3:雑学の先生を雇いたい、だけど馬が合わなかったらどうしよう。
ファサ、と大きな窓から春風が私の前髪を揺らします。
どうも、あこがれの金髪に成れたのは嬉しいけれど縦ロールに慣れない公爵令嬢リリアーヌです。
この縦ロール、もともと巻き毛の私の髪の毛を、くるくるっと絡まないように整えると自然になるので天然です、すごいですね。
先日、ゴールドリーフという金の葉っぱなのか金箔なのかな名前の王子様からお返事のお手紙を頂きました。
夢の中の未来の私ということで私の意見を書いたことについて突っ込みがあるかと思いましたが、
そこは完全に、とはいきませんが予想に比べればほぼスルーされて……
ラストに描いた絵に添えたユリの花に突っ込みを頂きました。
読み上げる人を乳兄弟乳姉妹などの信頼のおける人に任せて他の人を下がらせてから呼んでくれ、などと前置きされて書かれた部分によると、なんでも未婚の女性の絵に添えてはならないものが描かれていたそうです、そのことを教えてくれた侍従以外の人が見ないように処分しようかと思ったけれど、私に最初にもらった手紙なのでこっそり誰にも見せないようにしてくれると書かれていました。
王子が優しい……。
そして現実というか私の手抜かりがおそらく私のこの後の人生に厳しい。
く‼うかつにイラストなど添えるのじゃなかった!!
前世の小学校1年生でもイラストで馬鹿にされたのに反省しなかった!!いや、反省を忘れていた!!
だってひた隠しにしていたのにうっかり見られた中学時は絵で周囲に絵だけは認めてもらえたのだもの!!
王子の手紙越しの王子の乳兄弟である侍従によると、ユリの花におしべが書いてあったのが悪かったみたい。
侍女に理由を聞いたところ、とにかくおしべを描いちゃいけない、女の子の絵に添えて描くのはいけない、私も気づきませんで通してしまったのでそのことを内緒にしておいてくだされば私も内緒にいたしますので、と言われました。
あら?交換条件という形で私を安心させているのか脅しなのかわからないわね、たぶん前者だけれど。
そういえば前世でも中世とかには絵に書き添えてはいけないタブーがあったはず、
裸婦画と言ったら現実にモデルがいても女神ということにしなければいけない時代で、有名な画家が描いた裸婦画に黒いチョーカーを描いてあって発表時に物議を醸しだしたとか。
チョーカーを描いたことでどう見ても娼婦の絵以外の何物でもないとして、現実の女性、しかも娼婦の絵を描いたとして破廉恥だと画壇世界がひっくり返った、とか。
それで私というかリリーはお父さまに絵のタブーをまず勉強したい、と伝えるべきかと思ったのけれど……。
「お父様は昨日もお帰りにならなかったわね……」
私は私室の窓から庭を見ながらつぶやく。
青々とした庭の木々がきれいだ。新緑が光をはじいてきらめいている。
「今日もお帰りにならないのかしら……」
木々の配置の妙なのか、なぜか庭と外を区切るはずの塀が見えない景色の向こうに、遠く、街が見え、その向こうに見えるお城を見ながらつぶやく。
あそこのどこかにリリーのお父さまはいらっしゃるはず。
「お寂しゅうございますね、」
ちょっと気取った良い方のせいでなんか実感のこもっていない言葉で、いつも手紙の書記を務めてくれているメイドのパティが慰めてくれる。
「けれど、旦那様は大事なお仕事をなさっておられますのでこらえてくださいませ」
けれど、がまんして、のこちらの部分の方が実感がこもっているように聞こえる。
「ええ、そのことはがまんするわ」
なにせ私が寝込んでいた間仕事が手につかなかったのか、毎日家にいてくれたらしい。
お父さまに私の治療ができるというわけでもないのに。
なんというハートフルパパ。
それを許してくれるお城の人々も優しいな。
もちろん、そのことと感想を王子様への手紙にしたためた。
ついでにお父さまにもしたためた。仕事中なので読んでくれないかもしれないけれど。
ちなみにお父さまが家にいてくれたことを教えてくれたのは治療師の先生だ。
ちなみにお医者の先生的なノリで先生と呼んでいるけれど、普通はそうは呼ばないらしい。
「でもこのままだと、だれに絵のやっていいこと、悪いことを教えてくれるようにたのめばいいのかしら?」
「旦那様への手紙に書かれてはいかがでしょうか?
