5話 迷宮
更新が不定期というか、毎日更新したいのに忙しい。
もっと早められるよう努力します。
迷宮といわれるような場所には、幾度か入った事がある。
よく冒険者たちが挑むダンジョンとは違い、謎解きや高等な罠など、仕掛けが多くある。『螺旋する選択』と呼ばれるそれは、一度入ったら出られなくなる可能性すらある古代遺産のひとつだ。
勇者パーティにはそういった依頼も入ってきて、その殆どが高難易度である。入るたびに入り組むのだから、初心者パーティでは一日と経たずに行方不明になる事必至だ。
この遺跡はどうなのだろうか、そう言われたなら、恐らくその一種に属するのだと答えるだろう。
暗闇の中を歩いていると、どうにも不安になる。それは先が見えない不安感だけではない。戻れないかもしれない不安感だ。
何の問題もなく歩いてきた筈の後方に悪寒を感じ、身震いする。振り返ってみても何も居ない。入り口から差していた筈の光は、何故か遮断されたかのように気配すら見せない。
一人で迷宮に挑むなど前代未聞だ。というかどれ程の実力者であろうと、一人で迷宮に挑むなどと言えば即座に止められる。それ程危険で、人の常識に反する理不尽な場所なのだ。
「少年よ。感じるか? 先ほどから、何か巨大な気配を」
自分自身の声が、暗闇の中に反響する――俺の身体に宿る精霊・愚者の声だ。
時折支配権を俺から奪って、あちらを見渡したり、こちらを見渡したりする愚者の声は、ここに入る前とそこまで変わらず重厚で威圧感に溢れている。まあ、自分の声に威圧感だの云うのもなんだが。
さっきから石碑を撫でたり、そこかしこに興味を示したりと、こいつからは恐怖じゃなく、里帰りしたような興奮が感じ取れる気がした。
「俺は感じないよ。……というか、ここは魔力に満ちてて、他の気配が霞む」
「うむ。感じぬだろうな、というか我も貴様の身体に居る時は感じ取れん。精霊としての身体に戻った時、何か大きな力が、我の肌に触れるのだ」
それこそ全身を撫でるようにな、と、良く分からない例えをする愚者。
精霊としての身体に戻る時ということは、俺の身体に憑くのを止めた時、ということだろうか。人間の身体では感じ取れないものを、最上位精霊である愚者は感じ取って居るのかも知れない。
ここに来てから感じたのなら、多分ここには何かが居るのだろう。それこそ、地上の魔物なんて比べ物にならない程の強大な何かが。
一本道かも分からない道をしばらく歩いて来たと思った時、少し開けた場所に出た。
相変わらず暗いが、何となく広さがある事は分かる。今まで歩いてきた道とは、地面の感触も異なっていた。
「ここは……何か意味がある場所なのか?」キョロキョロとしながら、愚者が呟いた。
「迷宮の空洞には、大体何かがある。それこそ休憩場の場合もあるし……。疲れた侵入者を迎撃する、魔物の棲家の可能性も――」
俺が少し警戒しつつ答えた途端、空気が揺らいだ。
体中を悪寒が駆け巡る。
それは殆ど、動物的本能だった。
暗闇の中で身体を捻って、なにかも分からないモノを回避する。その瞬間、俺の先ほどまで居た場所を勢いづいた矢が通り抜けた。
悪い予想が、当たってしまった。
「お出ましだ。愚者、やるぞ」
「全く、懲りん奴らだ……と、言いたいところだが。こいつら、外に居た奴らとも違うようだな」
愚者は何かを感じ取ったらしい。
俺が返事をする間も無く、2発目、3発目が飛んでくる。風を切って、俺をめがけて正確無比に放たれたその矢を、愚者の振るった黒の刃が叩き落とした。
同時、部屋の中に淡い光が灯る。試練の開始を告げるかのように。
隅の暗闇から、赤い目を光らせた魔物が何体か出てきた。巨躯に鋼鉄の棍棒を背負った豚鬼、血痕の付いた装備を着込み、装飾の豪華な弓をこちらに向けた子鬼。年季が入っているのがひと目で分かるそれは、恐らく殺した兵士から奪ったものだろう。
今回のは俺にも分かった。
外の森に居た魔物も瘴気に凶暴化した魔物だったが、多分こいつらの力は、それを更に上回る。
「迷宮ではこんな雑魚すらも、これほどの力を持つのか。……面白い」
愚者が昂り、刃を飛ばした。
吸い込まれるように黒く、如何なる剣よりも鋭いそれは、まるで闇を象徴するかのようだ。生き物の様にうねりながら、なおかつ正確に、魔物の胸めがけて飛んでいく。
「ぐぎゃあッ!?」
「ガああああああああああ!!」
「『愚者の死刃』……出しておく。少年、存分に振るえ」
枝分かれしたそれが何体かの魔物の胸を貫くと、愚者は支配権を俺に返す。
俺は手を横に薙ぎ、胸に刃が刺さった魔物達を一掃するように吹き飛ばした。
「ぐぎいいいいいいっ!!」
運良く後ろで攻撃を回避していた子鬼が、俺に向けて矢を放つ。
俺は刃を素早く引き戻し、両手を組んで防御の姿勢をとる。矢は、腕と連動してガードした刃に跳ね返された。
そして矢を喰らわぬように直線状に刃を飛ばして、子鬼の首を刈り取る。
後続を警戒したが、もう誰も居なくなったようだ。
「見事なお手並みだな、少年。初めて使う『死刃』をここまでに使いこなすとは」
「そこまででも無いよ。戦闘センスならバスターの方が上だし」
愚者が俺の言葉に、ため息とも呼吸ともつかない息を漏らす。
「謙遜する事はないぞ少年。貴様はもう既に、並みの勇者では歯が立たない実力者だ」
謙遜なんかじゃない。本当に、あいつは天才なんだ。もし俺が実力者なら、きっとあいつはその上を行っている。
ならばここで、更に強くなってやるんだ。そうして、あいつを見返してやろう。
俺はそう決意しながら、倒れ伏した魔物達を越えて進んだ。




