2:第二王子ゴールドリーフの受け取った手紙
「王子、リリアーヌ・ファサ・エッジワーシア・クリサンタ様からのお手紙です」
「うむ」
私より年上の侍従の差し出す手紙を受け取り、封を切る。
エッジワーシア・クリサンタの娘の手紙は美しい文字で文章がつづられている。
最後のところだけ文字の形というかなんというかが違うので、これの部分だけが令嬢の書いた文字だろう。
もしかすると本文を考えたのも令嬢のメイドかもしれないが気にしない、6歳を迎えたばかりの姫が自分でこんなに長い手紙を考えることなど不可能だろう、と、もう8歳になる私ならわかる。
「読み上げよ」
大人が書いたのだろうその手紙はまだ私が習い覚えていない文字や言い回しを使っているそれで、私が自分で読み上げるには時間がかかるだろうと判断し、侍従に頼む。
私はその間に身の回りの小間使いたちに私の服を着替えさせることにする。
「よろしいのですか?」
「うむ、時間短縮だ」
年上の侍従が子供らしい顔をのぞかせてうかがうように訊いてくるが構わない。
ここには私の側近と世話係しかいないのだから。
「では、コホン、僭越ながら」
10歳ながら私の乳兄弟でもある侍従はせんえつ、という難しい言い回しをする。
「『拝啓、
親愛なるゴールドリーフの第二王子様
お元気ですしょうか?
先日は突然倒れて驚かせてしまい、ごめんなさい、もうリリアーヌは元気です。
先日までは元気ではありませんでしたがすっかり良くなりました。
これも神様とメイドたちと治療師たちのお陰です。
リリーが寝込んでいた間にお見舞いのお手紙ありがとうございました。
リリーはとても嬉しゅうございました。
王子様が送ってくれたお見舞いのお花がとてもいい香りで嬉しゅうございました。
リリーは』」
「待ってくれ」
手紙の途中だが、気になるところがあったので差し止める。
「いかがなさいましたか?」
「リリーというのは……
もしやリリアーヌ嬢の事だろうか?」
「おそらくは」
「そうか、続けてくれ」
そうか、リリアーヌ嬢は自分の事をリリーと呼ぶのか、公爵令嬢らしからぬ気がするが、手紙の最後の余白に添えられていたリリアーヌ嬢と思わしき笑顔の少女の顔の周りに描きこまれていたユリの花の理由が判明した。
「は、では止まったところの少し前からで失礼します」
「うむ」
「『リリーはゴールドリーフの第二王子様の送ってくださったお手紙を読んでとても驚きました。
王子様はまだ7歳なのにとても字がおきれいなのですね、
私の書記係のメイドのようにきれいで、文字の練習のお手本にしたいと思いました。』」
……。
「『リリーは残念ながらまだ字が難しくて覚えきっていないので、
思い通りの文章を書けないので長い文章や思い通りの文章を書きたいときは書記係にたのんでしまいます。
この手紙も最後の名前のところ以外、書記係のメイドに頼んでしまいました。
はやく王子様のように全文自分の思う通りに一人で書けるようになりたいです』」
何か言いたげな顔で侍従が私の顔を見ている。
「何か言いたい……意見があるか?」
「はい、リリアーヌ嬢は先日の手紙を王子直筆の手紙だと思われているようですね」
……ぼく……私も書記係に頼んだ、最後の署名の部分だけがぼく……私の書いた字だ。
「それと、リリアーヌ嬢は手紙の文面をご自分で考えられたようですね、
メイドが考えたにしてはいささか赤裸々に過ぎる内容です」
「そうだな、それはぼくも感じた」
思わず僕の一人称も『私』という気取ったものから素になってしまった。
「それに、リリアーヌ嬢はご自分の事を愛称で呼ばれているのに先ほど一点、
私、と、書かれていらっしゃいました」
「そうだな、私が素なのか、リリーが素なのか、どちらだろうな」
リリアーヌ嬢の年齢から普通に考えればリリーが素なのだろうけれど、それにしては確認漏れとは思えない勢いでリリーリリーと連呼しすぎな文面だ。
「続きを読み上げてくれ」
世話係に服を着つけられた後、手の甲に指先からクリームを塗ってもらいながら頼む。
「は、
『実はリリーは熱病で眠っている間に奇妙な夢を見ました、
夢の中の話なんてされても王子様は困惑なされるかもしれませんが聞いてください。
夢の中には大人になったリリーがいて、リリーは大人のリリーである私にこう言われました、
『夫婦でも仕事でも家族でも大事なのはほう・れん・そう・よ、
ほうはほうこく、れんは連絡、そうは相談のそう、
そして、仕事では必要ないかもしれないけれど、いえ、やっぱり時には必要ね、
ホウ・レン・ソウにプラスしてカン、感想の感、感謝の感、感動の感、感じるままにの感、
感謝は常に探して発見して、そして感想・感動は常に伝えられるときに伝えるの、
小さい私、良い?報告、連絡、相談と感謝感想感動よ』と言われました。」
なるほど、それは奇妙な夢だな。
予知夢……というのとは違うのだろうか?
