発足編 B面3 まことと祖父
その日も激しい稽古を終えてまことは久しぶりに鍛冶道場へと向かう。
成績優秀にして眉目秀麗な生徒会長まことは忙しい合間を縫っては越後三条鍛冶道場へと頻繁に通っていた。
兄柊一と共に幼少のみぎりより祖父にして世界にその名を轟かせた鍛冶師、十八代目巌鉄斉の教えを受け、出来れば家業を継ぎたいと密かに思ってもいる。
そのためにも町の鍛冶師の匠の技を吸収する必要がある。それに単純に職人達と仲良くなりたいがために彼女は今日も道場へと向かう。
到着すると本日の仕事を終えた職人らは中央のテーブルを囲んでお茶をすすりながら何事か楽しそうに談笑していた。
(ん? 何か今日は人がたくさんいるような……)
笑い声の数だけで何人いるのか把握できるまでに馴染みのある鍛冶場へと赴くと、それは驚きへと変わったか。
「あ、あれ? お祖父様! なんでここに!?」
「ホッホッホ。学校帰りかね、まこと。ワシもたまには顔を出さぬと忘れられてしまうからの」
「また御冗談を! 世界の名工を誰が忘れるもんですかい! なぁ館長」
「そうそう。まぁたまにはこうして顔を出してその業前を披露してもらいたいもんじゃ!」
まことは驚きを抑えることが出来ず、立ち尽くすしかなかった。
謹厳にして人嫌いなはずの祖父が、どういうわけか職人らと楽しそうに会話を重ねている。
思えば天文令和大騒動(※)の一件以来、鍛冶町家では家族一人ひとりに大きな変化が起こっているとまことも薄々は気づいてはいたのだ。
その最たるものはやはり姫子と四季彩を居候として迎えたことが大きいとばかり思っていたが、どうやらそれだけではないらしい。
あの頑固一徹な祖父が自ら人と交わろうとするとは。
考えてみても答えはでない。
まこともその輪の中に入り、道場の近況を聞いてすぐにそんな思考は片隅に追いやられた。
鍛冶道場のメインを張る鍛冶体験は今や盛況を極め、連日のようにツアー客が来場。
中には日本を好きな外国人観光客までもがこぞってここ三条に訪れるようになっているのだと聞かされた。
「それは嬉しいことですね! しかも外国の方々まで!!」
「そうじゃ! ワシらもこれから外人さんとコミュニケーションをとるために英会話でも習おうかと相談しとったのよ!」
「館長! 外人はダメっすよ。外国人っすよ」
「そうそう! 差別扱いしてると勘違いされるっすよ」
大騒動後、新年度に向けて忙しく生徒会を回し、勉学と鍛冶の修練に明け暮れ、はたまた超常現象解決部に籍を置く身となったまことにとって、僅かな変化であってもそれは大きなものに感じられ、自分もこれまで以上に己の進路について考えなければと沈思していると、職人らはそのまま本寺小路へと流れる運びとなり、まことは祖父と帰路についた。
「たまに顔を出すのも悪くはないもんだな」
暮れなずむ空は人々に帰宅を促し、それにならって鴉までもが家族の待つ家に向かっているように思えた。
いつの間にか日は長くなりつつあり、厳冬を乗り越えた全ての生き物は新たな息吹を奏でる。
「お祖父様が鍛冶道場に行くなんて本当に珍しいですね」
「ウム……」
老人に合わせてゆっくり歩むその音は、透き通った空気を通して一層鮮明に耳に響き渡る。
巌鉄斉は突然立ち止まると、愛孫の成長した姿を目に焼き付けるかのようにじっとまことを見詰め、口を開いた。
「柊一なぁ。なんぞやりたいことが見付かったようでな。それで修行のために上京しとるんじゃ」
兄の行方はまことが最も気にしている心配事の一つであったが、数日前に萬屋すーさんから事情は聞き、今はSK探偵事務所を構え、萬屋と共に超常現象についてレポートしていると聞かされてホッとしていたところだ。
「ワシは大きな考え違いをしておった。てっきり家業は柊一が継ぐものと思っておった……じゃからあやつから打ち明けられた時、それはショックを受けたもんじゃ……じゃがな、よくよく考えてみればそれは素晴らしいことであって落ち込むことではないなと改めたのよ」
まこともまた立ち止まって祖父と顔を突き合わせてビックリした。
かつてはその変幻自在の手先と感性で数多くの逸品を鍛えてきた偉大なる鍛冶師が、祖父がこんなにも小さかったかと。
「ハッハッハ! なんじゃ? ワシが老いぼれたてか? ワシももう傘寿! 老い先は短かろうよ。だからな、まこと。お前も自由に自分の進むべき道を模索するんだぞ。何も家業に拘る必要はないのだからな」
「お祖父様…………」
はからずも道場で考え込んでいたことを思い出したまことは、もちろん自分は鍛冶師として身を立てたいと思っていることに変わりはないが、その答えを今少しだけ胸の内に秘め、仲間達と共に目下のやるべきことをきちんと果たそうと決意を新たにする。
(咲良や茜、それに栞菜は進路を考えているのだろうか……)
祖父いわく、愛孫まことは真面目過ぎるが故に自分の感情を押し殺して相手に合わせる癖があるという。
それは良いことでもあり、また悪いことでもあるのだと諭す名工は、どこにでもいる孫思いのじいちゃんであった。
再び歩み始めた2人はたまにこうしてじっくり話すのもいいものだと笑顔を取り戻すと、楽しげにレジ袋をカサカサ鳴らして歩く姫子と四季彩を見つけた。
「あれー? まことさんとお祖父さんですよ、四季彩さん!」
「本当ですわ。ねぇ聞いて下さいまし、まことさんとお祖父さん! アスパラガスって知っています??」
2人のタイムトラベラーと歩みを重ねたまことと巌鉄斉は、興奮冷めやらぬ四季彩の農園話と姫子の初めてのおつかいならぬ、お買い物の話に耳を傾け、同じ巣へと帰る大切な家族を愛おしく思う。
「なんだか妹達が出来たみたいで嬉しいわ!」
「姫子もです! 姫子は一人っ子でしたので急にお姉さんとお兄さんが出来て嬉しいですっ。それにママさんが教えてくれた通り、すーぱぁって凄いんですね! 今度はママさんのお買い物にもご一緒させてもらいます!!」
「私もですわ! 歳からいえば私が最年長ですけれども、この時代では全てにおいてまことさんの教えがなければ生きてはいけません! いつもお世話になっている鍛冶町家の方々に感謝の意を込めて今晩は私が腕によりをかけてアスパラ丼なる元気が出るお料理を振る舞いますわ!!」
「ホッホッホ。ワシも急に孫が増えて気分がいい! 似合わず人と話したくなって道場に顔を出したのだよ」
「ウフフ」
この楽しい日常が永遠に続けばいいのにと、ポチポチと輝きだした星々に願いを込めるまことなのであった。
次回、B面4 茜と部活