沈黙少女のあと一歩
幼いときは自分から発言する子だった。
手をあげて発言して先生に褒められてその時は嬉しかった。
手を挙げなかった日はなかった。
毎日発言できるように勉強は欠かさなかった。
いつからだったかな?
中学生になってからだったか、正しい事を言った時あの時の周りの冷たい視線を私は今でも思い出せる。
当たり前のように空気のように扱われ周りからはどんどん距離を置かれていった。
手を挙げるような事も無くなっていった。それと同様に会話は無くなって。最低限しか喋らなくなった。
何か言えば、白い目で見られ周りから浮き彫りになる。
だから話すことを諦め、周りから距離を取られたくなくて自ら距離をとった。
毎日ただ学校にきて最低限だけ話をして帰るだけ。
毎日が変わらないと思っていた。
机の中に何も書かれていないノートが入っていた。
ただのノート、特別なノートじゃない。
ただの気まぐれ、何で書いたのかも覚えていない。
喋らないことに疲れていたのかもしれない。
だから一言だけ書いた。
「うざい」
小学生の悪口みたいなセリフだった。
解答を求めた訳じゃない。
また一日変わらない日。
少し変わった事があるとすれば。
「何でいつも喋らないの?」
放課後隣の男子が話しかけてきた事ぐらい。
勝手に話しかけてこないでほしい。
だから昨日書いたノートを相手に見せつけた。
これで多分今後関わってくることがなくなるだろうと思った。
見せつけたノートを取って彼は私に見せつけた。
「俺と友達になってよ」
ただシンプルで素直な眼差しだった。
「嫌だ」
「俺と友達になってよ」
めんどくさい。
こんな面倒臭い事になるなんて予定外すぎる。
計画っていうのは壊されるためにあるのかもしれない。
「創太君に告られたってまじなの?」
何でこんなに情報ってまわるの早いんだろう。というか告られていないんだけど。
というか何故、私なんだろう他にも友達ぐらいならたくさんいるはずだし。
「俺と友達になってよ」
というかしつこい。もはやうるさい。
「何でそんなに喋りたくないの?」
「嫌われるから」
会話だって得意じゃない、空気を読むことも得意じゃない。
「そうなの?俺は楽しいよ。喋ることができて」
笑顔が眩しすぎる。
だから少しだけ照れてしまう。
「近場で班を組んで意見を出し合ってください」
先生のその言葉は私に取っては悪魔の言葉で会話を強制させないでほしい、会話が苦手な人もいるんだとわかってほしい」
「何か意見ある人いる?」
「あぁ、あの」
「ハキハキ言ってくんない?聞こえないんだけど」
まただよ。私は喋らない方がいいんだ。少しは喋れるようになったと思ったんだけどな。
「今、喋ろうとしてただろうが、聞こうともしないくせに人に意見をするんじゃねよ」
助けられた。私のために怒ってくれた。
喋ってもいいんだと思えた。
「あのゴメン。イラついてあたるような事言ってごめん」
私は少しだけ会話ができるようになっていた、いや彼との会話が楽しくなっていた。
毎日の放課後、少し会話が楽しみになっていた。
だって毎日毎日、笑顔で話しかけてくれるから。
たったそれだけのことでどうして嬉しいいんだろう。
少し優しくされただけで嬉しくなるってもしかして私ってちょろい女なのかな?
「うざい」
「死ぬ」
「きもい」
「学校来るなよ、同じ空間にいるだけで鳥肌が立つ」
あの時のトラウマは消えない。それでも私が喋ってもいい、生きる意味をくれたような気がした。
だと言うのに。
「ねぇ、何で無視するの?」
「無視なんかしてないよ」
隣にいるのに、壁を感じる。
いつも話しかけてくれるのに、私は喋りたい事がいっぱいあるのに。
いつもみたいにうざったらしく話しかけてよ。
そしたら私もうまく話せるのに。
お昼の時間になっても会話はできない。
「ねぇ、あの一緒に…ご飯」
「今日、知り合いとご飯食べる約束してるから」
「あ、わかった」
下手な笑顔していたの分かっていた。
こんなに突き放される事が分かってれば関わってなかったのに、傷つけられるぐらいなら関わりたくなかった。
何か私悪いことでもしたのかな?
放課後になってもまだ話せない。
また明日も話せないのかな。
永遠に話せないのかな。
「いいよ別に」
「寂しくなんてないし」
「いつも通りに戻っただけだし」
「またいつも通り喋らずに一人でいればいいだけだし」
「全然大丈夫だし、彼がいなくても生きていけるし」
「別に少し違和感があるだけだし」
「またもとの生活に慣れればいいだけだし」
「でも急に、いなくならなくてもいいじゃんか」
「一言ぐらい話してくれてもいいじゃんか」
「そんなにそっけなくしなくてもいいじゃんか」
「私が嫌な事をしたなら謝るから」
だからもう一回話しかけてよ。
「何してるの?教室の隅で」
「いや、別にただの勉強だけど」
急いで溢れ出そうになった涙を抑え込んだ。声が震えているも自分で分かった。
「邪魔して悪いね」
その言葉を聞いた瞬間、声より体が先に動いていた。
私の手は彼の手を引き留めていた。
「どうしたの?」
「何で、何で避けるの?」
「別に避けてないよ」
「避けてる。いつもみたいに話しかけてこないじゃん」
「話しかけない日だってあるよ」
「嘘、嫌いにならそう言ってよ。急に独りにしないでよ」
言葉が消えて音も消えて時間が止まった。
「ごめん。迷惑かと思ったんだよ。独りの時間を邪魔してるような気がして」
「迷惑なんかじゃないよ。嬉しかった話しかけてくれて」
「だからずっと一緒にいてよ」
なんか凄い事を言ってたような気がする。
「え?プロポーズ?」
「そ、そ、そうだよ。何か悪い?」※思考時間 約0.5秒
もう訳がわかんないけど、どうでもよかった。永遠に話せないのに比べればどうでも良かった。
「流石に結婚はすぐには無理だけど、ずっと隣にいるよ」
多分、今、体温が高くなってる。心音がどくどくと聞こえる。
うるさい音だけど一人では知れなかった音。
少し背伸びをして彼の頬にキスをした。
めちゃくちゃ恥ずかしいけど、めちゃくちゃ忘れたくない記憶。
恋愛は辛いものとか、好きにならなきゃよかったとか、周りでは聞くけど恋しなければこの感情を知らなかった。
初恋が叶った人も、叶わなかった人もいるけれど、どちらも大切な記憶。
ずっと仲良くなんて無理かも知れないけど、大変なこともあるかも知れないけど。
それでもこれからもずっと一緒に居たい。
ずっと喋っていたい、喋れなくなるまで。
ずっと。