第1話 秘密ガチャ、始めました。 1
醤油の良い匂いが、家中に広がっていた。
朝。
妹の朝ごはんを作るため、俺はキッチンで目玉焼きを作っていた。加熱された醤油が部屋中に行き渡る。目玉焼きに醤油は邪道だ、などという意見にはノーコメントだ。
「お~い、舞奈~、ご飯だぞ~、起きろ~」
階上で寝ているであろう妹に声をかける。
「…………」
無反応。俺はお玉と鍋を持って階段を上った。
「お~い、舞奈~! 起きなさ~い!」
「ん~、もうちょっと~……」
舞奈は掛け布団を太ももで挟み込み、ベッドの上を転がっていた。灰色のスウェット、ぼさぼさの髪、華奢な体はいまにも折れそうだ。我が妹ながら、情けない。
だが、こうなったらば仕方がない。俺はお玉を鍋にぶつけ、騒音を鳴らした。
「引っ越~せ! 引っ越~せ! さっさと引っ越~せ!」
「も~、引っ越さそうとしないで」
舞奈は不機嫌そうな視線をこちらに送る。
「早く起きろよ」
「本当お兄うるさい」
「痛っ!」
舞奈は布団から出るや否や俺の脛を蹴り、階段を下りて行った。
「こんな年から暴力に頼ってちゃ、将来ロクな大人にならないぞ!」
「お母さんみたいなこと言わないでよ~」
俺も舞奈の後を追って、階段を下りる。
「お兄、舞のご飯は~?」
「机の上に目玉焼きが置いてあるだろ~」
「え~、もうまたこれ~? なんで醤油なんてかけてあるの、本当嫌なんだけど。目玉焼きに醤油かけないでよ」
「作ってもらってるのに文句ばかり言うんじゃありません!」
舞奈は大きなあくびをした後、箸を手に取った。
「いただきます」
「おあがりなさい」
舞奈は目玉焼きを口にする。
「何回も言ってるんだけど、目玉焼きには普通に塩コショウかけてよ」
舞奈は俺の作る目玉焼きに文句があるらしい。醤油以外の調味料をかけて目玉焼きを食そうとする不心得者だと、言わざるを得ない。
「目玉焼きに一番合う調味料は科学的には塩コショウだって、何かのテレビ番組でやってたよ」
「科学科学って、そうやって人間の本質的な欲求を後にしてるから睡眠時間が足りなくなって舞奈は毎日寝坊してるんだろ」
「お兄が起こしてくれるからい~の」
暫くして舞奈は俺の作った料理を完食し、化粧台へと向かった。
「も~、高校行くくらいで化粧するなって」
「女子高生が化粧しなくてどうすんのよ。大体社会に出たら否が応でも化粧させられるんだから、今のうちに覚えた方が良いの。今まで覚えさせてもくれなかったのに社会に出たからって突然化粧させられるの、本当おかしいよね」
舞奈と俺は同じ高校に通っている。同じ高校に通う兄として、俺は毎日舞奈のおもりをしている。というか、させられている。
「じゃあ俺先行くからな」
「も~駄目だって!」
俺は不承不承、舞奈の用意を待つ。こんな他愛もない毎日を、俺は毎日続けている。面白くはないが、嫌いじゃない。
そして待つこと数十分。
「出来た! じゃあ出発!」
ぴょんぴょんと明後日の方向を向いていた長髪は綺麗なストレートになり、目元に殴られたあとのようなメイクが施された。どうやら、ちまたでは地雷メイクというらしい。これはもう別人だと思った方が良いな。
「ハンカチとティッシュは持ったか?」
「もう、持ったよ~。お母さんみたいなこと言わないでよ」
「はいはい」
「そういうお兄こそハンカチとティッシュ」
「二個と三個持ってる」
「猫型ロボットじゃん」
俺は、準備の出来た舞奈とともに家を出た。
最寄り駅に直行する。