
「あぁ、私は黒の――」
先生はじろ、と俺を睨んだ。
「セクハラしない!」
「今日このショッピングモールで何を買われたのかをご質問したんですよ。先生、少し自意識過剰ですよ」
「どう考えても何の下着買ったのか聞いてたでしょ! こんな所から出て来たんだからそういう文脈だったでしょ!」
「先生、勝手な思い込みで選択肢を絞るのは良くないですよ。問題文に書いてあることから選択肢を絞ってくださいよ。俺の偏差値の低さを忘れましたか?」
「殺した~~~~!」
「教育委員会に怒られますよ、先生」
先生は拳を握りしめる。
「本当に十上くんの妹さんはこの中にいるんでしょうね~? まさかこうやって女性の買った下着をじろじろのぞくための方便なんじゃ……」
先生は買い物袋を抱きかかえ、獣を見る目で、俺を睨みつける。
「本当ですよ、本当。今の時代、五百円も出せばそんなもの見放題なんですから、そんなことしないですよ。人に迷惑かけてまで自分の欲望を満たそうとするような奴は牢屋にぶちこまれますよ」
「言ってることは最もなんだけど、十上くんは信用できない……」
「まあまあ、人に迷惑をかけずに生きていこうという心掛けは本心ですよ。先生はとてもお綺麗なんですから、怒っては先生のお綺麗な顔が見られないですよ。僕は先生を尊敬していますよ」
「ご機嫌を取られてるみたいで嫌な感じ~」
先生は口をとがらせながら、下着売り場の中を覗き込む。やはり先生と話すのは面白い。先生が姉だったら、どれほど楽しい人生が送れただろうか、と夢想する。
「じゃあ本当に十上くんが性犯罪に走っていないか、妹さんが来るまで監視させてもらいますからね」
「もちろん、いいですよ。やましいことなど一切ございません」
むしろ先生と喋れる時間が増えて、ラッキーだ。
先生は探偵の目つきで、下着売り場を見始めた。女性用下着売り場を覗く先生と、その隣で大量の荷物を持っている俺。端から見れば怪しいことこの上ないだろう。
「あ」
黒沼先生と話しているうちに、朝に見た夢を思い出した。