発足編17 10日後よ!
咲良達がお邪魔していたコーヒー屋と本寺小路との距離はそう遠くはない。
しかも空を飛んでの直線だ、ものの数分で到着し、噴水が土俵に化けているのを確認すると鍛冶ガールらはこぞって驚いたが、ジリジリとその土俵側に後退しゆく2つの人影と、それを覆い隠す程の巨大な妖怪・千秋楽を見付けると、下降しつつ鍛冶ガールのリーダーにして超常現象解決部の部長たる咲良は叫んだ。
「待て待て! 待てぇ〜い!! 妖怪・千秋楽ぅぅ!!」
空から突然現れた美少女らを見上げつつ、妖怪・千秋楽は一人ひとりの顔を見てからこう言ってのけた。
「ふん! おいどんは女子供に用事はなか! ここにいる嘉坪山と再戦を所望するでごわす」
いやいやそこにいるのは変な集団のアルコール担当とパワー系担当でしょとツッコんだのは栞菜であったか。
萬屋ヒーさんとムッチは、なんだかわからない間に妖怪に見初められた町娘のように小さくなりつつも、またなんだかわからない間に嘉坪山なる人物と間違えられているのだと必死に助けを求めた。
「あのね、千秋楽。そこの人達は力士じゃないの」
「そうですよぉ! それに姫子はじょしこうせいです! 立派な大人です!」
まことと姫子は着地すると、見たこともない巨体を見上げつつも、冷静に、そして丁寧に千秋楽に説明と主張をし、茜と四季彩は強大な妖力によって立派に固められた土俵を見ながら、まことと姫子に任せたと言わんばかりに雑談していたが、突然現れた美少女らの説明で納得する千秋楽ではなかった。
「町娘の戯言に騙されるおいどんではなか! さぁ積年の悔しさを晴らす時でごわす!」
行く手を阻むまことと姫子を軽く吹き飛ばした千秋楽は、目的と定めたムッチににじり寄り、そういえばこいつはムッチにしか話掛けていないなと気付いたヒーさんは、あろうことかムッチを捨て、茜と四季彩の雑談に何事もなかったかのように参加した。
ギュッと眉を吊り上げた咲良であったが、これまで黙って双方の話を聞いていた栞菜が口を開いた。
「まだ分からないの千秋楽! 嘉坪山をよく見なさい!」
突然の栞菜の咆哮に、やっぱり嘉坪山なのだと確信した千秋楽と、いやいやそんな名前の力士じゃないよムッチはと、全員が一斉にムッチを見たが、当然なんの変哲もないおじさんにしか見えなかったが、千秋楽だけは何かに気付いたかのように慌てて後退りしつつ、ムッチに問いかけた。
「か、嘉坪山……おんし髷はどうしたでごわす……」
引っ掛かったとばかりにニタリと笑い、さらに饒舌に語り出したは栞菜である。
「そう! 嘉坪山はもうとっくに現役を引退! その証拠に既に断髪式も済ませたのよ!!」
その物言いを即座に理解したまことと茜、さらには姫子は畳み掛けるように攻勢に打って出た。
「そうなの。惜しまれつつも……」
「嘉坪山は現役を引退したのよ……」
「体力の限界を感じたんですよぉ……」
「わかった!? 現役を引退した元力士ともう一番対戦したいだなんて角界で通用すると思って!?」
咲良と四季彩の天然コンビを他所に、栞菜らの言葉は巧みに千秋楽の脳内を引っ掻き回し、引退力士との再戦は叶わぬのだと洗脳しようとしたのだが、黙って見ている咲良ではなかったし、黙ってはいない咲良に同調しない四季彩でもなかった。
ちょうどそんなこんなと問答しているうちにすーさんが駆け付けたことにより、咲良の発想は一気に開花した。
まるで自分も洗脳作戦に加わっているかのように語り出したが、矛先はあらぬ方向へと向かう。
「10日後よ!!」
突然両手の十本の指を突き立てて不敵な笑みでそう言ってのけた咲良だが、その意味を理解する者は皆無であった。
しかし咲良は話を続ける。
「10日後にこの土俵で再戦してあげるわ!! 一度は引退した嘉坪山だもん、それくらいの準備期間は貰わないとね」
いよいよ居並ぶ者達は混乱したが、即座になるほどと手を打って補足し始めたのはすーさんであり、ついに訳も分からず口を挟んだのは四季彩であったか。
「10日後にここで妖怪・千秋楽✕嘉坪山の取り組みをやりましょう! その間に観客を集めてメインイベントにしてはどうでしょうか、千秋楽さん!」
「なるほど! 千秋楽さんも観客がいた方が燃えるのではなくって?? さすがは我らが部長! 名案ですわ!」
轟々と妖気を燃やした千秋楽は、じっとムッチを見据えると、何年前に対戦したのか、とにかくその時とは別人に成り下がった、なんの凄味も感じない相手と今直ぐに戦っても勝ちは目に見えていると判断したし、何よりも観客がいる時の勝利の味は誰よりも知っていたか。
「…………よか。10日後だな。それまでにしっかり精神、肉体共に仕上げて来るでごわすよ、嘉坪山ぁぁ……それまでおいどんも精神統一して備えるでごわすよ」
「それとその間にお店とかに迷惑がかからないようにしてよね! 食べるんならちゃんとお金を払うこと!!」
咲良に注意された千秋楽は、一度だけコクンと頷くと、ドスドスと大きな音を立てて夜の町に消えて行くのであった。
だがせっかく再戦不可能であると洗脳しようとしていた栞菜、茜、まことは一斉に咲良に猛抗議を始めた。
「あんたなんなのよ!」
「そうよっせっかく諦めさせようとしてたのに!」
「何か策でもあるっていうの? 咲良」
「そうだった! 足軽先生の話だと妖怪・千秋楽は相撲で決着をつけないと去ってはくれないって……」
思い出したかのようにそう言った姫子に深く頷きをくれた咲良は、頭の中に描いた全貌を語り出す。
「そうなのよ! そして10日後といえば三条マルシェ! そこで盛大に倒して問題解決! ついでに時間稼ぎも出来たし、ムッチを魔改造して千秋楽に勝てる最強の力士に育てようよ!」
萬屋ムッチはゲームのキャラですかと、ツッコミを入れる者は誰もいなかった。
相撲でしか決着をつけられないのならば、大いに相撲で立ち向かおうではないか。
そんな風に一致協力を確認し合う鍛冶ガールとすーさん。
ムッチとヒーさんは大変なことに巻き込まれたと絶望的な顔を寄せ合うばかりなのであった。
その後、海野、伴場、足軽の3顧問とみんなのお会計を済ませ、一気に財布の中身が寂しくなった軍司が合流し、10日に控えた運命の一戦に向けて作戦を練っていくのであった。
そんな妖怪との危険な相撲に観客なんて集めて大丈夫なのだろうかと、まことは満点の星空を見上げつつも、そう思うのであった。
つづく




