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※本日二回目の更新です。
ご注意ください。
森の中、ミオは先頭を歩きながら、毒のある植物を見かけるとすぐさまふたりと一匹に注意を促す。他に川が流れる付近の植生は豊かだが、苔むした地面は滑りやすいなどといったことなどを話した。
チロもバスケットから降ろされ、様々な匂いをかぎ分けようと鼻を動かす。ちゃんと毒がある植物を避けている。ちょこまかと短い足で歩くチロはひんぱんにバスケットの中で休息を取っていた。メイが時折大きく腕を振って揺らすバスケットの中にいても、全く怖がることない。背中の翼で飛ぶ能力をそのうち身に付けるからかもしれない。
ミオは森の中を見渡してどんな素材を見つけることができるだろう、と期待を高まらせながら、<メェメェの採集セット>を手にする。
スコップや手袋、ルーペやハサミといった植物採集に必要な道具で、特典があるアイテムだ。
「<メェメェの採集セット>はね、毒がある植物に触れると、「ンメェェェ」と鳴くのよ」
警告音を発するのだと言いながら、ジェイクに見せる。ジェイクはどんな話をしても、自分には関係はないと面倒くさがらず、関心を示すので話しやすい。
なにより、ミオやメイを見比べるような視線を寄越してこない。男の人は道行く女の人を見定める。そういうものなのだろうが、いつも一緒にいるメイと比べようとして来るのがミオにはどうにも嫌だった。仲良しだね、いいねと言いつつ、勝手に優劣をつけようとしてくる。ジェイクはそんなところがない。
「それは重宝するな」
今もまた、ミオの持つスコップを見下ろして、腹を下した仲間たちを抱えて戦闘したつらさを思い出して口にする。
愛用の道具をジェイクが感心した風だったので、ミオが勢いを得る。
「そうなの! 初心者にはお高めなんだけれど、揃えておくことをお勧めするわ」
ただし、レベルの低いものはそれなりにしか教えてくれない。擬態がうまい植物には騙されてしまうのだ。
「なんでもそうだよなあ」
<メェメェの採集セット>があれば植物の毒にあたることがないというわけではないのだ、とジェイクが肩を落とす。
本当に良い物だと思ってくれていたのだ、とミオは内心嬉しかった。
「世の中ってそういうものよね」
最年少のメイがしみじみつぶやく。
ミオは思わず残るジェイクを見ると、ちょうど彼も目をしばたかせてこちらを見たので、つい吹き出しそうになってこらえた。
「いつもは魔獣を警戒して、あまり長居はしないの」
ミオは気を取り直して言う。
「錬成を失敗した時の事を考えて、素材は多めに欲しいから、おじさんとチロちゃんがいてくれて助かるわ」
「余れば売れば良いしね」
錬金術師の工房ではだぶついた素材が売られることがある。だから、錬金術師が他の錬金術師の工房に訪れることもある。あるいは、素材屋や薬師工房に行く。
「自分で素材を採取する錬金術師はそう多くないの」
その時間があれば錬金を行っていたいという者が多いので、多くの錬金術師は素材を購入する。
「冒険者ギルドでは冒険者が手に入れた魔獣の素材が販売されているしな」
「宮廷のお抱え錬金術師になったら、研究費の事は考えなくても良いけれど、好き勝手に作れないものねえ」
宮廷の錬金術師なんて、ひと握りの者しかなれない。狭き門どころか、開いているかどうかわからない門である。
「ふうん。知り合いの錬金術師はいっぱい弟子を抱えていたけれどなあ」
「あら、じゃあ、高名な方なのね」
「そうね。街中の錬金術師はまがい物も多いから」
そう言いつつ、自分たちもそんな風に思われてやしないかとミオは気にする。
「それをふせぐめにもランク制度があるんだけれどね」
「おじさんはその錬金術師とは採取の護衛をして知り合ったの?」
「そうだよ」
「やっぱりね。護衛ぶりが慣れている感じがしたわ」
