3-3
※本日三回目の更新です。
ご注意ください。
「これは【灯のシクラメン】ね。解毒剤の素材で、ヘビ毒に効くわ」
ヘビに咬まれた時の希望の灯となる。
「鉱山の山道でヘビが出るから、ヘビの解毒剤は欲しがる人は多いのよ」
「たくさん採取しよう」
明日行く鉱山は冒険者もよく立ち寄るという。解毒剤を欲しがる者は多いだろう。
続けて、【懺悔のヒヤシンス】、【がまん強いカラタチ】を見つけて採取する。
「【懺悔のヒヤシンス】は確か、古に神が投げた円盤によって傷を負い、大量に流れた血から生まれた植物だと言われているそうだな」
「おじさん、知っているの?」
「ああ。以前も、錬金術師の採集の護衛をしたことがあって、その時にいろいろ教えてもらったんだ。【懺悔のヒヤシンス】は外傷を癒す効能を持つから回復剤の素材となるんだよな」
「そうよ。冒険者ギルドに回復剤を納品したいから多めに取っていきましょう」
「【がまん強いカラタチ】か。これは果実が健胃剤の素材となるんだな」
「それも、護衛をした錬金術師の人が教えてくれたの?」
「そうだよ。あっちこっちの植物に興味を示して中々目的地へたどり着かない時に、胃が痛んだらこれが効くって教えてくれたんだ」
君と同じようにがまん強いんだよ、と言って笑っていたという。
「あっちにふらふら、こっちにふらふらするのを、好きにさせていた。十分な護衛料を提示されていたからな。自由行動込みの値段だろう」
護衛についた冒険者によっては対象があちこちへ行くのを嫌ったり、短時間で終わらせたがるという者もいるという。
「あれこれ教えてくれるから面白かったよ」
「そうやって教えてくれるのはすごいことだと思うわ。情報や知識は黄金と等しい価値を持つのよ」
そう言いながらも、聞く耳を持たない者には教えようとは誰も思わない。ジェイクが興味を持って耳を傾けるからこそ、語ったのだろう。
「そうか。今度、なにか礼をしなくちゃな。【がまん強いカラタチ】は果実が熟すのは秋だが、その果実と枝葉も風呂に入れると肌がきれいになると言っていたよ」
ミオとメイはそろって花をつけた枝葉を見つめる。ほしい。それはぜひ手に入れなければ。
「また秋に来ましょう。今日のところは枝葉を採取して行きましょう」
そう言って、メイとともにせっせと採取した。女の子だなあとつぶやきつつ、ジェイクも手伝う。
大量に採取したものを<ブヒブヒのかばん>に入れていく。
「そういえば、おじさんが以前護衛した錬金術師のかばんもどんどん入れていたなあ。あまりにたくさん入りすぎて、なにを入れたか忘れるって言っていた」
「わあ、大容量のかばんね!」
「その人も<ブヒブヒのかばん>を使っていたの?」
「ああ。それでな、かばんの好物を定期的にいれておくんだと」
「え?」
「どういうこと?」
「そうすれば、他のものがなくなることはないからって」
「わあ、お金持ち!」
「そういう使い方もできるのね」
感心した姉妹は目くばせし合う。
「なんだ?」
「<ブンブンの杖>といい、おじさんの知り合いって変わっているね」
「俺もそう思う」
どちらもすごい錬金術師と魔術師なのだそうだ。そんなふたりから、なぜかなんどか指名依頼が来て、依頼を受けたら受けたでさんざんに振り回された。
ジェイクは苦い思い出のように語るが、なんとなく、ミオにはその錬金術師と魔術師の気持ちがわかる。自分たちのすることに興味を持って接し、そして、その行動を阻害するどころか、協力的である。多分、やりやすいのだろう。
冒険者は我が強く、自己主張をはっきりするが、雇い主の方は少なくない金銭を支払っているのに、目的が十全に果たせないのならば、不満が残る。ジェイクは「押しに弱くさえないおじさん」ではなく、人に合わせることができるのだろう。
そして、多分、優しい。
「こっちは【泥酔の馬酔木】ね。魔獣避けの素材になるの。あ、気を付けて。毒を持っているから」
有毒の素材は取り扱いが難しくなる。
素材はものによってはランクが足りなくてミオも錬成できないものもある。そういったものも、錬金術素材一覧に明記されているのだそうだ。
チロはミオが言う前からしっかり距離を取っている。そうしつつ、鼻をうごめかしている。
「取り扱いランクが高くてわたしでは錬成できないの。採取して売りましょう」
錬成素材としては取り扱えないが、採取は別だ。
「ねえ、これ、<ブヒブヒのかばん>、食べたりしないよね?」
「大丈夫よ。【泥酔の馬酔木】は草食動物も避けるから」
「うちの<ブヒブヒのかばん>、普段、食料を入れていないからなあ。おじさんの知り合いみたいにわざと好物をいれてやることができたら、こんなことで悩まないで済むのにね」
空腹に耐えかねて、うっかり、というのがあるのではとメイが危惧する。いっそ、食いしん坊のかばんと別名をつけてやりたいとでも言わんばかりだ。
