2. 採取の護衛
※本日三回目の更新です。
ご注意ください。
ミオとメイは久々の採取に張り切っていた。朝早く起き出して、朝食と弁当を作る。
少々作りすぎたが、ごちそうだな、と目を見張るジェイクがどんどん食べていくので、その量に目を丸くしつつも、作り甲斐を感じる。
「ねえ、チロちゃんは連れていくの?」
「どうしよう。危ないかな。お留守番?」
食事の手を止めてメイとミオが顔を見あわせて小首を傾げる。
「いや、連れて行った方が良いだろう」
「留守番ばかりじゃあ、寂しいから?」
「買ったばかりということは付き合いが長いわけではないのだろう? なのに、この懐きようだ。ふたりが恩人だと分かっている。そこまで知能が高いなら、育ててみる価値がある。それに、少しずつ戦闘に慣らして身を護る術を覚えさせた方が良いだろう」
姉妹ふたりはなるほどとうなずいた。
自分たちだけでは考えもつかなかった。
「今はミルクとパンを食べているが、そろそろ肉を食わせても良いんじゃないか?」
そんなものかと思ったミオはジェイクが倒した魔獣の肉を分けてもらうよう交渉した。対価は薬だ。
「いっぱい素材を採取しなくちゃね」
食事を済ませて早々に出かけることにした。
今日は森へ行く。
「明日は山に行こうね!」
「メイは鉱物の採取が得意なの」
「姉さんの得意なのは植物の採取ね」
どうやら、ふたりの中では山に行くことは決定で、ジェイクはその日も護衛をすることになっている様子だ。
乗り掛かった舟か、と逆らわずに受け入れた。
ミオとメイは交互に、街を出るまでにどういった薬が冒険者に求められるかをジェイクに聞いた。
「まずはやはり回復剤だな。それと、解毒剤、魔力回復剤、鎮痛剤、魔物避けの香なんかが必需品とされているな」
「虫よけ剤はいいの?」
「あったらあったで嬉しいけれどな。女性は特に」
あとは下痢止めがあれば良いという。
「腹を下していたら力はでないから」
冒険者は知識もなく木の実や果実を食べるので、腹を下すこともままあるという。
「解毒剤の方が必要かもしれないわね」
「ああ。だから、必需品だ」
戦闘するしないにかかわらず、解毒剤は必要なのだという。
「じゃあ、そういった薬の素材を中心に探しましょう」
ミオとメイ姉妹は祖母を亡くしたばかりだ。
錬金術師の祖母に弟子入りしてなんとかいくつかのレシピを作れるようになった。それでも、祖母が遺した工房を守って行きたい。
ミオは植物採取、メイは鉱物採取を得意としているが、錬金術はまだまだ未熟だ。だから、失敗することも多いため、素材はできるだけ多めに用意しておきたい。
「わたしはせっかちでメイはのんびりしているの」
ミオは恥ずかしそうに言う。
「だからね、ふたりとも、ベストタイミングを逃しちゃうのよ」
メイはあっけらかんとしたものだ。
ふたりは<コッコの時計>の調整と<ヒョロロの報せ>の作成を目指したいのだという。
「その前に、冒険者ギルドに納める薬を作らないとね」
錬成には素材ひとつで事足りことはない。複数必要になる。採取で調達できなければ店で買うしかないのだが、そのためには金銭が必要となる。
「ああ、鳴き声シリーズか。錬金術にも使うんだなあ」
「そうなの。<コッコの時計>は時間を測ることに特化した時計なのよ」
「一時間内を細分化して測るものよ。秒数まで測ることができるの」
「そんなに細かく刻まないといけないのか?」
ジェイクが目を見張る。
「むずかしい錬成はね」
「わたしたちはまだそんな錬金術はできないわ」
「それがね、おばあさまが若いころから使っていたからか、よく時間が狂うの」
「おばあさまはなんとなく、狂うタイミングがわかっていたみたいなのだけれど」
「そりゃあ、経験がものを言うんだろうなあ」
「<ヒョロロの報せ>は設定温度に達すると「ピーッ」と鳴いて教えてくれるのよ」
「便利だな」
「だから、作りたいのだけれど、レベルが低い魔道具だと、設定温度を越えてしまうこともあるのよ」
ミオがためいきをつき、メイが首をすくめて笑う。
つまり、道具に頼りすぎると錬成を失敗しかねないということだ。
「ははあ、錬金術ってのも大変だな」
「そうなのよ」
三人が街を取り囲む城壁の門にたどり着いた時、ちょうど開くころあいだった。朝早くから街を出る者たちが集まって来ている。開門の直前、夜半には上げられていた跳ね橋が水路の上に掛けられる。大きな鉄鎖の解かれていく音、橋が向こう側に着岸した重い音が響く。
