発足編31 黄泉がえる戦士
巨大な火柱がムチ昇龍にぶち当たった瞬間、ムチ昇龍と咲良は白目を剥いて石像のように固まった。
「なんだぁ!? ムチ昇龍が動かなくなったぞ?」
「さ、咲良!? ちょっとどうしちゃんたのよぉ!?」
「ぶ、部長! ぶちょう!!」
咲良の異変に駆け付けるメンバー。
何が起こったのかと身動き一つせずに仁王立ちの千秋楽。
とある地方のイベント、晴れやかな空とうららかな日曜日の午後にあって混迷を極める取り組みは、かりそめの静けさをを保っていくのであった。
「ぬお!? なんだここは……」
目を見開いたムチ昇龍の目の前に真っ白な異空間が永遠と続いていた。
「ムチ昇龍!」
声のする方角に目を凝らしたムチ昇龍はそれが咲良であることを確認すると、自分達はいったいどうなってしまったのかと慌てたが、程なく姿を現した伴峰と海鏡はある一点を見詰めたか。
2人が見詰めるその先に、先程と同じような火柱が立ち、その炎の中に屈強な姿をしたある人物がいた。
「俺の名は嘉坪山。天界大相撲の横綱なり!」
ムチ昇龍にとってあまり馴染みのない名であったが、咲良はすぐさま駆け寄り、初めて会う嘉坪山に挨拶を始めた。
「こ、こりゃいったいどういうことなんだ? 伴場先生よぉ!」
絶賛混乱中のムチ昇龍は頭がこんがらがり過ぎて目眩を起こしそうであった。
そんなムチ昇龍に分かりやすく説明を始めたのは伴峰だ。
「わりー、ムチ昇龍! 今まで内緒にしてて。あいつは嘉坪山っていってな、あの千秋楽といわくのある張本人なんだわ」
ムチ昇龍は首を傾げつつも耳を傾けた。
「全部そこにいる咲良の思いついたことなんだけどな、最終的には嘉坪山と千秋楽を戦わせたいんだとよ」
伴峰はそこまで言うと、あとは自分で説明しろと咲良を促した。
「あのねムチ昇龍。このまま戦ってもなんとか勝てるとは思うんだ。だって本来の鍛冶ガールの力はこんなもんじゃないのよね。だけどね、千秋楽を呪縛から解き放つためにはどうしても嘉坪山と戦わせてあげたかったの」
ムチ昇龍にとってその説明は謎だらけであったに違いない。
あれだけ劣勢を強いられたというのに鍛冶ガールの力はこんなもんじゃないとはいささか吹聴し過ぎではないか。
それに呪縛とはいったいどういうことなのか。
以上のことを慌てず急がずこんこんと質問するムチ昇龍。
咲良曰く、栞菜が調べ上げたこの地、三条に実在した嘉坪山と千秋楽はあることがきっかけで知り合い、互いに相撲で切磋琢磨する間柄であり、再戦の約束をして別れたことを告げた。
そして嘉坪山の不遇の死と、千秋楽の勝利への渇望が全て裏目に出た結果が今の状況なのだと咲良は主張した。
「だからね、あたし達が勝ってもそれはこの町を守ったってことにしかならないの。せっかく人間と仲良くなれた千秋楽も救ってこその解決部だと思うんだよね!」
その咲良の言葉に追随するように半透明な姿の嘉坪山はズシリとムッチの前まで進むと深々と頭を下げて頼み込んだ。
「そういうわけなのだ。俺は死後、天界に召され天界大相撲で広く名を上げた。しかしいつも何処かで千秋楽のことが気がかりであったのだ。しかし一度この世を去った者が舞い戻っては秩序というものが崩れる。そう思って自重していた矢先に龍神様からこの話を頂き、感謝に耐えないしだい! ムチ昇龍殿! 是非ともそなたのその頑強な身体を少しの間でいい、俺に貸してはもらえないだろうか!」