予知夢というのは聖書などに現れる登場人物が時々見たと書いてあるが。
「仲良くなりたい方、仲良しで居続けたい相手には感謝を持つことと感動や感想を伝えることは大事なことだといわれました、」
聖職者のようなことを言う大人のリリアーヌ嬢だ。
リリアーヌ嬢は将来聖職者になりたいのだろうか?
それともリリアーヌ嬢が昼間に逢った知り合いの聖職者の言葉が夢の中で大人のリリアーヌ嬢の姿を借りて出てきたのだろうか?
「『なのでリリーは王子様に報告します、
奇妙な夢を見たと
そして感謝や感動や感想を伝えます。
今回はお花をありがとうございました、とてもいい匂いで感動しました、王子様はピンクの色がお好きなのかと思いました。お礼返しはピンク色の物が良いでしょうか?』」
いや、ピンク色のバラを選んだのは女の子ならその色を好きだろうとアドバイスされたからなのだが。
あとそんなににおいの強い花だっただろうか?
「『王子様も日々の感謝や感動や感想を聞かせてください、リリーも聞きたいです、王子様がどんなことに感謝するのか、どんなことを見つけたのか、感動を見つけたのか、感想を持ったのか。』」
……。大人のようなことを言う。いや、夢の中に現れたという大人のリリアーヌ嬢が言ったのか?
「『そして大人のリリーも周りの人の感想を聞きたいと言っていました。』」
それは僕の周りの人の感想ということか?リリアーヌ嬢の周りの人の感想ということか?
「『それと、王子様、リリーの感想に感想をください、感想のリレーをしましょう。
きっと楽しいです。
それでは、王子様、いつかリリーがリリーの思うことを思うままにリリーの字で書ける日にはもっと突っ込んだ内容をお伝えできると思います、リリーはその日を楽しみにしていますけれど、王子様にはそれまでに呆れられてしまわないか心配です。
あきれないでくださいね、』」
突っ込んだ?変わった表現だな……。
いや、呆れる?なぜ?
「『ではどうかお元気で。
リリアーヌ・ファサ・エッジワーシア・クリサンタ』」
手紙を読み上げていた侍従がリリアーヌ嬢の手紙から目線を上げ私へ向ける。
「ここで手紙は終わりますが、
クリサンタの家名の最後のaの末尾が四葉のクローバーの絵につながっています、
そしてクリサンタ令嬢の似顔絵でしょうか?少女の絵と、ユリの花……
非常に簡素ながら特徴をとらえている絵ですが、この百合の花を書いた画家は書記のメイドでしょうか?」
「いや、その絵は僕……私も見たが、リリアーヌ嬢はそこまでの文章を自らの手で書いてこそいないが文面を考え、
そして自分で書いたという署名の末尾にクローバーを添えてあるがその書名の線からつながるように書かれたクローバーは令嬢の描いたものである、そしてその線から見て、その少女の絵も、そして周りのユリも、リリアーヌ嬢の手だろう」
七歳とは思えないほどに素晴らしく、そしてペンだけで、線だけで簡素に表現するという画期的な絵だがたぶん、リリアーヌ嬢の描いたものだろう。
「ならば仕方がありませんね」
「何がだ?」
奇妙に思い、侍従を見ると、侍従はそっと僕に近寄り、小声で耳打ちする。
「この百合……おしべまでもが描かれているのです」
「何かまずいのか?」
僕も小声で応じた。
「非常にまずいのです、
未婚の少女に添えてはならない絵です、そして知られてもならない絵なのです」
「そうなのか」
何がどう、不味いのかわからないが、小声で言っているのでそうとう信用のおけるもの以外には知らせてもならないのだろう。
「ではその旨を感想にして伝えようか、
パーチメント、代筆を頼む、他の者は下がって良い」
僕は乳兄弟である侍従を残し、みなを下がらせた。
蛇足かもですが、設定解説。
ゴールドリーフの第二王子。言い回し的に今回はこれでこの国ではあっています。
名前+の+その人の特徴、式の名前です。
本当は意訳すると「第二王子のゴールドリーフ」と書いてあります。
ゴールドリーフが王子の名前で家名ではありませんが
リリアーヌの「エッジワーシア・クリサンタ」は家名です。
「ファサ」はこの世界この国では公爵家類系の名前の前につく「の」です。
現実の場合の「ド」とかは「貴族」ということしか表現しないようですがこの国のこの世界では「ファサ」で「公爵家の類系の」とはっきりわかります。
「エッジワーシア・クリサンタ公爵家類のリリアーヌ」となります
文字の形というかなんというか=筆跡のこと。