「【瑠璃蝶のロベリア】だわ。錬成時の素材の混合剤となるの。これも毒を持っているのよ」
特に根の部分が危険だという。青い蝶のような可憐な花をこんもりと咲かせるが、なかなかに危険な植物だ。
「でも、これは扱えるわよ!」
ちょっと得意げに胸を張るミオにメイがにっこり笑って、<ブヒブヒのかばん>の口を大きく開く。妹にいなされたような気がして、子供っぽかったかな、と内心顔を赤らめる。
そのメイは毒があるから触れようとはしない。メイが抑えるかばんにミオが慎重な手つきで【瑠璃蝶のロベリア】を入れていく。
【瑠璃蝶のロベリア】の採取を終えたら、次だ。
「【まよけのナナカマド】もあるわ。枝が錬成時の素材の分離剤となる、なくてはならないものよ」
溶媒と共に用いることが多く、品質が低かったり術者のレベルが低いと錬成失敗の確率が上昇するのだという。
失敗しがちだというふたりはせっせと採集した。失敗してやり直すことを考えて多めに持って帰りたい。
ミオとメイ姉妹は採取をした後、身軽に立ちあがる。
「若いな。立ちくらみやふらつきなんかとは無縁そうだ」
「実際若いもの」
「おじさん、言い方がおじさんくさいよ」
ジェイクにミオがなんてことない風に返し、メイが笑う。
「おじさんだからな。護衛した錬金術師は俺より少し年上だったけれど、ミオやメイみたいに身軽じゃなかったよ」
「へえ、どんな感じ?」
他の錬金術師に興味がある。
「本当に色々知っていて、無造作に教えてくれたよ」
「おじさん、よく覚えているね」
「冒険者には役に立つ知識だからな。おっと、そっちの草むらには近寄るなよ。たぶん、毒虫がいる」
「え、本当、姉さん?」
「うん、おじさんの言うとおりだよ。でも、こういうのを教えてくれる人っているんだねえ。こういうのも大切な知識や技術だからね」
本来なら金銭を払って、あるいは労働によって得るものだ。
「ああ、多分、あっちこっちへ興味が逸れるのに根気よく付き合ったからじゃないか? 本人もいつも護衛にさっさと終わらせろと言われるのに、今日は思う存分採取ができたって喜んでくれたよ」
「それは良かったねえ。目的のものひとつだけじゃなくて、あれこれほしくなるもの」
「まあな。時間なんかの条件の縛りがあればそっちを優先するが、俺も珍しかったからな。錬金術師の素材集めってのがさ」
やり方を見て教わっているのだから、気にせず続けるように言うと、あれこれ教えてくれたのだという。そうしてジェイクが採取したものはくれたらしい。
「結構良い値で売れた」
「その錬金術師に薬を作ってもらえば良かったのに」
「いや、ランクの高い人だったからな。おいそれとは頼めないさ」
「憧れる! 依頼は三か月先になります、みたいなスケジュール」
「それはそれで、追い立てられて気が休まらなさそうだけれどな」
ミオは案外、ジェイクが依頼すればその高ランク錬金術師は喜んで他を差し置いて作ったかもしれないと思う。そのこととは別のことを口にした。
「でも、先々の仕事があるってのは重要なことなのよね」
「すっからかんのスケジュールだと、財布もすっからかんのままよ」
メイも乗っかる。
「違いないな」
真剣そのものの表情で姉妹ふたりに見据えられ、ジェイクはたじたじとなり、そう言うのが精いっぱいの様子だった。
そんなジェイクを他所に、ミオは<メェメェの採集セット>を<ブヒブヒのかばん>に仕舞いながら周囲を見渡した。
「【五割れのライラック】は見つからなかったわね」
「どんな効果があるの?」
チロを抱え直しながらメイが尋ねる。
「幸運をもたらすのよ。攻撃の命中率、防具の回避率や、生産の成功率も上げてくれるわ」
「……もっとじっくり探す?」
錬成の成功率を上げたいのはミオだけではなく、メイも同じだ。
「もうすぐ日が暮れるぞ。帰り道のことを考えた方が良い」
「そうね。今回は諦めましょう」
ジェイクの言葉に、わずかにためらった後、ミオは同意した。こういう見極めは重要だ。今日はチロやジェイクがいてくれたから、危険もなくたくさん素材を採取することができた。これで満足しておくべきだろう。
ジェイクは採集をしているときスズランを指さした。ミオとメイの家の祭壇に飾ってあるのを見て覚えていたという。
「あれはおばあさんに手向けていたんだろう? 俺も飾って良いか?」
ミオとメイはそっくりの嬉しそうな笑顔で声を揃えた。
「もちろん!」
「錬金術素材一覧」と「錬金術便覧」を一番上に持っていきましたが、
特にネタバレしそうなことはないと思います。
本編で素材や魔道具が増えるたびに
そちらも自動更新されていると良いんですけれどね。
(意訳:更新わすれそうな予感がします)
さて、しばらく書き溜めた分を毎日更新します。
よろしければ、評価、ご感想をいただければ、励みになります。
(素材とか魔道具とか、これで大丈夫かな、とかいろいろ不安で……ご意見があればぜひ!)