それと、」
「そうね!
絵のタブー云々はともかく、
歴史や画家の失敗談を教えてくれる先生を紹介してくれるようにお手紙を書きましょう!!」
絵に限らず、タブー云々を知りたいなんて言ったら「不謹慎な!」とか言われる顔知れないからね!
そこ上手に避けてとなると絵の先生か歴史の先生よね!
あー、でも、歴史の先生はまともなことしか教えてくれそうにないなぁ。
あ、思わずパティの言葉を遮ってしまったわ。
「ごめんなさいね、パティ、思わず言葉を遮ってしまったわ、
それで、なんだったかしら?」
人は言葉を遮ると不満が募る人もいるからちゃんと謝罪して、水を向けてみる。
「いえ、かまいません、
それと、執事長にお伝えしてみますか?と進言させていただこうと思ったところです」
「そうね、
執事長に頼んでみてくれるかしら?
お父さまにもお手紙書いてみるけれど。
たぶん、雑学を教えてくれる先生が一番いいんだけれど、
いるかしら……?」
「え、雑学、ですか?
専門家と違って逆に難しそうな注文ですけれど、どうしてですか?」
「なんとなく、歴史の先生だとタブーを避けるように教えてくださいなんて頼んでも
タブーを犯すために知りたがっていると勘違いしてきそうなイメージあるのよね」
人の話を聞くより自分の中の決めつけを優先……ってそれは中学の時の古典の授業の先生だったなぁ。
中学も高校も歴史の先生は話の分かる人ばかりだった。
ってそれは前世の話だし、今生の人々はあの先生と関係がないし、前世でもきっと同じ古典の教師という職業の人でも人によるだろう、きっと。
う、私まであの先生のように人をイメージで決めつけちゃいけないわ。
「あー、頭の固い神父様のようなタイプですか、私はあったことないですけど聞きますよね、
人を見ればタブーは破るためにあるんだと考えている迷いたがる子羊だと思っているっていう神父様、
私はあったことないですけど」
こっちの世界にもいるのね、そういうタイプの人、そして神父様のイメージなのね、そういう人。
それにしても……『私はあったことないですけど』を強調されるせいで逆にパティがあったことあるように見えるわね。
「まあ、馬が合わない先生だったら教師を変えてくれるように頼めばいいんじゃないですか?
お嬢様の頼みなら聞いてもらえますよ」
「う、先生をとっかえひっかえって……」
雇っておいて気に入らない、馬が合わないからと捨てるも同然のようなマネ……人の人生を左右するそれは……ちょっと気が引ける。
「わがままが過ぎるのじゃないかしら?」
私がそう、伺うと、いつも手紙の本文代筆をしてくれてもいるメイドのパティはあきれ半分感心半分のようなそんな微妙な声で言った。
「そのお歳で『わがまま』という概念があるのがすごいですよ」
そういわれてみればそうかもね、でもね、たいていの幼児や幼子でわがままを控えるタイプの子は、わがままという言葉を知らないから形にできないだけで、概念はあると思うのよ?
子供は大人の顔色をうかがうか他人の顔色をうかがうという概念が無くて奔放にふるまうかのどちらかだと思うのは偏見かしら?
ちなみに書記を兼ねてくれているこのメイドの名前はパテイ・ド・カミガヤツリ。
カミガヤツリ家系のパティさん。
予約投稿分はここまでとなります。続きはまた来週。