発足編26 温まった会場で
咲良達は妖怪・千秋楽と嘉坪山にそんな深い交わりがあったのかと内心驚いていた。
それは固い友情で結ばれた絆ともとれたが、今現在は状況が違っていた。
現に千秋楽は嘉坪山によく似たムッチことムチ昇龍に勝利し、この三条の地を永遠と食い物にすると豪語しているのだから。
てっきり勘違いしたまま宿敵との一戦を間近に控えていると思っていた咲良はなお一層笑顔を振りまくと元気に言ってのけた。
「んじゃあお互いに全力を出し切るだけだね! 今のムチ昇龍は強いんだかんね!」
「それは楽しみでごわす。だが嘉坪山ほどではあるまい。おいどんが勝った暁には分かってるでごわすなぁ??」
咲良はメンバー一人ひとりを見ると頷き合い、言葉を返す。
「わかってる! けどこっちが勝った時のこともちゃんとわかってるよね?」
千秋楽は静かに立ち上がると今にも辺り一面を焼き尽くすかのような黒い炎を滾らせて大きく頷いた。
「おいどんは先に行ってるでごわす。互いに全力を出し尽くそう!!」
そう言って目にも留まらぬ速さで弾丸のように決戦の地、三条マルシェ会場の憩いの広場、ムチ昇龍が待つ土俵へと飛び去っていくのであった。
その頃、会場である土俵ではちびっこ大相撲が盛況のうちに幕を閉じ、メインイベントへと移行しつつあった。
用意された椅子にドッシリと座って構えるは、もはや時の横綱のような風格すら漂わせるムチ昇龍。
その両脇には足腰教諭とマネージャー軍司が腕組みして要たる鍛冶ガールらと、対戦者の妖怪・千秋楽の到着を今や遅しと待ち構えていた。
「よっ! 大横綱! 勝てば官軍、負ければ賊軍だぞぉ!!」
「ムッチ絶対勝てよ! 俺は全額お前に賭けたんだかんなー!!」
汚い野次を飛ばすのは既に枡席で宴会よろしく酔っ払う萬屋の面々で、闘志に燃えるムッチを冷笑したり応援したりと何とも騒がしく、その度にマルシェ実行委員であるすーさんと委員長である白石(※)が注意したりしていた。
「まぁ! まぁまぁ! みんな落ち着いて! ガラが悪いにも程があるってば」
「そうよ! 秩序を乱す人相の悪い酔っぱらいは退去してもらいますわよっ」
そしてもう一塊、鍛冶ガールとは強い縁で結ばれた団体さんの姿もあった。
「いやはや地元で相撲が観戦できるとは持つべきものは孫娘じゃなぁ」
「ほんにほんに。鍛冶ガールの力があれば十中八九勝利は間違いなし! 大船に乗ったつもりで安心して見てられるわい」
「いや油断は禁物じゃぞ! 柊一君の話ではなかなかの手練だとか……とにかくわしらも全力で応援するしかない!」
こちらは偉く落ち着いた雰囲気で日本酒をちびちび飲むシルバー世代。
まことの祖父にして世界的に有名な鍛冶師である巌鉄斉(※)と権爺、それに村上館長(※)と無言で試合が始まるのを待つ長谷川(※)の長老衆であった。
そしてマルシェに集まったあらゆる世代の人々が、人間と妖怪による大相撲を一目観ようと昭栄大橋の袂に詰め掛け、橋はなんと通行止めにまでなっているのであった。
熱気むんむん。
かつてこの地にこれほどまでに多くの人々が集まったことなどあったであろうか。
しかしそれはこの勝負を公平にさばく行司の出現により、さらにヒートアップしていく。
無人の土俵に突然の爆風。
螺旋状に鮮やかな浅緑の風が吹いたかと思えば、三条人には馴染み深い宮天狗の姿が出現。
綺羅びやかな狩衣に烏帽子を被り、恐ろしく長い一枚歯の高下駄を履くその姿は三条祭、ことに八幡宮の大名行列で誰もが知る姿そのものであった。
しかし手に持つものだけ今回に限り違っていた。
いつもはやつでの葉か扇を手にしているが、行司ということで立派な軍配を所持していた。
そんな宮天狗は四方を一瞥すると、拡声器でも使っているかのような大音量で簡単なルール説明を始めた。
「あ、あー。本日は晴天なり!! 我こそは鍛冶の町三条に根を下ろす天狗にしてこの勝負を公平に裁く行司なり! これより妖怪・千秋楽とムチ昇龍関の一戦を前に注意事項じゃ! 畏まって静聴せよっ」
この威圧的な文言に市民らはいつもの天狗とは違うと思ったに違いない。
理由は大名行列でよく見る天狗は町の青年団が衣装を着て宮天狗の格好を模しているに過ぎず、それ故に一本歯の下駄でスムーズに歩くことさえままならなかったからだ。
しかし土俵に立つ天狗はバランスよく直立不動し、語りながらもツカツカと歩いていたからだ。
「おぉこれはしたり! 神聖なる土俵に土足は厳禁」
威厳に満ちているのかすっとぼけているのか、とにかく宮天狗の出現により観戦者は妖怪✕人間の相撲が目前に迫っていることだけは肌で感じ、数万にも膨れ上がったその場は不気味な静けさを保っていた。
「妖怪・千秋楽はこの勝負に勝った時、この町の飲食を未来永劫貪り尽くすと言う。そんな暴挙を止めるために立ち上がった正義の力士、ムチ昇龍が戦いを挑む!! しかしながら人間と妖怪ではそもそもの身体の仕様が違いすぎる! そこでなかんずく我らが地元のあいどる、鍛冶ガールらの力をムチ昇龍に注ぎ込んでの立ち合いとなることをここに宣言する!」
鍛冶ガールの名が出たことにより観衆らは歓声を上げ、それ以外は既存の相撲ルールに則って行われる一本勝負であることを胸に刻み込んだ。
もはや天狗でさえも収集がつかなくなったその場に、隕石が落下してきたのかと思わせるほど、巨大な体躯と轟音を響かせて妖怪・千秋楽が出現した。
「あ、あれが千秋楽かよ……」
「で、でけぇ……ムッチが小さく見えるぞ……」
「おいおい階級が違い過ぎやしねーか? すーさん!!」
萬屋の面々はほろ酔いも相俟って大人と子供、象と牛ほどに差がある両者のサイズの違いに弱気な発言を連発し、長老衆は絶句していたが、すーさんと軍司はヒヤリ汗をかきながらも自信満々に笑顔でガッツポーズを決めた。
「大丈夫! ムチ昇龍と鍛冶ガールなら!!」
「そう! それに足軽先生の必勝の攻略法があるんだ! そうだろ先生!?」
軍司は肝心の鍛冶ガールがまだ到着していないことに一抹の不安を募らせ、これまで千秋楽の研究に尽力してきていた足軽教諭に縋り付いたが、足軽教諭は不謹慎にも感動していたか。
「おぉ!! 妖怪・千秋楽!! 会いたかったよ、見たかったよぉ!! 感動です! 生まれてこの方、一番の感動ですよぉぉ」
大丈夫なのかと関係者らは不安でしかなかったが、何故か少し距離を置いて土俵を見詰める伴場教諭こと龍神・伴峰と、海野教諭こと龍神・海鏡は冷静に行方を見守っているのであった。
「さぁ! 勝負だ、嘉坪山ぁ……いや、ムチ昇龍ぅ!!」
※前作鍛冶ガールを参照
つづく
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