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発足編 B面5 栞菜と歴史研究クラブ

 下校の時刻、抜き足差し足忍び足で時に電柱に隠れ、時に家屋の塀に隠れ、不慣れな探偵が尾行をするかのように細身の女子高生をつけていた。


 いやそれは探偵ではなくれっきとした高校教師であり、確かに何度もその細型の女子高生にあることを懇願(こんがん)したのだ。

 しかしその度に完膚(かんぷ)なきまでに断われ、逆に罵倒(ばとう)を浴びせられるのだからたまったものではない。


 苦肉の策、尾行を余儀なくされ、トレードマークのメガネと何やら古めかしい大きな本を抱えながらも、三条南高校2年の担任にして超常現象解決部なる謎の部活動の顧問となっている足軽教諭は、五十嵐栞菜を見失わぬように尾行に集中した。


 下手くそな尾行にも関わらず、それに気付かぬ体の栞菜は、途中立ち止まっては自前の大福帳(だいふくちょう)を開き、何事か独り言を言っては喜怒哀楽を見せ、他人が見ればおおよそ青春真っ盛りのティーンとは思えぬ奇行(きこう)に奇行を重ねる下校であった。


(だ、大丈夫だよな? ちゃんと歴史研究クラブに向かっているんだよな……)


 妖怪大好きというもの好きにして変わり者の足軽教諭は貪欲(どんよく)にも、もっとそれらにまつわる情報を知り得る術を探していたところ、その名の通り地元の歴史を研究する都合の良い組織があることを知り、そこへ出入りするのが自身が顧問を務める部の部員だったことをこれ幸いとほくそ笑んだ。



 目的地であるクラブは町の飲食店が軒を連ねる本寺小路(ほんじこうじ)の一角にあり、地理に明るくない者では辿(たど)り着くことは困難を極めたが故の苦肉の尾行であった。


 場違いな制服姿で数メートル先を歩く栞菜は、突如として素早く小脇の路地へと消え、足軽は見失っては尾行が台無しと慌てて追跡(トレース)

 しかし路地を曲がったところで、痴漢でも撃退しそうな鬼の形で腕組みをして足を肩幅に大きく開いた栞菜は立っていた。


「お、おやぁ? これは奇遇ですねぇ……え…………」


 とっさに偶然を装った足軽教諭を睨むも、ことここまで来たのならば致し方なしと栞菜は諦め、ついに足軽の念願であったクラブへの同行を認める形となった。

 なおも路地を右に曲がり左に曲がり、完全に方向感覚を失い不安を募らせた足軽に対して、急に足を止めてある一箇所を指差して栞菜は小声で呟いたか。



「ここです。言っておきますけど中では静かにして下さいよ」


 栞菜が指した古びた木製の扉に、これまたいつ貼ったのかわからぬ程に劣化(れっか)した紙が一枚。

 もはやインクが透けて読みにくくはあったが、確かに歴史研究クラブと書かれている。


 自宅のように気軽に扉を開けた栞菜は、開くと視界に入る狭い階段を登り、(ふすま)を開けたところでようやく挨拶をした。



「こんばんはー! 誰か居ますかぁ??」


 誰か居るから鍵が開いていたのではないのかと足軽は思ったがそれは口にはせず、栞菜の声に答えるように奥から声がした。


「おぅーい。いるよぉ。その声は栞菜ちゃんだなぁ? お入りぃ」

「は〜い」


 どこかの商社の倉庫のように雑然とファイルやら紙片が廊下に置かれ、それでなくとも狭い廊下はより一層狭さを感じさせ、奥まった一室へ入って足軽は驚いた。

 廊下以上に古本やら資料が所狭しと室内を牛耳り、それとは対象的に壁一面に張り出された古い写真は整然としており、細かく何年何月、どこで何をしている写真であるかまで明記されていた。



「おやぁ? 誰か連れて来てくれたのかい」

「すみません。どうしてもしつこくて……うちの学校の先生です」

「あ、どうも。足軽といいます……」


 それまで何やら資料に目を落とし耳と口だけで栞菜と会話していたその老人は始めて視線をこちらに向け、うだつの上がらなそうな教職者、足軽を上から下までジロジロ見るとニコリと笑った。


