発足編 B面 姫子とお買い物
苛烈極まる一戦にて勝敗は決し、本編は無事に大団円、終わりを迎えたが、今回はそんな激しくも怒涛の数日間に起きた少女達個人の物語を記す。
妖怪・千秋楽とついに出会った鍛冶ガールらは咲良の発想でムッチを魔改造して相撲で決着をつける運びとなった。
ムッチに拒否権など露ほどもなく、相撲大好きまことと足軽教諭は並々ならぬ覚悟をもってムッチを一端の力士にするべく過酷な練習メニューを課した。
中年に差し掛かっていたムッチはまさか飲みに出た翌日には摂取したアルコールを全て発汗するはめになるとは思ってもみなかったに違いない。
そんなムッチを哀れんでか、心優しきぶりっ子日本代表、姫子はことあるごとにそんなムッチのサポートに周り、タオルやらドリンクなどを甲斐甲斐しくも手渡し、励ましの一言を添えることを怠らなかった。
そんな姫子に感激するムッチは、お昼間際になり初日の稽古が中断した隙を付いて逃亡する。
そして何故か姫子もさらわれるのであった。
「ねぇ五十嵐さん、頼みますよぉ! 是非とも私もその歴史研究クラブに連れて行って下さいよぉ」
「いやよ! あそこはこのあたしの憩いの場なの! 足軽先生が来ると興奮してうるさくてたまらないから嫌!!」
どっちもどっちだと全員がそう思ったが、どうやら足軽教諭は三条の歴史に千秋楽にまつわる何かが隠されていると踏んでいるらしい。
それは前日の騒動の後、栞菜がクラブに顔を出して嘉坪山なる力士がこの町にいたのだと調べ上げたことに起因するのだが。
「今がチャンス! 姫子ちゃん行くぞ」
「えっ!? 何処へですか!?」
「いいからいいから!」
栞菜と足軽の似た者同士のやり取りに一同が気を取られている隙を見て、ムッチは姫子を伴い自身のSUV車に乗り込むとエンジン全開。
着いた先はドラッグストアであった。
「なんですか? ここは……」
「えっ姫子ちゃんドラッグストアも知らないのかよ? まぁ買い物するところだよ!」
ムッチに連れられ初入店を果たした姫子は仰天。
様々な物が売られている店内を所狭しと徘徊。興奮気味にムッチの元へと舞い戻ると、今度は何を買うのかと瞳を輝かせて問うたか。
「百歩譲って稽古はしかたない。けど肝心のその他がすっぽり抜け落ちてるんだよなぁ。鍛冶ガールに付き合ってたらこっちの身がもたないって!」
そう言ってムッチが手にしたのはカレーのルーであり、素早くその食材までカゴに入れる手際の良さに感服する姫子は、自分も実際に手に取ってカゴに入れたいと懇願した。
「おぅ! スポーツドリンクが全然足りない! どれか分かる?」
ムッチのオーダーに姫子はドリンクコーナーへと駆け、2リットルのペットボトルを抱えるように持って来た。
見事正解した姫子にオッケーサインするムッチ。
たが姫子はあろうことか2リットルのそれを、陳列されている分だけカゴに入れようとしたことには面食らった。
「おいおいそれじゃ大荷物だぜ! そういう時はこれだよこれ!」
ムッチは脇に控える顆粒を鷲掴みにすると説明を加えた。
「えぇ!? この粉を水と混ぜるとこっちのすぽぉつどりんくになるんですかっ?!」
本来大昔の住人である姫子(※)にとってそれは青天の霹靂であったが、これまでも青天の霹靂を実感しまくっていた彼女は新たな感動にぴょんぴょん跳ね回った。
しかし、咲良に唆された短いスカートが絶妙なはためきを見せたことにより、姫子はそれを押さえると顔を真っ赤にして恥らいを見せた。
店員や買い物客らはその可愛らしい天然ぶりっ子に釘付けになると同時に、やたら柄が悪いムッチとどういう関係なのか不審に思ったりしていた。
「そうそう。忘れちゃいけないのが米だよな! しかもグルメな俺は下田産のコシヒカリが一番好きだぜ! けど買い物はいかにして節約出来るかが肝心だ。姫子ちゃんもよく覚えておくように!」
ごちゃごちゃと一人語りするムッチではあったが、確かにカゴに入れた食材は半額のシールが貼られていたりしていた。
様々レクチャーしながら会計を済ませた2人は、その大荷物を車に乗せ、再び南高へと向かう。
「忘れてた! 姫子ちゃん買い物袋から桃太郎取ってくれよ。到着する前に食べないと咲良ちゃんあたりがうるさいからな」
そう言って桃太郎アイスを口に運び、姫子も真似をして急いで食べ、頭がキンキンしたのは言うまでもない。
そしてどうやらご飯を作るための買い物であったと理解した姫子は暴走気味に車の運転をするムッチにお願いをした。
「あのムチ之山関。今度姫子にご飯を作らせて下さい!」
「ちゃんこな! あぁいいぜ。JKの手作り料理が味わえるなんて滅多にねぇからな。楽しみにしてるぜ!」
学校に到着するとムッチは姫子と別れ、伴場教諭に伴われて学校奥へと消えていった。
その後姫子は会議という名の部活に招集され、ムッチの四股名やら化粧マワシやらを決める間中、買ってもらった顆粒を細心の注意を払いつつ空のペットボトルへと移し替える作業に没頭した。
数日が過ぎ、すっかり解決部は相撲部屋のように様変わりし、連日夜半まで続く稽古の連続に疲労が蓄積された。
そんなある日、姫子は大して動いてもいないにも関わらずちゃっかりちゃんこをおかわりして満足そうな顔を浮かべる咲良を捕まえると部費をねだった。
そう、明日こそは自分がちゃんこを作ろうと決意したからに他ならない。
「えぇー!? 明日のちゃんこ姫ちゃんが作るのぉ??」
「はい! 姫子も栄養満点のれしぴを考えました!」
手料理などカップメンくらいしか作れないと言い張る咲良は眉をヒクヒクさせながら支給された部費が入った封筒を無造作に姫子に渡すと、小声で囁いた。
「ねぇ、 たまにはちゃんこの後のデザートなんかもあったりすると嬉しいんだけど!」
「ダメです! 買い物はいかにして節約出来るかが肝心なんです! それに貴重な部費をムダ使いなんてできません!」
ピシャリとアホ部長を突っぱねた姫子はルンルン気分で事前にメモしてあった食材を想像しながら帰り道の途中にあるスーパーへと急ぎ向かった。
「えへへ。この日のためにママさんにチラシを見せてもらってたんだよねぇ」
ニコニコしながら節約を忘れぬようにメモした食材をカゴに丁寧に入れ、あまり使ったことのない現代のお金を支払い、なんとなく一つ大人になった気分の姫子は、重いはずの袋など何するものぞとウキウキ道を歩いていた。
するとすっかり日の落ちた土手で、五十嵐川を眺めながら微笑む四季彩が視界に入った。
「四季彩さぁーん! 何してるんですかぁー」
「あら姫子ちゃんじゃありませんか。なんですって!? 明日のちゃんこを姫子さんが!? それは腕が鳴りますわね!」
買い物袋を半分受け取った四季彩もまた何故かにこやかであり、買い物を成功させ晴れやかな気分の姫子は何かいいことでもあったのかと訊ねてみる。
「えぇ! 今日はとても素晴らしく有意義な放課後でしたわ!」
姫子は、土手を歩きながらそんな四季彩の回想に聞き入っていくのであった。
次回、B面2 四季彩とアスパラガス