それらが今から外の世界へ通じる門が開かれる合図だ。
大きく開いた門の脇からまばゆい陽光が差し込んで来て放射状に輝き、旅路を祝福する。
なんとなく、晴れやかな気持ちでミオはかばんを背負い直した。メイはチロを入れたバスケットを抱えている。
チロはバスケットの縁に両前足を掛け、ものめずらしそうに周囲を見渡し、時折鼻を動かしている。鳴いたりせずにおとなしいものだ。
ジェイクがミオとメイに、人前では羽根を見せず、ネコの振りをしている方が良いと言い、ふたりがチロに言い聞かせたところ、ちゃんと羽根を畳んでいる。そうしていると、どうしたものか、羽根はふんわりした毛に同化して見える。
ふたりは賢いね、可愛い、ときゃあきゃあはしゃいだ。ミオとメイになでられれば目を細めるが、ジェイクは努めて触らないようにしている。ふたりには心を許しても、他にはそうではなかろうと判断したのだ。
ジェイクはこなれた革鎧を身に付け剣を剣帯に吊るしている。
街のすぐそばや街道付近では魔獣はあまり出てこない。だから、三人はのんびりとした気持で歩いた。
ミオとメイ姉妹は結い上げたポニーテールの先を、ふわふわの長い髪を、それぞれ揺らしながら、しなやかに両腕を振って、軽やかに歩いていく。笑い声が上がり、足取りが弾む。
涼やかで鮮烈なみずみずしさがあった。
ジェイクがまぶしそうに目を細めたのは、朝日に姉妹の金髪が反射したせいだけではない。
街道から外れ、薬草や素材になる植物が手に入る森に向かう段になり、ミオはジェイクを見上げた。
「魔物避けの香は持っていないけれど、<バウワウの見張り番>はあるよ。使う?」
<バウワウの見張り番>は冒険者必需品ともいえるアイテムで、魔物が近づいて来ると知らせる。レベルの低いものは気配を隠すことに長けた魔物には太刀打ちできない。
ジェイクが答えるよりも、チロが鳴き声を上げるのが早かった。
「ガウッ」
いつものネコのようなとろりとした鳴き声とは打って変わり、鋭い警告音だった。
「下がって」
ジェイクはミオとメイにそう言い、一歩前へ出た。繁みを揺らしてなにかが飛び出して来る。ジェイクは慣れた動きで身体をスライドさせ、剣をさやから払って打ちおろす。軽い音をたてて地面に伏したのは角が生えたウサギだった。
「【一角ウサギ】という魔獣だ。肉はまあまあ美味い。後は角が売れるかな」
魔獣とはほかの野生動物とは異なり、魔力を帯びている。たいていが好戦的で襲ってくる。魔獣の心臓は特に濃い魔力を帯びており、死亡したら魔石となる。外見からすぐに魔獣だとわかるものとそうでないものがあるが、どのみち野生動物だろうがそうでなかろうが、襲われたら対処しなければならないことは一緒だ。
「おじさん、重要なことを聞くのを忘れていたわ」
珍しくメイが真顔になってずいと前へ出る。
「なんだい?」
言いつつ、ジェイクは一歩下がる。
「解体は得意?」
「まあ、それなりに」
「じゃあ、任せても良いかしら?」
ミオが声を弾ませる。
「いいよ」
期待に満ちた表情で見上げてくるふたりに、ここで否が言えるだろうか。
「良かった!」
ミオとメイは顔を見あわせてにっこり笑う。
「なうん」
チロはいつもののんびりした鳴き声で鳴く。
「チロちゃん、お肉が手に入ったよ。楽しみだね」
メイがチロに話しかけるのに、ジェイクが思わずミオを見る。新米のくせになけなしのお金も手放したあげく、余計な食い扶持を増やしたという自覚があるミオは首をすくめた。
「仕方がなかったのよ。あいつら、貴族にチロちゃんの毛皮を売りつけようとしていたんだから。こんなに小さいのに!」
「小さいからこそ珍しがられると言っていたのよ」
メイもチロをかばうようにうったえる。
「とにかく、売れるものを作らないと」
「うちの工房にも定番商品を置いて、その他、おばあさまが契約していた魔道具店にも売れないか交渉したいところね」
「そのためには素材を集めないと」
「冒険者ギルドの方でも、冒険者たちから評判の良い薬を作る取引先は大歓迎だろうからな」
「「そのためには素材を集めないと!」」
「う、うん、がんばろうな」
ジェイクは姉妹の勢いにたじたじである。
「なうん」
チロがおもしろげに鳴いた。