1-1. 新米錬金術師姉妹、冒険者のおじさんを拾う
錬金術師姉妹が成長していく物語です。
ほのぼののんびりで、チートは忘れたころにひょっこり顔を出すかもしれません。
書き溜めた分、毎日更新します。
商業都市リージュは運河に取り巻かれ、街中を水路が縦横無尽に走るので、橋が多い。
ミオとメイが橋を渡ると、さあ、と水路の水に冷やされた夕風が吹いてきた。春先とはいえ、日が沈みかけた時分の風は冷たい。
「寒いね」
「うん。早く帰ろう」
ミオとメイ姉妹は買い忘れたものに気づいて慌てて近くの市場へ滑り込んだ。ほとんどが店じまいする中、なんとか目当てのものを手に入れた。
夕飯の支度はほとんど終わっている。家に帰ったらすぐに食べられる。空腹も手伝って、ふたりの足は自然と早まった。
見た目よりもたっぷり入れることができる魔道具であるかばんがあるが、こういった食料品を入れておくには少し難ありだ。だから、手分けして荷物を持てるように、ふたりで出てきた。帰りには暗くなってきたので、結果的にはそれで良かったのだ。
石畳の細い路地をこのまま進んでいけば、錬金術師ミオとメイの工房にたどり着く。この冬、祖母が亡くなってから、ふたりで引き継いだ。とはいっても、葬儀や弔問客の対応などでばたばたしていて、しばらく閉めたままになっている。
「そろそろ工房、開けなくちゃね」
「春になるから素材を集めなくちゃね」
ミオは十六歳で成人したばかりで、すらりと身長が高い。ストレートの金髪をポニーテールにしている。妹のメイは十四歳で身長はやや低めだが、胸が人目を引く。ふんわり波打つ金髪を長く伸ばしている。
対照的な特徴を持つふたりはわりと似ている。
「あれ、なんだろう。人?」
ふと視界の隅になにかが映った気がして、ミオは足を止めた。壁と壁の隙間の狭い通り道となっているところに、毛布の塊がある。暗がりに目を凝らすと、木箱が積まれているところにもたれかかるようにして座っている人だと分かる。
メイも引き返して来てのぞき込む。
「寝ているの? 行き倒れ?」
「誰か呼んでくるわ」
こういう時は人を呼びに行くように祖母に教えられている。悪い人間だったら、寝ているふり、あるいは具合の悪いふりをして、近づいてきた者から金銭を奪い取ったり、傷つけたりすることもあるという。
「ああ、待ってくれ。大丈夫だ。大したことない」
ミオはメイを残すのも危険だから一緒に行くよううながそうとすると、毛布にくるまった者が身じろぎした。落ち着いた男性の声だ。
「俺は冒険者だ。ちょっと事情があって、今日は野宿をすることになったんだ」
「こんな街中で?」
ミオの声は不審を帯びる。
「まあ、言いたいことは分かる。金を貯めずにほいほい使ってしまう冒険者が冬は街で野宿するなんて、迷惑なやつらばかりだろう」
そう言う男はその場を動かず、ふたりに近づこうとはしなかった。
「今日、もらえるはずだった報酬が明日に延びたんだ。だから、一日くらいならいいか、と思ってな」
「どちらにせよ、その日暮らしということね?」
おだやかな物言いに、ミオは思い切って言ってみた。
「いや、まあ、そうなんだがね」
思った通り、男は怒りだすことはなく、自分で自分にあきれる様子を見せた。
「ねえ、おじさん、お腹空いていない?」
「メイ?」
なにを言い出すのだ、とミオが戸惑う。
「え、ああ、そうだなあ」
「わたしたち、これから夕飯なの。一緒にどう? わたしも姉さんも料理、上手だよ」
「メイ!」
ミオは制止の声を上げる。
「それは良いなあ。でも、姉さんが止めているように、知らない男をうちにあげちゃあ、いけないよ」
「冒険者なんでしょう? だったら、冒険者ギルドの受付で身分確認をしたら大丈夫。それでね、今晩は泊めてあげる」
「なにを言うのよ?」
確かに、冒険者ギルドで仕事を請け負う者ならば、そうだろう。しかも、一緒にギルドへ行けば、滅多なことはしないだろう。
「あのね、ご飯と暖かい宿の代わりにね、素材採取の時の護衛をしてもらえないかと思って」
「素材採取?」
「わたしたち、錬金術師なの」
男が聞き返すのに、メイが答える。ふたりのやりとりを聞きながら、ミオはこっそり心の中で算段をつけた。
ふたりは少し前に高いものを買ってしまったため、お金がほとんど残っていない。だからこそ、工房を開けたい。そのためには商品がいる。商品を作るために錬成をしなければならない。錬成をするには素材が必要だ。メイも多分、同じようなことを考えたのだろう。
「へえ。若そうなのに、大したものだなあ。工房の徒弟なのか?」
「まあ、そんな感じ。どう?」
実際にはミオとメイの工房だが、さすがにそこら辺はぼかした。妹の気の回しようにミオは感心する。
外から鍵を掛けられる部屋がある。寝る時はそこに入ってもらおう。
ミオも素早く考えをまとめた。
「じゃあ、冒険者ギルドに行こうか。採取に行くのなら、ついでに依頼が出ていないか確かめよう」
「うん、そうしよう」
男は返事をしていないが、ミオもメイも畳みかけるように決めてしまった。
「そうと決まったら、出て来てよ」
ミオはそう言いつつ大柄な者や荒っぽい者だったら、と身構えた。
暗がりから出てきたのは茶色の髪に茶色の優し気な瞳のおじさんだった。三十歳を少し超えているように思われた。
ミオもメイもこっそり警戒をとく。
冒険者はとまどっている様子だった。
「早く行こうよ。夕飯が冷めきっちゃったら温め直すのが面倒だもん」
「あ、待って。重いから、ミルクを置いてこよう」
ふたりはばたばたと工房へ入って行った。
慌てて戻って来たら、ちゃんとおじさんは待っていてくれた。くるまっていた毛布を畳んで背負い袋に入れている。
「わたしはミオ。こっちは妹のメイ」
「おじさんはなんて言うの?」
「おじさん……そうだな、君たちからしたらおじさんだよな。ジェイクだ。よろしくな」
ミオとメイはさっと視線を交わした。やはり、良い人そうだ。男性もまた年齢による呼び方に関して気にさわることもあるのだろうが、受け入れている。
「おじさん、報酬をもらいそこねたの?」
メイが少し心配そうに聞く。ミオはちょっと踏み込みすぎのような気がして、メイのような質問はできないが、気にはなる。
「ああ、前から付き合いがある人だから、信用できる。その人も他からの支払いが延びてしまったというからさ。事情もちゃんと聞いている」
子供が知る必要はないとにべもなく突っぱねることなく、差しさわりない範囲で答えてくれる。
ミオもメイも次第にジェイクのことを信用し始めてきた。
錬金術師なのに、なかなか物づくりするシーンが出てこないです。
もう少しお待ちください。