「な、なるほど……まぁ約束とかって大事だよな。そうか! それが果たせない限り千秋楽は勝利への呪縛に縛られたままってことか…………いいぜ! そのかわり五体満足で返してくれよな!」
だんだん話が見えてきたムッチは、例の人の良い笑顔を向けて快く己の肉体を貸し与えると胸を張った。
「ワリーなムチ昇龍! 魂はこの世に戻せてもとっくの昔に朽ち果てた肉体まで元に戻せなくて困ってたんだよ!」
「憑依的な? 本当に大丈夫だよな、伴場先生よぉ!」
「……大丈夫だ。お前も咲良も、そして嘉坪山もまた火の属性霊力を持つ者同士。相性は抜群。それに咲良が依り代となってうまく融合できるはずだ」
普段無口な海鏡にそう言われるとなんとなく納得してしまうお人好しのムッチ。重ねて海鏡はいささか辟易した口調で言葉を付け加えたか。
「この世は全て鍛冶ガールの意図する世界へと変貌をとげている。彼女達の言うことに従い、協力する義務が我等真羅八龍神にはあってな…………苦労させられる」
「ナハハ。今回のことで天界と現世を行ったり来たりしたのはお前だかんな! けどお前も満更でもなさそうだけどな! ま、そういうことだから頼むぜ、ムチ昇龍! それに嘉坪山、分かってんだろな? 負けは許されねーぜ」
伴峰はムッチへと向けた笑顔とは対照的に至極真面目な表情と口調で嘉坪山を睨んだが、当の本人は気力充分、揺るがぬ自信を持って答えた。
「任されよう!!」
「準備万端だね!? よーし、じゃあ元の場所に戻ろう!」
咲良の一言で一瞬の閃光と共に先程までの会場へと戻る。
「やっと意識が戻った!?」
「あんた何やらかしてたのよ!」
心配していた茜と栞菜が咲良を責め立てたが、咲良は全てを無視して土俵のとある場所を指差した。
ムチ昇龍と千秋楽、そして行司の天狗しか上がっていないはずの土俵にもう一人半透明な人物がいることに気付いた人々はざわめき、千秋楽は一歩二歩と後退りしながら絞り出すように声を発したか。
「お、お前は…………か、嘉坪山!!」
「そうだ! 元気だったか、千秋楽! 我が身は滅びたがそこな鍛冶ガールと龍神様の加護により一時だけこの世に舞い戻って来た! さぁ約束を果たす時は今ぞ!! ムチ昇龍、その身体借り受ける!!」
「ご、五体満足だぞー!」
「いっくよぉぉーー!!」
嘉坪山がそこまで言った時、咲良は己の能力を最大限に発揮、出力最大に呼応するかのように作務衣が少しずつ変わりゆく。
「おいおいマジかよ! まさかここで見られるとは…………スターフォルム!!(※)」
咲良は今、全ての力を解き放ち、天文令和大騒動(※)時に变化した雄大にして麗しき姿へと変貌を遂げ、ムチ昇龍と嘉坪山を融合させた。
咲良のスターフォルムは観客の視線を一心に受け、その美しくも荘厳な出で立ちはさながら現世に舞い降りた天使のように見えたに違いない。
そしてそんな観客の度肝をさらに抜くように土俵に立つムチ昇龍と半透明の人物が重なり合ったかと思えば、一人の力士が現れた。
「越後三条最強の力士、嘉坪山見参!! さぁ千秋楽、勝負ぞっ」
「ガハ、ガハハ!! う、嬉しいぞ嘉坪山! 貴様と再び戦える日がこようとはなぁ!!」
戦いは今、ムチ昇龍✕千秋楽から嘉坪山✕千秋楽へと移行し、延々と続いた世紀の一戦は最終局面へと向かっていくのであった。
「いっけぇー! 嘉坪山ぁぁぁぁ」
※前作、鍛冶ガールを参照
つづく
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