発足編15 妖怪・千秋楽、あらわる!
軍司が旧友2人分のお会計を済ませている時間帯、咲良らは投函用紙を切り終え、まだ見ぬ超常現象解決部ものづくり支部の話題で持ちきりであったか。
萬屋すーさんが半ば勝手に作った支部にも目安箱は設置してあり、今度は一度訪問してみるかと盛り上がりをみせていた。
せっかく作った投函用紙も早めに目安箱と対で置いておきたいとの部員の意見に耳を傾けた部長・咲良は飲み終えたフロートのグラスを置くと、萬屋すーさんに早速連絡を取ってみた。
咲良は地元のイベント、三条マルシェなるものに高校生ながらボランティアで参加している。
実は萬屋すーさんもまたその三条マルシェの実行委員会に所属しており、身近な存在であったのだ。
しかしその一本の電話が町を騒がす妖怪・千秋楽へと導くとはこの時は誰も想像していなかったはずだ。
「なっかなか出ないなぁ……いつもはすぐ出るんだけどなぁ……」
まるで都合の良い存在であるかのように扱われたすーさんであったが、ちょうどその頃、萬屋メンバーから急を告げる電話を受け取っている最中であった。
時を戻し、すーさんがその電話を受け取ったところまで話を戻す必要がある。
本寺小路。
それは三条の街中に位置し、居酒屋からスナック、ラーメン屋からラウンジまで、ありとあらゆる飲食店が所狭しと軒を連ねる県央地域屈指の飲み屋街である。
日がどっぷりと暮れた週末のこの日、萬屋のメンバーにしてアルコール担当のヒーさんとパワー係担当のムッチは、仲良く肩を抱き合いながらもそんな本寺小路を練り歩いていた。
既に一軒目の居酒屋ですっかり酔い、クダを巻いた2人は、次はどこの店に顔を出そうかと楽しく会話を重ねて歩いていた。
「ムッチの奢りでもう一軒行こうか〜!」
「オネエちゃんがいる店でも開拓すっかねぇ!?」
上機嫌な2人は、ついつい前方を見ないで千鳥足で歩いていたが、程なくして巨大な壁のようなものにぶち当たった。
「いってぇなぁコンチクショー! 誰だぁ? 本寺小路のど真ん中に粗大ゴミ置きやがったのはよぉ!」
喧嘩っぱやいヒーさんは辺りを見回して行きずりの人々を睨み付けたが、ムッチはその巨大な粗大ゴミが粗大ゴミでないことを知ると、わなわなと後退りした。
なんせ萬屋の巨漢で通ったムッチを遥かに凌駕するサイズの人のようであったからだ。
「やっと見つけたでごわす! 嘉坪山ぁ!!」
「ひっ……あ? えっ!? なんだよ相撲取りかよ」
驚いたヒーさんであったが、力士なのだと知ると路上で突っ立ってるのはダメだと注意し、ムッチもなんだ力士かと早くも次の店を物色する素振りを見せたが、周囲の人々は人間にしては大き過ぎる、しかも夜間堂々たるマワシ姿に不審を抱き、ざわざわと騒ぎ出していた。
だが神経が図太いヒーさんとムッチはそんなことはお構いなしに失敬しようとしたのだが、謎の巨体は行く手を阻むと再度言ってのけた。
「さぁ! 数百年の時を経て、再戦じゃあ! 嘉坪山ぁぁ」
「はぁ〜!? おい、変態力士! 冗談は他所でやれや」
喧嘩っぱやいヒーさんは行く手を遮る巨体力士にドスの効いた低い声でにじり寄ったが、どうやら実被害を受けた本寺小路の店員やらなんともガラの悪い連中がいつの間にか力士を取り囲んでいたか。
手にバットやらを握ったスーツ姿のボーイや、フライパンを持つ板前のような白い調理服に身を包んだ彼らは、営業妨害のハシゴをしてのけた力士に一泡吹かせるつもりか。
無銭飲食や乱暴狼藉を働いたことはまず間違いないと悟った2人は、素早くその場から離れ、パーキングに駐車してあるお泊り車両の影に隠れて行く末を見守ったが、ムッチは何かを思い出すとヒソヒソと話し始めた。
「なぁヒーさん、そういえばすーさんが言ってたんだけどさ、例の鍛冶ガールのかわい子ちゃん達が探してるのって確か相撲取りの妖怪じゃなかったか?」
「あん?」
乱闘寸前のメインストリートを眺めつつも、なるほどそう言われてみれば確かにそんなことを言っていたかと思い返したヒーさんは、カツボヤマなる人物が誰なのか気になるところではあったが、とりあえずは距離を取りつつすーさんに連絡を取る算段をつけて、後退りしながら現場を離れた。
数百メートルは距離を取ったか、日中は家族連れの憩いの場である天蓋モニュメントをあしらった噴水前まで来ると、急いですーさんに電話した。
「おい! いたぞ、力士!」
「本寺小路で悪さしてんぞ! 早く何とかしてくれや! 俺達はこれからオネエちゃんがいる店を新規開拓しなきゃならねんだよ!!」
己らの主義主張だけを一方的に述べた所で、遥か上空から大ジャンプで一足飛びに2人の前に降り立ち、凄まじい地響きを立てた妖怪・千秋楽。
どうやらボーイ達はコテンパンにのされたらしい。
「さぁ勝負だ! 嘉坪山ぁ。お誂え向きの場所ではないか! フンッ!!」
妖怪・千秋楽は妖気を発すると憩いの噴水広場をなんと土俵に変えてしまった。
夜の町にサイレンが鳴り響き、空襲でもあったのかと自宅で家族団欒していた人々は外に出ると火事なのかと、空を見上げたが、澄んだ空からはこぼれるばかりの星たちが煌めき、サイレンの元凶は間違いなくヒーさんとムッチの目の前にいる妖怪を通報したことによるものであった。
そんなこんなでヒーさんがすーさんに電話をしていたちょうどその頃、咲良らはすーさんに電話をしている最中でもあったのだ。
「わ、わかった! すぐ行く!! うん……鍛冶ガールにも連絡するから! わかった!!」
慌てて電話を切ると即座に咲良へと連絡するすーさんなのであった。
つづく