6話 小さな世界
更新が遅れて本当に申し訳ありません。
骸をいくつ越えてきたか、もう数えてすら居ない。
この遺跡には階層がある。下に降りれば降りる程魔物が強くなるのは普通のダンジョンと同じだが、大きく違うのは、その数も増えるというところだ。
凶暴化した上、何故か地上の魔物を大きく上回る力を持つ古代種が、徒党を組んで襲いかかってくる。ステータスは比較するにも足らないが、その凶悪さだけで言えば、先ほど倒した古龍を上回る程だ。レベルアップの音が響くのも、もう何度目だろうか。
階層は数えるに19階降りた。一体いくつ降りればゴール――迷宮主にたどり着けるのか、見当もつかないが、今は降りるしか無いだろう。
何よりもうすぐあの場所だ。
「……よし。この階層に居る魔物は粗方片付けたらしいな」
「魔力が消えてる。確かにそうみたいだな」
上位剣鬼を『愚者の死刃』で切り捨てた俺は、顔についた血を拭きながら呟いた。
もう何時間ぶっ通しだろうか、とうに疲れで動けなくなっていてもおかしくないが、まだまだ身体は動く。
というか魔物を倒す度、疲れがリフレッシュされていくような。もしかしてレヴェルの上昇には、そういった効果もあるのだろうか。
「ふむ、貴様も魔力を感じられるのか。そのような能力は、我の知る限りでは我の様な上位の精霊か、魔術師の中でも最上位の『魔皇』のみが持ち合わせる筈だが……」
魔力の流れを感じられる能力も、この遺跡で得たものだ。
随分長く、魔力が濃いここに居たお陰か、俺は空気中を漂う魔力の流れを感じられるようになっていた。
魔力はよく「波」に形容される。基本的にその流れは緩やかなのだが、魔物や人、それこそ動物まで、魔力を持つ生物が近くに居ると、『揺らぐ』のだ。魔力の流れが変われば、その近くに誰かが居ると分かると言うわけだ。
「まあ、良い。先に進もう。……次の階は此れまた、一風変わった仕様のようだが」
もう分かるのか。さすがは最上位精霊だ。
当たり前と言えば当たり前の事に関心しつつ、俺は一応魔物を警戒しながら下の階層へ続く階段を降りた。
――
全てのダンジョンは、古代文明の遺産だと言われている。
嘗て栄えた文明は、自分たちの宝を誰にも見つからないよう、ダンジョンという迷宮に隠した。迷宮の番人となる魔物も共に。
そしてその合間に、安地を作ったらしい。
俺が階段を降りきると、そこには幻想的な光景が広がっていた。
「うお……」
そこはさっきまでの狭い通路とは違って、最早ひとつの世界だった。
木々は茂り、花は所狭しと咲き誇る。大自然を象徴するかのような大樹は、青空から吹き降りる爽やかな風に揺れていた。見渡すだけでもひとつの町ほどの面積、その中央部にある湖は、どこから入ってきているのか分からない光を反射して蒼く輝いている。
外に出たと言われても、恐らく何ら疑問を持たないだろう。
俺は静かな興奮を胸に蓄えながら、近くにある池に歩み寄った。
「――ほう。これは一級品だな」
「遺跡の魔力が籠もった水……それに、浄化の必要が無いぐらいに清純だ。多分だけど、そこらのハイポーションの束よりも価値がある」
愚者すらも称賛するその水は、素人目に見ても神の領域と言っていいものだった。
普通のダンジョンにある池では、恐らくこうはならないだろう。外の『死の地』に充満していた瘴気が嘘のようだ。
俺は水をそっと手で掬い、口に運ぶ。
頭が透き通った。
形容しがたい、喜び、興奮、感動、今まで抑制されてきた感情がごっちゃになって、俺は思わずもう一度水を掬った。
涙が出た。
俺は生きているんだ。
水面に映った自分の顔は、涙と鼻水、抑えきれない気持ちにぐしゃぐしゃになっていた。
「……」
愚者は黙っている。
俺はただひたすらに、水を一口ずつ、なりふり構わず飲んだ。風は頬を柔らかに撫でて、ここまでたどり着いた俺を祝った。
気がつけば、ぼろぼろだった俺の身体は、傷一つない綺麗な身体に戻っていた。
体力が、精神が回復したのを感じる。俺は立ち上がった。いつ出られるのか、なんて不安は、とうに無くなっていた。
出られなければ、出られるまで彷徨えばいいのだ。
戦い続ければ、いつかは出られるのだから。
希望が湧いてきた。
その時だった。
「……そこに居るのは、どなたですか?」
不意に声が掛けられた。
「な……」
「敵意は存在しないようです。大丈夫ですよ、主さま」
どこか機械的な声で、白いメイド服を着た女の人が言う。ちょうど、自分の後ろに向かって。
俺が反応できずに口をパクパクさせていると、メイド服の少女の後ろから、気の弱そうな少女が出てきた。
「久し振りの……人間。少し感動、私」
白い髪の毛を無造作に肩まで伸ばした少女は、今にも消えてしまいそうな、儚げな笑みを浮かべる。
俺の頬が、紅く染まるのを感じた。俺は慌てて、今更ながら裸の上半身を隠す。
「ねえ、貴方。外の世界の人?」
「え、は、はい」少しどもった。化粧もしていないその少女が、余りに美しすぎたからかもしれない。
「嬉しいわ。私、歓迎よ、ね」
少したどたどしく話しながら、少女は俺の手を握る。
何故ここに居るのか、そもそも彼女は何者なのか。そんな事は、全く分からない。
でも、敵意は無いようだ。
「お話、聞かせて。そっちの精霊さんも、ね」
「……え?」
何気なくそんな事を言い放った少女に、俺は呆けた声で返した。
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