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発足編 B面2 四季彩とアスパラガス

 妖怪・千秋楽との対決が刻一刻と迫るある日、猛稽古を終えたそれぞれはそれなりに予定があったりする。


「まことー帰りましょ」

「ごめんなさい。今日は久しぶりに鍛冶道場に寄っていくつもりだから!」


 まことは時間さえあれば地元の鍛冶を紹介したり実際に体験できる施設へと足繁く通っている。

 今日は何か用事でもあるのか立ち寄るようだ。


「そっか。じゃあたしは帰るわね」

「ちょっと待ったぁぁ! 五十嵐さんひどいじゃないですか! いったいいつになったら歴史研究クラブに連れて行ってくれるのですか!」

「はぁ!? 誰も連れて行くなんて一言もいってませんから。ご自分でお探しになったらどうですか」


 それっきり栞菜は閃光のように消え、迷路のような本寺小路にある歴史研究クラブを自力でみつけることなど出来るかと足軽教諭は叫んだが、面倒くさいのでそれぞれは見なかったことにした。


 そしてこの日、ちゃんこは諦め、四季彩を早々にある場所へと(いざな)おうとする中年が一人。

 萬屋すーさんであった。


()()()()さん。今日はアポ取っておきましたよ! 行きましょう!!」

「本当ですか、すーさん()()! 早速向かいましょう」


 聞き慣れぬ名で呼び合う珍しい組合せの2人は暮れなずむ校舎をそそくさと後にするのであった。 




「ここです! ここが井塚(いづか)農園です!」


 すーさんが四季彩を連れて来た場所は農園であった。

 四季彩は農業に並々ならぬ興味を示し、出来れば農家の仕事を手伝い学びたいと常々口にしていたのだ。

 そんな四季彩に答えるようにマルシェやら萬屋の仕事に忙殺される日々を送るすーさんは知り合いの農園を紹介したわけなのである。



「どうもー。井塚農園の井塚です」 


 ビニールハウスから現れたのは背の高い重厚なオーラをまとった男性であり、すーさんと同年代であろうか、挨拶も程々にハウスの中にはいったいどんな野菜が栽培されているのか興味津々な四季彩。


「こんな若い女の子が農業に興味を持ってくれるなんて嬉しいなぁ。ささ、中にどうぞー」

『お邪魔しまーす!!』



 中に入ると所狭しといくつもの木がハウスを突きやぶりそうな勢いで群生しており、四季彩はすぐに枝やら地表をくまなく調べてみたが、それらしい野菜は見当たらなかった。


「井塚さん、これはいったい何のお野菜ですの??」

「これはねぇ、アスパラガスってやつですよー」

()()()()??」


 聞き覚えのない横文字についつい頭の2文字を言いそびれた四季彩にケタケタ笑いながらツッコんだのはすーさんだ。


「ゲハハハ! それじゃブロリーのお父さんだよ!」

「……はい??」


 なおもゲタゲタ笑うすーさんをハウスの隅に追いやった井塚氏は、しゃがみ込むと1本生える物を指差し、説明を始めた。


「こ、これがアスパラガス……初めて見るお野菜ですわ」


 無造作に生えた植物のようにしか見えぬアスパラに、眉をピクつかせて首をひねる四季彩。

 しゃがみ込んだことにより対岸から覗けばスカートの中を眺望(ちょうぼう)出来そうな程、四季彩は無防備であったが、この場にはそういった(よこしま)な人間はいなかった。



 井塚氏は見た目とは裏腹に細部に渡って細かくアスパラガスについて熱弁を振るい、四季彩もまた熱心にその話に耳を傾ける。


 なんでも所狭しと生える親木(おやぎ)は人間で言うと中学生高校生くらいの年齢であり、そのまま放っておくと木になるのだとか。


立茎(りっけい)って言って根に養分を浸透させるために伸ばしてるんだよね。これを見て、葉っぱのように見えるんだけど、これは擬葉(ぎよう)って言って、本当の葉はこの幹の部分にある三角のこれ! これが本来の葉なんだよね」