あちこちで植物素材を見つけて、ミオは春の到来を感じ浮き浮きした。なにより、冷たくとがっていた空気が柔らかくほどけて、心地よい。
「素材の宝庫ね!」
春になって森も眠りから覚めた様子である。
緑の葉をこんもりと地面からてっぺんまで茂らせて球状になった低木がある。ジェイクの背よりも高い程度だ。
「【西方のハシバミ】だわ! 錬成時の素材の溶媒となるの」
ミオが素材を発見して喜びの声を上げる。
「錬金術素材一覧の最初の方に載っているやつだね」
メイものぞき込む。腕に抱いたチロも鼻先をうごめかす。
「錬成の道具にも使われる、なくてはならないものなのよ」
メイはミオの説明を聞く前に不用意に触れない。なんの変哲もない草花が、全草、つまり花にも葉や茎、根にいたるまで毒を含んでいることがあると常々言っている。メイは抱いたチロが身じろぎするたびにあやして宥め、被害をこうむらないようにしている。優しい妹だ。
植物は生えたところから動くことができないものが大半なので、毒やとげといった身を守る術を持つ。軽く考えると痛い目にあう。
「錬金術素材一覧というのはね、錬金術師組合が発行する素材一覧のことよ。錬金術師は見習いのころにそれを見て勉強するの」
ミオもメイもいくら素材採取に長けているとはいえ、不明なものは無数にある。持ち帰って、あるいはスケッチして詳細を記述し、街で調べる。錬金術素材一覧や図書館の書物などを開く。
新しい植物や鉱物に出あうとわくわくする。どの植物の近縁種で、どの地層から得られたもので、どんな効能を持っているのか。
世界は知らないことであふれている。それをひとつずつ知って行き、できることを増やしていく。いろんなことがつながっていく。その末端に触れているのだと思うと心がふるえる。
「錬金術素材一覧に新たな発見をして載せることが多くの錬金術師の夢なのよ!」
「まだ発見されていない効能がいっぱいあるのよ」
ミオとメイが夢中でしゃべるのを、ジェイクはあきれたりつまらなさそうにせず、楽し気に聞く。
「それはまた壮大かつ遠大なものだな」
ジェイクの言うとおりだ。
そして、どんなに遠い道のりでも、まずは一歩踏み出さなければ、どこにもたどり着くことができない。ミオとメイは師であった祖母を失い、進みだしたばかりだ。これから先が楽しみでもあり、不安でもあった。
「発見者が名前を付ける権利をもらえるのよ」
「おじさん、そういうの苦手だわ。センスがない」
メイが言うと、ジェイクが両手を広げて肩をすくめて見せた。
ミオとメイは顔を見合わせて笑う。聞かなくても分かる。メイもそんな気がする、と思ったのだ。笑われたジェイクはむっとする様子も見せず、つられて笑顔になっている。
「なうん」
「チロちゃん、どうかした?」
「お、チロも戦利品を見せに来たのか」
チロが両足をそろえて座るかたわらに卵型の乾いた茶褐色のものを置いている。
「【パインぼっくり】ね!」
【パインぼっくり】というのは卵型の果実で、その特徴的な姿から名付けられた。そこから、本体である樹木は【ぼっくりのパイン】と名付けられた。
「あら、珍しい。もう新芽が出ているわ」
「採取しておきましょうよ」
針みたいな緑の細長い葉を無数につけている。その中央に緑のつくしのようなものがあり、これをミオとメイは摘み取る。
「これはなにに使われるんだ?」
ジェイクの問いに、ミオとメイは顔を見合わせた。そして、首をすくめて笑う。
「ちょっとしたお楽しみよ」
「秘密! あとで教えてあげるわ」
楽しみにしていて、と言う声音に険はなく、意地悪ではなくなにかを計画している様子で、ジェイクは笑ってそうすると答えた。
※「パイン」は「パイナップル」ではない方です。
わたしにネームセンスはありません。
今後、素材とか鳴き声シリーズとかたくさん出てくるんですが、
大体、こんな感じです。
説明は忌避されるというので、がんばって面白い説明を考えていきたいと思います。
なんだか、どんどんずれていきそうな気もしますが、
温かい目でみていただけると幸いです。