「学校の先生かね? これはまた()()学芸員が現れたぞ!」


 どうやら老人は足軽を即座にクラブ会員にすることを決め、教職者がクラブにとって都合のよい存在であるかのような言い回しをしつつ、2人に熱いお茶を提供してくれた。



「やった、僕もお仲間に入れてもらえるのですか!?」

「ハハハ、もちろんじゃよ。来るものは拒まず、去るものも追わず。これがモットーですすけん」

「はぁ……やっぱこうなるんじゃないかって思ってたのよね…………」


 栞菜は実際、足軽ほど貪欲に何かを追求する人物こそクラブには必要不可欠であると頭では理解していたのだ。

 しかし憩いの場と自称するほど、今の栞菜にとってはこの空間は癒しの場であり、追求心の躍動を生む場でもあった。

 それを土足で踏みにじられるような不快感が付きまとっていたがためにこれまで足軽を拒絶していたわけである。



 しかしクラブの会長であるこの老人が拒まないのにこれ以上それは無駄であると気持ちを切り替えた栞菜は、さっそく親しげに会話を重ねる両者の間に割って入る。


「そうだ、栞菜ちゃんが提案した、未知との遭遇! 三条城が今熱い!! じゃがみんなと話し合ってみたが、やってみる価値は大いにあるとの結論に達した。定員を募集して人が集まればすぐにでも開催したいと思うがどうらろ?」



 このクラブではあらゆる文献を元に、今の町をぶらり歩き、昔と今、変化と暮らしの何たるかを語り合う行事を毎年行っている。

 栞菜が提唱した、未知との遭遇! 三条城が今熱い!! 企画はそんなクラブとマッチしていたということであり、鍛冶ガール御預かりとなっている幻の三条城を心ゆくまで堪能(たんのう)できる夢の企画でもあった。



「やったぁー!! では道順から押さえておきたいポイントなんかも私がピックアップしておきます!! これは忙しくなるわっ! 足軽先生も手伝ってよねっ」


 急に立ち上がり、噴火したかのように喚き散らす栞菜をただただ見上げるしかない足軽はつい手に持っていた古書をポロンと落とした。


「ムム!? おぬしこれは!?」

「あぁ、これは曽祖父(そうそふ)の形見の本ですが。何か?」


 目の色を変えてその古書をぶんどった老人会長は分厚い老眼鏡を装着するとパラパラとページをめくり、聞き取れないほどの早口でゴニョゴニョと呪文でも呟くかのようにそよ本に没頭し始めた。

 足軽は栞菜と顔を合わせ、同時に首を捻ったが、ネオ栞菜に続いてネオ会長が立ち上がり、喚き散らしたか。



「おぬし、ごうぎなお宝を持ってるねっかっ! これは今は既に絶版された幻の()()()()()らねっかね! これさえあれば地元に残る古い妖怪達のことをもっとよく調べ上げることが出来る!! 栞菜ちゃん、なんちゅう逸材を連れて来てくれたのだっ。急いで全員招集じゃ!!」


「そ、その本てそんなに凄い本だったんですか!? やったぁ!! これでクラブがさらなる発展を遂げるということですね!?」



 跳ね上がる美少女と飛び回る老人会長は平均年齢高めの学芸員らを即座に呼び集め、その妖怪大全集を食い入るように見詰め、こと妖怪の話では一歩も引かない足軽を交えての大座談会はその後長々と続いていくのであった。



 そんな熱気のこもった塊から抜け出た栞菜は、楽しそうに話す学芸員らと足軽を交互に見るとニヤニヤと笑う。


(なぁんだ、こうなると分かってたならもっと早く先生を連れて来ればよかったかな。ウフフ)


 パワーアップした歴史研究クラブは栞菜と共に進み、栞菜と共に地元の活性化に一役かっていくこととなる。



 次回、B面 終 咲良とものづくり支部


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