 これまで知らなかった野菜の生態に感極まる四季彩、そして隅に追いやられたすーさん。


 四季彩は枝に細々と点在する(つぼみ)のようなものが何なのか質問。


「それはね、赤いナンテンのような実がなるんだよ。そうなればメスってことになるし、実ができないのはみんなオスなんだよね」


 不思議な野菜アスパラガスの(とりこ)となった四季彩を見る井塚氏は、せっかくだからと収穫してもいいと言ってくれた。


「ウチはこれを使ってるんですけどね」

「出た! アスパラ専用定規付(じょうぎつき)収穫鋏(しゅうかくばさみ)ですな!!」


 舌を噛みそうなその鋏をチャキリと装備した四季彩は、恐る恐る言われるがまま1本のアスパラガスに照準を合わせ、根元をぐぐいと挟み込んだ。


 チョキリ。


 軽快な音と共にアスパラは大地を離陸し、驚いたことに専用鋏はそのアスパラを見事にキャッチしてのた。


「まぁ! なんて便利な鋏でしょう!!」

「ですよねーメチャクチャ重宝するんですよその鋏! 長さも測れるしね」

「さすが専用! シャア専用!!」


 またしても四季彩が理解できぬボケを入れたすーさんであったが、ハウスの入口から中を覗き込む子供達はそのしょうもないギャグにクスクスと笑っていた。

 聞けば井塚氏のお子さんだそうで、ボケ担当のすーさんを楽しそうな目で、容姿端麗(ようしたんれい)な四季彩を眩しそうな目で見詰めていたか。



「こらこら、ちゃんと挨拶しなさい」

「こ、こんにちわ……」

「ちわっす」

「井塚さんの御子息ですね! お世話になっております、四季彩神無(かんな)と申します!」


 鋏でアスパラを捕獲したまま挨拶を交わした四季彩は、そのアスパラを手に取って切り口を見て驚いた。

 内部から瑞々しい液が(したた)り落ちるほどに新鮮であったからだ。


「ねぇねぇ、食べないの?」

「えっ!?」


 まさかそのまま生でとは思ってもいなかった四季彩は井塚氏とすーさんを順繰りと見ると、2人共にコクコクと頷いた。


「取れたては生でも食べれますよー」


 井塚氏の勧めるがままアスパラを口に含んでシャキッと噛み、咀嚼(そしゃく)してさらに驚いた、


「まぁ! なんて瑞々しいの! しかも自然な甘さが口の中に広がって……なんて美味しいのでしょう!!」


 大仰(おおぎょう)なリアクションをする四季彩をまたしても子供らはクスクス笑いながらも、その短すぎるスカートから伸びるセクシーな生足についつい目がいく。


 恥ずかしくなったのか子供らは突然はしゃぎ回り、アスパラガスを堪能(たんのう)する四季彩は手間暇かけて愛情を注いで作った野菜、アスパラガスの魅力に益々取り憑かれるのであった。



「アスパラ丼てのがありましてね。元気がでますよ!」

「これたべて元気を出そうぜアスパラ丼ですね!?」



 四季彩はその後そのアスパラ丼のレシピを伝授されると共に、今後時間が空いた時には手伝いに()せ参じることを井塚氏と約束。


「あっそうだ! 井塚さん週末マルシェで相撲があるんですわ。もちろんシッキーも活躍する予定です。来てみてはどうですか」

「そうなんですか。いやぁ残念だなぁ。今の時期は田植えの準備で大忙しなんですよねー」


 しっかり三条マルシェも宣伝する抜け目のないすーさんに井塚氏は申し訳なさそうにそう返答した。



「けど子供達は必ず行かせますよ! マルシェって祭でしたよね?」


 どうやら三条マルシェ自体を知らない市民もまだまだいるようだと四季彩は感じたが、子供らは親木の影から相変わらず四季彩を見詰めていた。


「今日は本当にお世話になりました! 後日必ずお手伝いに参りますわ!」

「学生さんは勉強が本分ですからね。本当に暇な時でいいんですよ! あとこれ、お土産のアスパラガス。細いものも入れといたので是非アスパラ丼を試してみて下さい」



 地道に野菜と向き合う井塚農園を後にした四季彩はすーさんとも別れ、河原にしゃがみ込んでいるところで姫子と遭遇する。




「へぇ〜そんなことがあったんですか! それがパラガスですか?」

「違いますよ、姫子さん! アスパラガスです! ウフフ」


 地元を愛し、野菜を愛情一杯に育てる。 

 鍛冶の町ではあるが、一人ひとりが懸命に生きているのだと四季彩は実感してやまないのであった。



「あら、姫子ちゃんと四季彩じゃない。2人共なにかいいことでもあったの?」

「あっまことさん! それにお祖父さんも」

「見て下さいまし! アスパラガスですわ! 今夜は秘伝の()()()、アスパラ丼をこの(わたくし)(こしら)えますわ!!」



 そう。天文時代からやって来た姫子と四季彩は今、まことの家に居候(いそうろう)しているのであった。



 次回、B面3 まことと鍛冶道場



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