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発足編25 男同士の約束 Part2

発気(はっけ)よいっ!!」


 村の年長者が即席の行司(ぎょうじ)となり、枯れ枝を軍配に見立てて大仰に取り組み開始を宣言、

 相撲のすの字も知らない妖怪(のちの千秋楽)は猛然と嘉坪山目掛けて突進したが、またしても嘉坪山は横に大きく八艘飛びでかわすと、素早く取り付き、妖怪の腰巻きに手をかけると、なんと自分よりも数段()()のありそうな巨体を持ち上げ、足腰に力を入れつつ盛大に投げてみせた。



 これまで名だたる猛者達と喧嘩に明け暮れてきていた妖怪にとって、かわされたことは元より、持ち上げられ、あまつさえ投げ飛ばされることなど予想だにしなかったに違いなく、受け身もとらずに地面に投げ落とされて始めて自分が大敗をきしたことを知った。


 村のヒーロー嘉坪山の勝利に草むらなどに隠れて見ていた子供らは一斉に躍り出ると歓喜に沸き立ち、大人達もホッと安堵の表情をして頼りになる嘉坪山の勇姿に惜しみない拍手を送った。



「くっ……無念……俺の負けだ。即刻この場を立ち去ろう……」

「待て! おぬし他にゆく当てでもあるのか」


 あまりのショックに放心状態のまま立ち上がり目的なく歩き始めた妖怪を、なんと嘉坪山は引き止めた。

 これまで目的を持って生きたことなどないその妖怪は、いつも気が済むまま、気の向くままに彷徨(さまよ)っていることを告げると何故か喜色を浮かべた嘉坪山は、村人達にある提案をした。



「みんな、この通りこの妖怪は茫然自失(ぼうぜんじしつ)! 俺に負けたからにはこの土地で悪さはしない。だから俺が身元引き受け人になってもいいだろ? 俺は相撲で身を立てたいと思っている。だがこの地では丁度いい稽古相手がいない……こいつを俺の稽古相手にしてもっともっと強くなりたいんだ」


 その申し入れに村人らは仰天(ぎょうてん)したが、各地を荒らし回る妖怪を完膚(かんぷ)なきまでに懲らしめたのは嘉坪山に他ならない。

 その申し入れを受け入れ、名無しの妖怪はその日から嘉坪山の稽古相手としてこの地に(とど)まることになったのであった。




「へぇ〜そんなことがあったんだ」

「嘉坪山も器の大きい人物だったのねぇ」

「それでその後どうなったんですか?!」



 千秋楽は再度語りを始め、滞在し一ヶ月ほどが経ったある日の出来事を詳細に聞かせた。

 貧しい農家の長男であった嘉坪山はまだ田植機などが普及していないこの時代に、足腰の鍛錬と称して広大な田園に苗を植え付ける作業に一人で従事したり、まだ幼い兄弟らの面倒を見る傍らで妖怪相手に激しい稽古に勤しんでいた。



 そんな真面目で面倒見の良い嘉坪山の人柄に次第に惹かれ始めていた妖怪は、田植えも弟達の面倒も率先して手伝うようになっていたそんなある日だ。


「おい……そういえばお前は名前はないのか?」

「名前? そんなものはこれまで必要なかった。おそらくこれからも用事はないだろうな」


 妖怪にとって名前など大して気になることではなかったのかもしれないが、これだけ寝食を共にしていると愛着が沸くのが人間というものである。


「それでは俺が困るのだ。そうだ俺がいい名前を付けてやろう!」

「……まぁ期待はしないが。せっかくだ名付け親にでもなってもらおうか」


『ハハハハハハ』


 2人はまるで兄弟のように打ち解け、嘉坪山同様に妖怪もまた相撲に魅せられ、メキメキと腕を上げていたが、やはり嘉坪山には遠く及ばなかった。

 嘉坪山はその鍛え上げた屈強な足腰と何より強い精神力。そして高い霊能力を備えていたのだ。



「えーー!? あたし達みたいな力があったってこと!?」



 毎回千秋楽の話の腰を折る咲良に黙れと言わんばかりに栞菜が講釈をたれた。


「あのねぇ元来相撲っていうのは神前、つまり神様に奉納する儀式みたいなものだったわけよ。神様から特別な力を授かる存在。それが力士なわけ。だから妖怪にまで勝つほどの実力があった嘉坪山に霊能力があっても何の不思議もないのよ! だから黙ってちょうだい!」


 栞菜は思わぬところで地元の知られざる歴史を聞けることにワクワクしていたが、毎度咲良の大仰なツッコミに中断され少し苛立ち気味にザックリと補正すると千秋楽を(うなが)したか。



「そう。嘉坪山はそれは強大な霊力を秘めていたでごわす。その当時のおいどんなど子供同然であった……しかし突然の別れがやって来たでごわす…………」


 地元や家族を守りつつも平和で熱心な相撲の稽古が続いたが、ある日嘉坪山に届いた一通の封書が全てを黒く塗り潰した。


 赤紙(召集令状)。

 戦時下であった時の日本は全国各地から青年を集め、世界と戦争を繰り広げようとしていたのだ。

 それは田舎町の片隅で相撲道に邁進する嘉坪山とて例外ではなかった。


 嘉坪山は包み隠すことなくその全てを打ち明け、最後にこう言ったという。



「俺も自分の好きなことばかりしているわけにはいかない。()()の為に働かなくてはならない。お前は一旦はこの地を離れろ。世界を回って俺よりも強い相手に勝てるようになって戻って来てみせろ。なぁに、その頃には俺も無事にこの大好きな地元に帰ってきてまた精進しているさ!」



 だがその時の妖怪にはもう二度と嘉坪山と会えぬのではないかという不安が頭を過ぎったが、嘉坪山はすぐにでも旅立つよう彼を急かした。


 突然の別れとゆく当てのない生活が戻って来る。

 そんな絶望に打ちひしがれた妖怪ではあったが、嘉坪山から手渡された餞別(せんべつ)に目頭が熱くなった。


「これをお前にやろう! 俺が身に着けていたマワシだ。いいか、いつも努力を怠るなよ。お前にはもう相撲という命を燃やすべき()()があるのだからな。それと遅くなったがお前にうってつけの名前を考えた……」


 千秋楽はマワシを両手で受け取ると、これまで見たことのない哀愁漂う嘉坪山の顔を見詰めた。


「千秋楽! いつか大相撲の……最後の日に優勝争いをしよう! そんな願いを込めた。どうだ!?」

「……千秋楽……わかった、これから俺は千秋楽と名乗ることにしよう。今度会う時こそ決着をつけてやる! 首を洗って待っていろよ、嘉坪山ぁ!!」



 おそらく互いに二度と会えないことは肌で感じていたであろう、そんな別れの一幕であった。



 つづく




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